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ライブが始まる前は会場に着いたらたまたま会えた、要は偶然、見かけた人としか会えないものだとこれまでの経験で理解したことだが今日はRicoから朝早く、連絡が来て何時頃に会場、最寄りの駅に着くのか聞いてきた。一緒に会場へ向かおうということなのであろう。
みんなそれぞれの都合がある。仕事帰りにギリギリで駆けつける人、遠方から来る人はせっかく東京に来たのだからこのお店に行ってみたい、観光したいなど事情は様々だ。
終演したら新幹線などの都合で急いで帰る人もいる。そんな理由でタイミングが合わず会いたかったのに会えなかったというのも珍しくないと分かった。会いたい人が多ければなおのことだ。
ツアー初日は乗り遅れたくないから見ておきたいということで、リョウが大阪までやって来たのだが日帰りということもあり開演前も終演後も会えずに終わってしまったのが残念でならなかった。もみじはドリンク交換の時に同時に並んだらしく少しお話しできたというので羨ましかった。
今日は日曜日、東京公演二日目。一日目は空いている箱がなかったのか、このバンドの人気のわりには小さいライブハウスでやることからチケットが取れなかったらしい。リョウが今日こそ会いましょうと先ほどのツイートにリプが来ていた。向こうからもこうして声をかけてくれるようになっていたのが地味に嬉しい。
自分で見つけて、自分から声をかける。そう意気込んでいるリョウ。前回の大阪公演、志保を見かけるものの既に誰か知らない人と楽しそうに話していたので声をかけることができなかった。会場に着いたというツイートに対してもいいねを押すだけで、特に会いましょうとリプは送らなかったのを悔いる。
もみじと会えたのがせめてもの救いだったが、そのもみじもいつも間にか別の親しい人から声をかけられたのを機に自然と離れてしまう。こちらとしてはもう少し話しをしたかったのにあっという間にどこかへ行ってしまう、ネット上での付き合いとはなんて儚いのだろうとやはり思わざるを得ない。
昨日の東京公演、実は開場二時間前に当日券を若干枚数出すとツイッターの公式アカウントから告知があり、急いで駆けつけた。運良くチケットを取ってライブは楽しめたが終演後ライブハウス内のトイレを利用しようと並んだら予想以上に待たされて、出た時には志保も、もみじもいない、自分が来たことは知らないので待ってはくれなかった。数ヶ月に一回会えるかどうかという人、会える時に会っておいた方が良いと日に日に強く思う。
既にスタンバイオッケーであった。ライブハウス出入り口前に張り付き来たら声をかける。ここまでするなら時間を決めて待ち合わせをした方がいい気がするが、やはりそれぞれのスケジュールがあるというのがそれをできなくしている。志保の場合、知り合いも多いので先約があったらと思うと、そんなことも頭を過ぎり自分を後回しにするのがリョウの性格であった。
今日の志保は一度会場を訪れたが一旦離れたらしい、そしてこれからまた向かうというツイートを確認した。あと三十分後に開場、もう直ぐ着くのではないかとソワソワしていたところに志保が姿を現した。すかさず和かな笑顔で「志保さん、どうも〜」と言いながら近づいた時に少し遅れてもう一人女性が付いてきているのが分かった。曲がり角であったため一瞬、見えなかった。誰だが分からないけど、もう声をかけてしまった以上、後戻りはできない。
「あっ、リョウさん、どうも」
その一声の直後、なんだか陰湿というのか、とにかくマイナス、負の視線を感じた。明かに後ろにいる女性からであった。
(あれ、なんか後ろの人、機嫌悪い?)
そんな不穏な空気を察知して直ぐに、その女性は俯きながらスタスタと二人を通り越して行ってしまった。もしかしたら見知らぬ男が仲の良い志保を、極端な言い方ではあるが奪った形になってしまったのが気に食わなかったのか。
(誰なの? その男!)
そんな心境だったかもしれない。これは最悪の場合、自分のせいで関係がこじれたりしないだろうか、嫌な想像が次々とわいてくる。
それでも、なぜあそこまで不機嫌な態度になれるのか? 冷静になって考えてみたらいまいち理解できないのも事実であった。
女性というのはたまに男性側からしてみればなんで不機嫌なのかよく分からない場面に遭遇する。やはり女性というものを理解するのは困難な道だと思う。
「実はですね僕、昨日も来ていたんですよ。でもそのこと誰も知らないから昨日は誰とも会えなくて残念でした」
それは置いておいて志保と会話することに努める。先ずは昨日もここへ来ていたということを。
「あっそうだったんですね! だったら昨日の打ち上げに来てほしかったな〜なるべく知っている人、集めてやったので楽しかったですよ」
もしもの話だが、その打ち上げに自分は溶け込めたのだろうか? という不安が押し寄せたリョウ。そういうこちらの懸念を志保は全然気かける様子は見えない。
「あっ、リョウさんも来てください、あっちにたくさんフォロワーさんいるので」
軽い挨拶を済ませたら例によって数十メートル先に四、五人の集団ができていた。そこにはもみじ、そしてあのご機嫌ナナメの女性もいた。それ以外は誰だか分からない。
リョウはどうしても後ずさりしてしまう。自分以外、ほとんどが若い女性という状況になぜだか喜ぶことができなかった。
人生においてそんな状況はそうそう訪れるものではないが幼少期に経験した疎外感を思い出さずにはいられなかった。
リョウは小学生低学年の時に登校班が自分以外、全員女子という年が一度だけあった。恋愛感情も芽生えていない子供、同性がいない寂しさは想像以上に辛い。その時に抱いた気持ちに似ている気がした。
リョウは志保の後を一歩離れて、ついていくフリをして集団の中に入る前に横をすり抜けた。存在を消していなくなるのは昔からなぜだか上手かった。
「あれ、リョウさんは?」
後ろを振り向いた時にはもうリョウの姿はなかった。だがあの女性だけは視線が後ろを向いていたのであった。
電柱に寄り添った。なぜだが疲れた。
昔からそうであった。大人数になると、どうしても無口になる。自分なんていてもいなくてもどっちでもいいような存在になってしまう。だから3人くらいの輪がちょうど良いのだが、志保の人脈の広さがそれを許さなかった。
『リョウさん、どこに行ったのですか?』
志保から早速DMが来ている。今は適当な返事が思いつかないので返さないことにした。気がつけばもう直ぐ開場だ。今はこうして一人でいる方が気が楽で心地よい気がした。人付き合いとは難しい、それが今の感想だ。
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