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 なんとか自由席に座れてほっと落ち着けたことで、Ricoが少し疲れた様子で志保に話しかける。今、新幹線の中で、落ち着いて話せる空間になったからこそ話せる内容と思っていたことである。

「あのさぁ、志保ちゃんが今日会った男の人、私前から知っているんだよね」

「あっ、Ricoさんも、リョウさんとお知り合いなの?」

「りょうさんって言うんだ。ううん、ただよくライブで見かける人だなって思っていただけ。もうかれこれ四年くらい前から見ているかな。でも、いつも一人でいるところしか見たことなかったから今日、志保ちゃんと話しているのを見て少しびっくりしちゃった」

「四年前か〜二人共けっこう長く通っているんだね。私は二年くらい前から本格的に行き始めたから、まだまだだわ」

「どうやって知り合ったの?」

「元々ツイッターではRicoさんをフォローする同じタイミングで繋がっていたんだけど、その中でまだお会いしたことがない人誰かな〜って探していたらリョウさんがいて。それで今回のライブで思い切って声かけてみたんだ」

「そうなんだ。志保ちゃん、すごいね。私はなかなかネットで知り合った男の人と会う勇気はないかな」

「私もそうだけど、リョウさん普段のツイートみても本当に音楽、ライブ好きなんだなって伝わってくるし、この人だったら大丈夫かなと思って。実際にやっぱり素敵な人だったしね、話してても楽しかったし。男性目線の感想を聞いていると新鮮だったな」

「どんなこと話してたの?」

「女性だとね、感想見ると外見とかあの発言が可愛かったとかばかりだけど、リョウさんはやっぱり音に惚れたみたいで、今回のライブも新曲が八十年代のニュー・ウェイヴを連想させたとか、そういう音楽ジャンルの用語が出てきて聞いてて面白かった」

 たまたまフォローしてた人があの人であった。なんて羨ましいのだろう、咄嗟にそう思ってしまった。

 とあるバンドのライブに行くと毎度、決まって名前もどこから来ているかも知らないけど顔は覚えた『あの人』がいるということはよくある。

 Ricoもツイッターで検索をかけて毎回、足を運ぶ人を絞り込んでフォローをして会いませんかと声をかけてようやくここ最近、輪が広がり始めた。

 最初は一人でライブに行っていたので友達がたくさんできて嬉しかった。それで満足しつつあったところに四年前の一月、そのリョウが視界に飛び込んできた。あんな男の人もこのバンドのライブに来るんだと思った。圧倒的に女性ファンが多いバンドなので男性ファンはそれだけで珍しい。次のライブにも来た、その次のライブにも。いつか話してみたいと思い始めていた。


 とりあえずできることはライブが終わる度にツイッターで今日のライブの感想をツイートしている人を検索すること。が、いくらメディア露出の少ないバンドでも何百人と動員できるバンド、その中から特定の人物一人を探し当てるのはやはり難しかった。男性と思われるアカウントを見つけてもあの人だと特定できる情報はなかった。もしかしたらツイッターはやっていないかもしれないということもあり得る。

 不思議な感覚であった。会いたいと思えばライブに行けば会えている。そこで直ぐに声をかけられるところまで近づくことができるはずだ。それでも。物理的には近くにいてもその間には大きな越えなければいけない壁が立ちはだかる。心の距離はあまりにも遠かった。

 Ricoはもう諦めるように、ただ見つめることしかできなかった。

 そこに、今日はほんとうにたまたま別のライブを日、いつの間にか志保がその願いを叶えていた。

 見たこともない笑顔、どんな声で喋っているのだろう、いつも同じような表情で、終わったら直ぐにいなくなってしまうところしか見たことがないRicoはあの光景があまりにも信じられなかった。でも、これで——

 Ricoは太ももの上に置いてある両手を握り拳にして、ギューっと強く握った。


 志保がフォローしているアカウントを表示させた。

 171フォローしているアカウントの中から『りょう』という名のアカウントを探した。表記が漢字なのか、ひらがななのか、カタカナなのかは分からないがこの中に必ずいると思えば見つけるのは容易い。幸いにもその名前のアカウントは一つしかなかった。


『リョウ』

 犬を飼っているのか、可愛らしい子犬の写真がアカウント画像であった。一番下までスクロールさせないと見つからなかったので、おそらく順番が上から新しくフォローした順であれば確かにツイッターを始めたばかりの頃からフォローしていたのであろう。ちなみに自分のアカウントはリョウの下から3番目にあった。

 ようやく見つけた。そのアカウントをタップする。ツイッターを始めた年と月が分かった。リンク欄に貼ってあるアドレス、ブログもやっているようだ。今から二年前の七月、自分が必死に探していた頃にはまだツイッターは始めていなかったのか。フォローしている人数は31に対してフォロワーは19、あまり積極的にフォローしている人ではないようだ。日付は既に変わり昨日のライブの感想をいくつかツイートしていた。これでようやくあの人の胸の内が少しでも分かると思うと気持ちは確かに高揚していた。

 なんと他にもよく話す、仲も良いもみじにもリプを送っていた。


『ライブお疲れ様でした!お土産もありがとうございます。まさかお会いできるとは思っていなかったので嬉しかったです。また今度のライブでも機会があればお会いしましょうね!』

 志保を経由して会えたのは容易に想像できた。なぜ前からリョウともみじは繋がっているのか。数少ないリョウがフォローしている一覧を見てみるとリョウがバンドの公式アカウントなど以外、そのいちファンのアカウントをフォローしている基準がいまいち分からなかった。そんな明確な基準など持っている人の方が少ないのであろうがなぜこの十人の人達はリョウと繋がることができて、私は無理だったのか、考えてもしょうがないことが無意識に頭を巡る。他にもこの中には四人、自分も既に会ったことがある人が含まれていた。自分がフォローしている数もう三百人を超えている、最初の頃のように自ら増やそうとはもうあまり思わない。縁がなかったといえばそれまでか。

 ここから一時間ほどリョウの過去のツイートを読み漁っていたがフォローすることはなかった。いや、まだできないでいた。

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