第26話 水ヶ江城攻防戦(後) 水堀だらけの城

この回の主な勢力、登場人物(初登場を除く)


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ヶ江みずがえ家の当主 一族の重鎮


少弐氏 …本拠は勢福寺城 龍造寺家を傘下に置く肥前の大名。大内氏と敵対


大内氏 …本拠は山口 中国、北九州地方に勢力を張る西国屈指の大名 

すえ道麒どうき …名将と称えられる大内家の有力者 周防国守護代

陶持長 …陶一族で大内家の重臣



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 天文三年(1534)五月十六日、陶道麒の指揮の下、陶勢は水ヶ江城に迫った。

 彼らは城の北、東、西の三方に兵を集めて、徐々に距離を縮めてゆく。



 当時の水ヶ江城は、有明海の海岸線から程近い平地の、周囲に遮る建物が無い所に在った。(※海岸線は現在、大きく南下している)


 なので兵達は、遠方からでも城館や城壁が薄っすら確認できる。

 そして彼らの口元は一様に緩んでいた。

 水ヶ江城は聞いていた通り、一国衆の支城に相応しい小ささだったのだ。

 

 だがそれも束の間、次第に城周辺の光景がはっきりしてくると、彼らの緩んだ口元は逆に硬直していった。


(何だ、この水堀の多さは⁉)


 眼前に見渡す限り広がっていたのは、縦横に巡らされた水堀だらけの光景だったのだ。

 水堀の幅は大人も跳び越えられない程広く、その深さは大人の腰は余裕で浸かるほど。中は水が勢いよく流れている。


 中国地方に暮らす、陶の兵達が面食らうのも無理はない。

 自然に出来た水堀の周りに、城や集落を作り防御施設とする。このシステムは筑紫平野や佐賀平野における独特のものだった。


 

 少し解説させて頂きたい。

 有明海に繋がる河川、その支流から末端の水路に至るまで、この地方の水の流れには一つの特徴があった。


 満潮時になると、有明海からの水が河川に流れ込む、逆流現象が起こるのである。


 海水は飲用、農業用水には使えない。さらに佐賀地方の気候は、降れば洪水、照れば旱魃という厳しいものだった。

 真水を確保する事が難しい状況下で、この地方の人々は山から流れる真水を貯める事が出来る場所、つまり水堀の近くで生活するようになった。


 そして逆流の影響もあり、頻繁に河川の氾濫が発生する。そこで逃げ場を失った水は周辺の水堀に流れ込む。

 水堀はやがて複雑に、その規模を大きくして、平野の至る所で見られるように発展していったのだった。


 家兼は父康家から水ヶ江城を譲り受けると、この周辺が特に逆流現象の影響を受けやすい事を利用して、城の至る所に改修を施していた。

 周辺に広がる水堀についても、流路や畦道の場所を限定し、防衛に適した造りに仕立てたのである。


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 矢の射程から僅かに外れた畦道。

 やがて陶勢はそこに辿り着くと、「かかれ!」の号令の下、勇んで駆け出していった。

 

 しかしその進軍は足並みが揃ったものでは無かった。

 当然だが水堀を避けて城を目指そうとすると、経路は限られてくる。

 細い畔道に兵達は殺到せざるを得ないのだ。


 それはまさに家兼の思う壺だった。


「来たぞ、矢の雨を馳走してやれ!」


 留守を預かる龍造寺方の重臣、福地家盈いえみちの号令の下、城兵からの矢が次々に陶勢へと降り注ぐ。


 矢に当たった者は痛みでその足取りを止める。

 そして無残にも後続の味方に踏みつけられるか、または水堀へと転げ落ちてゆくしかない。

 陶勢の行軍はたちどころに渋滞を引き起こしていた。


 城兵がこの混乱を見逃すはずがない。

 密集した所に狙いを定め、次々と射倒してゆく。

 西国最強の大内勢とて同じ人間、狼狽える時は狼狽えるもの。小勢である水ケ江勢でも難なく手玉に取る事が出来たのだ。



「ええい、何をしておる! 早く梯子を掛けぬか!」


 城の東側にて、苛立ち交じりの指示が飛ぶ。持長の声だった。

 そしてすぐに後続の兵達が、梯子を持ち城壁に向かってゆく。



 水ヶ江城は三十町の広大な敷地を持つ城だった。

 現在の単位にすると、約30ヘクタール、東京ドーム約6.4個分に相当する。


 そしてこの敷地の中に五つの城館が存在した。

 それぞれ小城(本館)、東館ひがしんたち中館なかんたち西館にしんたち(東側と西側がある)である。


 各城館には四方を囲む水堀と、城内の往来のための橋が一つだけ設けられていた。

 そして戦時に橋を落としてしまえば、各城館は独立した水上要塞と化したのである。


 これも改修により加えられた家兼の工夫だった。

 そのため、城の前の水堀を越えるには、梯子が欠かせなかったのである。



 城の手前まで何とかやって来て、梯子を掛け渡ろうとする陶勢。

 城壁に近づけさせぬ様、弓矢や槍で応戦する水ケ江勢。

 両勢は激しく城壁と水堀を挟んで戦う。


 しかし半刻(一時間)過ぎても、一刻(二時間)過ぎても、城壁を乗り越える者は誰一人として現れなかった。


 梯子は水堀に落ちた者の水しぶきを被り、どうしても濡れてしまう。そのため滑らない様に、かつ敵にも気を配りながら戦わざるを得ない陶勢は、どうしても分が悪かった。


 更に間の悪いことに、この日五月十六日は、新暦に直すと六月二十七日。梅雨の時期に重なっていた。

 当然水堀には並々と水が注がれている。

 滑落し溺れた兵達は鎧の重さもあり、ろくに身動きが取れなくなる。

 それは城兵の格好の餌食となっていった。




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 当初、城攻めの目的は、水ヶ江城を危機に陥らせた上で、家兼を誘き出すことにあった。

 ところが現状、城はびくともせず、陶勢がいたずらに消耗するだけ。

 

 これでは埒が明かない。そう判断した持長は急いで本陣に戻って来た。

 道麒に対し、未だ手の回っていない南側から攻めたいと、名乗り出たのである。


 しかしその提案に道麒は難色を示した。


「南から攻めると何ぞ良い事でもあるのか? 同じ事であろう」

「それが物見によりますと、南の城壁には兵の姿が殆ど無く、軍旗も見えぬとのこと。ここは手薄と思われまする。どうかそれがしに一軍を与えて下さりませ」



 そう懇願する持長に、道麒は許可を与えた。他にこれと言った解決策も無かったのである。


 やがて持長は城の南に回り、城の敷地の中に入る事に成功すると、各城館の様子を見渡した。

 やはり兵の姿は殆ど見えない。

 心中でほくそ笑んだ持長は、密かに梯子を掛けるよう命じた。

 その時だった──



「待ちくたびれたぞ、陶の兵達よ!」

「あれは東側にいた将…… 何故ここにいる⁉」



 呆気に取られている持長。

 それを城壁の上から福地家盈他、戦意充分の水ケ江勢が見下ろしていた。

 

 何故ここにいる、などと驚く事ではない。簡単な話である。

 城の周りには遮る物が殆ど無いため、敵の行動は城から丸見えなのだ。


 そのため城兵の配置も、敵が襲ってくる所に集中させ、こない所には僅かにすればいい。

 これを持長は手薄と勘違いしまったのである。


 さらに水堀を避け、城外を大きく迂回する持長と、城館内で東側から南側に移るだけの家盈とでは、移動距離が全く違う。

 家盈の「待ちくたびれた」という言葉は、敵を嘲笑うと共に、半ば本心からの叫びだったのだ。


 一方、持長は選択を迫られた。

 ここで攻めてもおそらく徒労で終わるだろう。

 だが攻め込まなかったら、道麒に何と申し開きすればよいのだ?


 大事なのは面目。持長に残された選択肢は、苦し紛れの突撃しかなかった。


「怯む出ないぞ、皆わしに続け!」

「殿、無茶はお止め下さりませ!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「はっはっはっはっはっ!」


 陶勢の本陣から、道麒の高らかな笑い声が響いてきたのは、戦が始まってから二刻(四時間)が過ぎた頃のことだった。


 彼の目の前にはずぶ濡れになった持長の姿がある。

 水堀を超えようとして滑って転落した彼は、家臣達の必死の救出により、命からがら逃げ帰って来たのだった。


 その陣中には数人の家臣や、国衆がいる。

 武士にとって面目は何よりの大事。彼らの前で自分に恥をかかせる様に笑わなくても良いではないか。

 そう道麒に対する憤りを覚えた持長は、露骨に不満の色を見せると顔を背けた。


 しかし道麒はそれを察して、諭すように持長に告げた。


「いや、そなたの事を笑ったのではない。わし自身の阿呆さ加減に笑ったのだ」

「え……」


「初陣から数えて四十余年、山陽、山陰、畿内の多くの城攻めに加わった。年を重ね知識と経験を増やし、戦場で遭遇するあらゆる事が見抜けるようになった。しかしだ……」

「殿?」


「わしにもまだ見知らぬ城と戦があったのだ。持長、退却するぞ。これ以上は無用だ」

「退却⁉ 恐れながら、開戦からまだ半日も経っておりませぬ」


「今の我らがいくら攻めても無駄だ。敵は涼しい顔をしているではないか。悔しいがあの爺め、それを見越していたのだ」


「しかし、この小城を落とせぬままとは情けのうござる! せめてあと数日、包囲と攻撃を続けさせて下さりませ!」


「諦めろ! 我らは勢福寺城を落としに来たのだ。なのに国衆の支城一つに何日も手こずっていると知れ渡ればどうなる? 大人しくしている近隣の国衆達が、歯向かってくるかもしれぬではないか!」



 そう告げると、道麒はすっくと立ち、退却の法螺貝を鳴らすよう家臣に命じた。

 そして家臣達を引き連れ、自分も本陣から去って行こうとする。


 だが持長とすれ違った瞬間、彼の悔しそうな顔が再び視界に入ったため、歩みを止めて告げた。


「三万の兵で城の四方を完全包囲し、その上で一斉攻撃」

「え?」

「それくらいせねば、この城は落ちぬ」



 道麒のその後の行動は素早かった。

 翌日には陣を払い、籾岳向けて撤兵を開始。

 戦いの舞台は再び、勢福寺城から籾岳の間に移って行くことになった。



 水ヶ江の「」とは、この地方の方言で家を指す言葉である。なので水ヶ江とは水の家という意味になる。

 水ヶ江城はその名に相応しい特性を活かし、見事に陶勢の撃退に成功したのだった。

 


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