【G③-2】キンキューカイギ

「『アス』さん、本当にごめん。俺、もう……、もうどうしたらいいか……」


 ケータイの電話口で同じゲーム配信者の『アラスカ』さんが泣いてるんだけど、アタシはどんな言葉を彼にかけるのが正解なのか分からない。


「うん。他の人はどうか分かんないけど、アタシは大丈夫だから。気にしないで、って言うことはできないけど、あんま思いつめないほうがいいよ?」


「ごめん……、ごめん…………」


 何度も何度も謝罪の言葉を繰り返している。お酒を飲み過ぎて、あの集合写真を操作の慣れないツイッターに間違ってアップしてしまったんだそうだ。そりゃあ最初は、なにやってんだよ、と思ったし、彼もすぐに消したらしいんだけど次の日には大型掲示板にいくつかスレが立ったりしてたから、大変なことになるだろうなー、とは思っていた。


「それよりさあ、ホントに実況やめちゃうの?『アラスカ』さんの動画、いっつもすごい楽しみにしてたんだけど?」


 彼のゲーム実況動画は独特で、昔スーファミにあったバズーカみたいなコントローラーでアクションゲームをクリアするというものが再生数を伸ばしていた。特殊なコントローラーは最近のゲームにもあって、次はボーガンみたいなやつで最新機種のゲーム実況をするって、この間までチャットで言ってたのにな。


「う……ん。……こんなことになっちゃって。ごめん。ごめんよ。申し訳なくて……、どうやっても、責任とれなくて……、もう……、もう続けられない」


 きっと大丈夫だとか、ほとぼりが冷めたら、とか、気が向いたら、とか。あたりさわりのない慰めの言葉を、言いたくもないのにアタシの口が吐いて、電話は切れた。


 なんなんだ。なんでこんなことになるんだよ。アタシの楽しみをなんだと思ってるんだよ。名前も知らないバカなやつらの悪口なんか気にしてさ。そんなんでヤメちゃったら、こっちの負けじゃん。ふざけんなよ。なんだよ責任って。大人みたいなこと言いやがって。アタシらはずっと子どもでいたくてゲームしてたんじゃないの?ソレってさ、そんなにあっさりヤメれちゃうもんなの?


「なんなんだっ……よぉっ!!」


 思わずアタシはケータイを自分のベッドに向かって投げる。

 そんなことしかできない自分に、すごくイライラした。窓の外を見ると、今年初めての雪が降り始めていた。





「というわけで、顔出しオッケーの人は?」


 カンちゃんの家の居間でテーブルを囲んでメンバーが集まっている。居間、とは言ったけれど、死んだおじいちゃんの部屋だそうで、畳の敷かれた部屋には仏壇も置いてある。カンちゃんのご先祖様の写真が、座っているアタシたちを見守ってる。当たり前なのかもだけど、みんなカンちゃんそっくり。


 開いた襖の奥は縁側になっていて、外は雪がちらちらと降っていた。最近の配信者たちみたいに曇った表情をしてる空をアタシは睨んでたんだけど、カンちゃんがなにか察したようにヒーターを慌てた様子で点けてくれた。


 アタシの問いに手を挙げたのは、アタシとマサだけだった。


「マスクとグラサンするならいいよ」


 カンちゃんは手を挙げないけど、テーブルに戻ってきながらそう言ってくれた。自然とエーちゃんに視線が集まる。オドオドしながらもエーちゃんは、


「お、俺も、それならいいかな」


 とちょっと高い声で応じた。かわいいやつめ。


「よっしゃ。じゃあ、姫の提案通りにみんな呼んで雪合戦すっか!」


 マサがリーダーらしく話をまとめようとしたけど、その呼び方がアタシは気に食わない。


「ちょっとマサ。それヤメてって言ったじゃん。アタシ、オタサーの姫じゃねーし。『きたぐに』はオタサーじゃねーし」


「ああ、悪いわるい!」


 絶対わるいと思ってないし。マサはまたアタシのことそう呼ぶだろうし、その度にアタシはそれを注意するのだろう。そういうところが、エーちゃんに嫌われてるんだよ、マサ。


「でもさ……」


 カンちゃんが口を開く。


「『アラスカ』君にも電話でやんわりと言ったけどさ。こういうことは、こっから先ナシにしてほしいよな。俺ら……じゃない俺ってさ、顔もあんまり良くないし、どっちかっていうとコンプレックスあるからさ。ほら、俺ってイケメンじゃないし」


「そうだね」


 アタシはカンちゃんに相槌を送る。


「そっ……!そうだね!?……し、辛辣ー。もっとこう、フォローしてくれてもいいじゃん……」


 なんだか鼻のあたりがピクリとなった。


「うっせーんだよっ!終わったことをウジウジウジウジさあっ!いつまで騒いでんだよ、ネットのやつら!それしかないのかよ、人生の楽しみがさあっ!」


「お、おま……、それは俺の顔と関係ないじゃん……」


「オメーのぶっさい顔の話なんかしてねーわっ」


 アタシとカンちゃんの実況の時みたいなノリに、それこそ実況の時みたいにエーちゃんが、


「ま……、まあまあ」


 と、なだめに入る。


「姫さあ、夏休みが終わってから、なんかプライベートと実況の時の差がなくなってきたよな。前はもっとおしとやかだったのに……」


 これまた実況の時と同じように、マサが話題と関係のない明後日なことを言い出す。コイツまーた姫って言いやがった。オホーツクに沈めてしまいたい。ぜったい最初に雪玉ぶつけてやろう。


 ため息をひとつ。それを、自分の転換点にする。


「アタシはもう、覚悟きめたから。いつまでも黙って静かにしてらんない。カンちゃん、ちょっとアタシのケータイで写メとってくれる?」


「ん、いいよ?」


 ケータイをカンちゃんに渡す。アタシは一生でこれ以上はないくらいの笑顔を、カンちゃんに向けた。シャッターの音をご先祖様に聞かせる。

 引き剝がすようにケータイを受け取った。


「よし。これをツイッターの『アス』のアカウントで……、こうして。文章は、そうだなー。顔バレ、しちゃったって、マジ?っと。よし。ツイートした」


「は?」

「マジ?」

「おま、おまえぇ!なにやってんの!?」


「きゃはははっ!これでもう、引き下がれねえー!」


 そうだ。顔バレがなんだってんだよ。


 アタシはノリと勢いと、数少ない友達と、インターネットの配信で、イマを生きてるんだ。


 邪魔する奴らには、下品に中指でも立てて答えてやる。


 まあ、そんなハンドサインは生まれてこのかた人に向けてしたことないんだけど。

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