【G②-1】ゲーム屋店長

 これは、今よりちょっと昔の話。

 アニメといえば『涼宮ハルヒの憂鬱』を最高の評価、俗にいう神作画の神アニメとして世に出した京都アニメーションが全盛で『らき☆すた』や『けいおん!』など数々のヒット作を生み出していた頃のこと。一方ジブリはというと、駿おじいちゃんが息子に映画製作を任せたらコケたものだから、やっぱりおじいちゃんがやらなくては、とポニョを生み出してこれまた大ヒットを飛ばしていた時期のこと。さらに言えばマクロス新作の歌姫二人が唄うライオンがこれまた大流こ……


 ノックの音が狭い部屋に響いた。軋んだ音をたててドアが開く。


山寺やまでら店長、ちょっといいスか?」


 少し趣味のアニメに関する脳内独白が過ぎたようだ。

 ゲームソフトの発注画面から目を離して、座っているイスを回転させる。振り返るとバイトの鈴木君がいつにもまして呆けたような表情でこちらを見ていた。


「どうしたの鈴木君。なんか問題でもあった?私、なんか発注ミスった?20世紀少年のヨシツネみたいに」


「ちょっと、何言ってるか分かんないっスけど……」


 なんで分からないのかが、こっちは分からない。YAWARA!やキートン、MONSTERで一世を風靡した浦沢先生の作品なのだが。プルートゥもいまチョー面白いんだが。

 若者の読書離れはついにマンガにまで及んでしまっているというのだろうか。だとしたら嘆かわしいことこの上ない。


 なんて口に出すことは、当然ながら私はしない。居ずまいを正して、


「ああ、ごめんごめん。むかし読んでたマンガの話。……で、なに?」


 要件を聞くことにする。


「午後勤務の人が来て、僕は休憩だから弁当を食べに来ただけです」


 ああ、もうそんな時間か。先月の売上表を出して今月の発注をしようとしたら、午前の勤務が終わってしまったらしい。


「そっか。午前中レジに出れなくてすまない。まだ発注が終わってないから、私のことは気にせずここで休んでね」


 はい、と返事がくる前に私はまたイスを反転させ、こじんまりとしたデスクに戻って黒いノートパソコンに目を戻した。

 モソモソと鈴木君が背後でお弁当を食べ始める。その音をBGMに、私はパソコンとにらめっこを続けた。キーボードをゲーセンのビーマニのように叩きながら。


 メタルギアやDMCの新作。レイトンの最終作。ハードが変わったスマブラ。マリカと、いまだに入手困難なその本体。要所はすでにおさえている。

 前述したアニメが原作になっているようなゲームは個人的にはとても応援したいのだけれど、あまり爆発的には売れないというか、さっぱり売れない印象なので断腸の思いでスルー気味に発注する。まあ、鳥山作品などの例外はあるのだが。


「店長、この業界のこれからってどうなると思います?」


 不意に背後から鈴木君がこんな質問を投げかけてきた。

 えらいなぁ。私は昔から人とのコミュニケーションが苦手だった。だから入社当初もここで休憩時間に当時の店長と一緒になったとしても、自分から話題を切り出したりなんかできなかったものだ。


「うーん、ゲーム業界ってこと?それとも、ゲームの販売店ってこと?」


「あ、えーっと、どちらもです」


 あ、えーと、が聞こえた時点で、私と同じ部屋にいることで、その空気に耐えられかったから話を始めたということが分かってしまった。それでも、なかなかやるじゃない、という私の彼への評価は変わらない。


「そうだねえ。まずゲーム販売を専門としてるウチみたいな店は、なくならないにしても減っていくだろうね」


「え?そうなんスか?」


 良い相槌をうつじゃないか。


「鈴木君は、スチームって知ってる?」


 知りません、と予想通りの返答。


「パソコンでゲームをダウンロードできるインターネットのサイトのこと。きっと流行ると思うよ。それが明日か、10年後になるかは分からないけどね。PSPだってWi-Fiに繋いでゲームをダウンロードできるでしょ?今はそんなに利用する人は多くないかもしれないけど、それが主流になる日がいつか来るだろうね。ゲームソフト、ゲームカセットなんてものはなくなっちゃって、みんなネットを通じてゲームをプレイする日が来るんだよ。今はオマケみたいなネット対戦や協力プレイも、今後は主流になっていくと思う。そうすると、ゲーム販売専門店なんて必要なくなっちゃうかもしれない」


「あー、そういうことスかぁ……」


 呆けた表情でしているであろう、わかったようなわからなかったような返事。


「ただでさえ大型家電量販店や中古販売店、レンタル専門店が、しなくてもいいゲーム販売をして、競争相手が多い業界だからね。あまり未来は明るくないかもしれないなぁ」


「店長、そんなこと考えてるんスね。すごいなあ。ちなみに、未来がどうなるか、とかも考えてたりするんスか?」


 あまり思ってもいないであろう嬉しくもない賛辞が背後から聞こえた。

 未来、ねえ。


「そうだねえ。鈴木君は、動画投稿サイトってどれか知ってる?日本だと、スマイル動画とか」


 知っていてほしいのだが。


「え、あ、なんか……名前は聞いたことあるかもっスね」


 インターネットの中で流行していても、現実世界ではこんなもの、ということだろう。


「そっか。うーん、あんまりアニメとか見ないんだよね?いまほら、シェリルとランカのライオンが流行ってるけど、そのもっと前の作品のマクロスプラスってアニメ見たこと……、ない?」


「ないっスね」


 咳ばらいをして、ついに私はキーボードを叩く手を止めた。


「今はインターネットの隆盛期だから、もし興味があったらアパートに帰ったらパソコンで調べてみてほしいんだけど……」


「いやー、住んでるとこネット繋がってないんスよ」


 お前はクビだっ!と叫ぼうとする感情を、私は拳を握って抑えた。

 板野サーカスを知らないような奴に社会人が務まると思うなよ?あの作画をスロー再生でVHSが擦り切れるまで見た私の若かりし日々を、なんだと思っているんだ。


「……………………」


 長テーブルが2つ並んだ白い部屋の、古い蛍光灯がチリチリと音をたてている。

 まあ、仕方がない。そういうこともあるだろうし、興味がなければそんなものだろう。


「マクロスプラスの敵ってね、人工知能のホログラムの歌姫なんだよ。そいつが歌で人間を洗脳しちゃったり戦争を起こしたりするんだけどさ。アニメでは悪者のように描かれているけれど、……いずれ現実のインターネット世界でも、これからもっと流行るであろう動画配信に、神様みたいな奴が現れてさ。みんな熱狂するようにその人の一挙手一投足を観て、心酔するようになるんじゃないかと思うよ。それが人間かホログラムのAIか、はたまたホログラムの皮を被った人間の仕事になったりするかは分からないけどね」


「ええっと、インターネットで動画配信する人が、シェリルとランカだらけになるってことスかね……?」


 私はやっと振り返って、鈴木君の様子を確認する。案の定、彼はすでに話題の選択を後悔したような表情でこちらを見ていた。

 そんな何も分かっていない彼に、私は笑みを返す。


「まあ、そんな感じかな」


「なんつーか、SFっスね……」


 目をそらして頬をかく鈴木君。


「そう?フィクションだと思う?うーん、アニメの見過ぎかなぁ」


 ちょっと彼がかわいそうになってきて、私は自嘲するように言ってパソコンに視線を戻した。


「フィクション……?そ、そうっスね。ハハ……。あっ!」


 サイエンス・フィクションという言葉の意味さえ理解していないようなリアクションをしていた鈴木君が、急になにか閃いたのか声をあげた。


「じゃあ、店長がそれになればいいんじゃないスか?」


「……………………」


「な、なんちゃって……」


 私はリン・ミンメイやシャロン・アップルでもなければ、シェリル・ノームやランカ・リーでもない。無論、熱気バサラでもない。いや、弾幕(大量のコメント)飛び交う福山芳樹のハードロックなシャウトは大好きだけれど。そういえば福山さん、こないだ所属するアニソングループのコンサート中に、骨折しても唄い続けたらしい。ほんとアニメに出てきそうなくらい、すごいミュージシャンだと思う。


「……………………」


……しかし、残念ながら私は音痴なのだ。


 でも、まてよ?歌じゃなくてもいいんじゃないか?


 歯車が噛み合う音がした気がした。


 ゲームソフトの発注画面には、過去のデータとして数々の名作が表示されている。


 いや、それは歯車が崩れる音なのかもしれない。

 三十路も迫るこの歳で新しいことを始めるというのは、若い頃とは違って相応の勇気が必要なものだ。私はこの仕事に不満があるわけではないし、現実問題、それが収入に繋がるのか、繋がったとしてそれが安定したものになるのかさえ確証がない。


 しかし、だ。


「うん。それも、アリだね」


 なんだかそれが天啓のように思えてしまって、私は鈴木君にそんな言葉を返すのだった。

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