【G①-2】恋は始まらない

「うかつだったわー」


 待ち合わせ場所で顔を合わせてからそればかり。

 愚かだったわー、アホだわー、考えなしとはこのことだわー、と繰り返す巨人を、いつも通りニヤニヤしながら観察している猛虎だった。ひと通りのパターンを聞いてから、彼女は口を開く。


「逆に聞きたいんだけど、テレビが観れるパソコンだからって、どうしてパソコンの液晶画面でゲームができると思ったの?」


 唇をとがらせた巨人が、古着としてならオシャレにも見えなくもない上着のフードをバサッと音をたてて被った。


 子どもか。


 そしてやっぱり、上着はダサかった。


 二人はいま、街の電気街へ向かっている。

 バスで向かうつもりだと思い猛虎がそれを提案すると、金がもったいない、という理由から徒歩で向かうことになった。もうすぐ3月も終わろうというのに、国道の雪はまだ溶けきっていない。巨人の今の気持ちをタイミングよく表現しているかのような曇天の空は、10時過ぎの太陽を隠して二人を見下ろしている。朝のラッシュも終わって、車の通りも少なくなってきていた。


「ケーブルが……」


「え?」


 雪が溶けて色が変わったアスファルトを見つめたまま、巨人が言葉を発する。その情けない声ったらない。笑うのをこらえるのに猛虎は必死にならざるをえなかった。


「俺のパソコンに三色ケーブルが繋げないなんて思わないじゃんか……」


「ふっ……」


「おまっ……、はいはい。他人の不幸をわらうような奴なんですね、君は。よく分かりました。新選組も解散ですねー、これは」


「始まってもいないでしょうが。三色ケーブルが、ふふっ……パソコンに繋がらないせいで。あー可笑しい」


 我慢したせいでお腹が痛くなってきた。猛虎は解き放たれた笑撃に目尻を拭う。巨人のボロアパートでパソコンを前に、繋げねーじゃん、と絶句してケーブル片手に呆然自失とする巨人の姿が何度も脳内でフラッシュバックしていた。


「うっさいなー。黙って歩けよ」


 まるで思春期少年が親に言うような暴言。

 ああ、そんな時の母親の心情というのは、こんな広い大海原のような気持ちなのだということが猛虎にとっては新鮮な発見だった。でもちょっぴり復讐心も芽生えたので、


「はいはい」


 と、昨夜怒られた二回返事をお見舞いする。


「……………………」


 バツが悪いのか、今日の巨人はそれをたしなめることはしないようだ。

 そんな態度だと、なんだか少し可哀そうに思ってしまうのが猛虎の性分だった。

 ちょっとバカにし過ぎたかもしれない。

 ずいぶんと本気になっているようだ。こんな彼の姿を見るは大学入試のとき以来だ。


「そういえば、機材が準備できたらどんな動画を撮るか決まってるの?」


 話題を変えてみることにする。正直、昨日説明されたことは理解しているつもりだけれど、それがどんなものになるのか想像がつかない。

 誰かに見せるゲームの動画を撮影するのだから、いつも通り楽しくゲームをするというわけではなさそうだし。


「二人でゲームするだけ。いつも通りねー」


 二人でゲームするだけだった。


「帰ってスマ動で動画を漁ってみたけどさ……、ゲーム実況ってゲームをプレイしながらずっと喋ってなきゃいけないんでしょ?大変じゃ……」


 猛虎は話している途中で気が付いてしまった。そういえば、


「なに言ってんの?いっつも俺らゲームしながらずっと二人でしゃべってるべや。耄碌もうろくしたの?しっかりしてほしいわーホントにー」


 そうだった。大学に入学してから、いや、本格的に受験勉強を始めた頃からか。すっかり一緒にゲームをすることがなくなってしまったが、猛虎と巨人は二人でゲームをしていた時は絶え間なく二人でしゃべっていた。いつもの二人と比べれば、それこそ人が変わったように。


「………………」


 隣の幼馴染はしっかりと目算を立てていたようだ。勝算、と言い換えてもいい。

 少し彼を見直しつつ、やっぱりツメが甘いというか、どうしてもケーブルを片手に持った巨人の呆けた顔を思い出したりしてしまっている。


 少しだけ、猛虎の足取りが軽くなる。


 録画機器が揃いさえすれば、あの頃のようにまた巨人と二人でゲームができる。

 まだ肌寒いこの地でどうしてこの胸が温かくなっているのか、猛虎はどこか理解している。


「そんな可笑しいの?いつまでも嘲笑わらってさあ……」


 そんな猛虎の気持ちを知ってか知らずか、いや、絶対に知っているわけがないことも猛虎は理解している。頭をガシガシと搔きながら恥ずかしそうにぼやいた巨人に、猛虎は振り向いた。少しモジモジしながら、上目遣いなんかをしてみたりする。


「ううん。久しぶりにキヨちゃんとゲームができるから、ちょっと嬉しくてさ。高校以来じゃない?」


 常々、こういう仕草はあまりしたいと彼女は思っていない。

 それこそ、寝る間を惜しんでゲームをしていた小さい頃に、家族からよくそうしろと言われていた女の子の仕草だ。


 女の子らしくしなさい。


 ゲームをするのは女の子らしくないのだろうか。そりゃあ、格闘ゲームで嬉々として相手をボコボコにするのは女の子らしくないのかもしれない。でも、ボコボコにしてるのはゲームキャラだし、フレーム、と呼ばれる技を出すタイミングを躍起になって計ることは楽しいし、コンボと呼ばれる連続技が決まった時の達成感と言ったらない。それに代わるものを彼女は知らない。相手の動きに合わせて戦術を変えたり、いろんなキャラクターを使うのが少しずつ上手になっていったり。ゲームの楽しさはコントローラーの先に無限に広がっているのだ。


 なんていう話をして、クラスの女の子に引かれちゃったことがあるのだけれど。


「そうじゃないと言ったらウソになるねー。ていうか、なんかさ……、ワクワクするっしょ?」


 そう。格ゲーでもアクションゲーでもロールプレイングでもシミュレーションでも、新しいゲームソフトを買った時のあの感覚。誰になんと言われようとも、初めてハードにゲームソフトを挿れて、コントローラーを握った時の感情は、彼女にとって偽りのない、本当の自分の姿なのだ。


 相手は歩道ばかり見ていて、決死の覚悟の猛虎の仕草も言葉も聞き流している。でも、それが彼女には嬉しくもあった。

 それでいい。それが、今の二人の距離。

 なにがきっかけで縮まるか、離れるかなんて分からない。でも、彼の傍にいて、ゲームを一緒にできる。

 それだけで、猛虎は満足だった。


「うんっ!」


 羽根が生えて飛び出してしまいそうな返答は、陽光に照らされて空に消えていった。


「あ、俺お金ないから。ちょっと立て替えといてもらえるー?」


 前言撤回。なんなのコイツ。

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