第24話 大内の圧倒


この回の主な勢力、登場人物(初登場を除く)


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ヶ江みずがえ当主 一族の重鎮


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く肥前の大名。大内氏と敵対

少弐興経おきつね …少弐家当主 家兼を嫌悪している

少弐資元すけもと …興経の父、隠居の身

馬場頼周よりちか …少弐重臣 興経の後見



大内氏 …本拠は山口 中国、北九州地方に勢力を張る西国屈指の大名 

大内義隆 …大内家当主

すえ道麒どうき …名将と称えられる大内家中の有力者 周防国守護代    


大友氏 …本拠は豊後府内、北九州に勢力を持つ有力大名 少弐氏と友好関係にある

大友義鑑よしあき …大友家当主



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 天文二年(1533)四月六日、神埼郡石動村、大曲村にて、少弐勢と陶道麒、天野隆重らの大内勢は交戦──


 戦は少弐勢の敗北に終わった。


 急ぎ勢福寺城へと退かなくてはならない。

 ところがその時、無情の雨が少弐勢には降りかかっていた。


 雨と返り血と泥にまみれ、次第に水分を含んでいく衣服。

 重たくなった足取りの我等を、道麒が見逃してくれるだろうか?

 募る不安を抱いたまま、家兼は勢福寺城へと退いていった。


 そして城も大内勢の襲来に備え、守りを固めなければならない。

 家兼と諸将は城に着くと、すぐに興経と資元に謁見し、各々持ち場を決めて城の各所に散っていったのだった。

 しかし──


「本当に殆どの兵が、無事に戻ってこれたのか?」

「はい、死傷者は僅かにござりまする」


 殿しんがりを務めていた少弐の武将は、安堵の表情を浮かべつつ家兼にそう報告した。

 算を乱して退却する少弐勢を、何故か大内勢は追撃しようとしなかったのである。


 消耗がそれだけ激しかったのか? 土地勘がないため無理を避けたのか?

 憶測が頭の中を巡る家兼に対し、さらに二日後、驚きの報せが届いた。


「申し上げます! 敵陣、すでにもぬけの殻にござりまする!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 


「我らの抵抗に道麒は恐れをなしたのだ」


 笑みを浮かべ誇らしげに語る興経の声が、広間に響き渡る。


 軍勢を解散してから十数日が過ぎたある日、今後の戦略について話し合うため、再び評定は開かれていた。


 しかし興経の言葉に場は静まり返ったまま。

 居合わせた家臣や国衆達の多くは、痛手を被り陶勢の強さが身に染みている。そのため当時、勢福寺城に居座っていただけの、彼の言葉を真に受けようとはしなかった。


 白けた空気の中、家兼は興経に進言する。


「恐れながら、始めから道麒は、我らを滅ぼすつもりはなかったものと思われまする」

「何?」

 

「道麒は戦後、大宰府へと退き、西筑前へと派兵しておりまする。奴の目的はあくまで筑前平定。その際に我らが大友と連携を取らせぬよう、強襲してきたのでござる」

「ほう、何故そう言い切れる?」


「大内に対しては、我らと大友の連携こそが有効である、と指摘した者がおりまする。これをご覧下さりませ」


 家兼はそう言って懐から一通の書状を取り出し、家臣を通じて興経と資元に披露した。


 書状は対馬を治める宗氏からのものだった。

 当時宗氏は、大内と少弐、両方に従属する「両属」の立場を取っていた。

 しかし長年の友好から、重きを置いていたのは少弐であり、大内の実情を知らして来ることがあったのである。


 書状には、大内に対し少弐は、大友と更なる連携を勧めるべきと記されていた。



「御館様(※興経のこと)、実はそれがしの所にも、同様の書状が届いておりまする」


 そう言って書状を差し出したのは頼周だった。

 宗氏は念のため書状を二つ用意し、少弐家中の有力者二人に届けていたのである。


「宗氏の申す事、真にもっともかと存じまする。大内勢の筑前攻撃が激しくなる前に、出来るだけ早く我等も筑前へと出兵すべきでござる。上手くいけば、かつての失地を奪還できるやもしれませぬ」


「おお、それは大宰府を奪回出来るかもしれぬという事か! ならば大友とすぐにでも協議を始めねばならんな!」


 頼周の言葉に機嫌を良くした興経が、興奮気味に語る。

 しかしその光景を、家兼は仏頂面で眺めるだけ。

 やがて彼と視線が合った興経は、その意を察して途端に表情を曇らせた。


「頼周すまぬのう。目の前にいる爺が、それはなりませぬ、と目で訴えておるわ」

「早めに察して頂き恐縮でござる。先の戦で痛手を負った我らは今、とてもそれどころではござりませぬ」


「口を開けば、なりませぬ、ござりませぬ…… そなたの言葉はいつもわしを萎えさせる。もっとやる気を起こさせるような事を言えぬのか?」


「恐れながら、大宰府を奪回などと軽々しく申されるのは、大事なことを一つ、御館様が忘れておられるからでござる」

「何ぃ!」


「道麒は立花山城攻略の最中に、兵を割いてやってきたのでござる。当然、主力は立花山に残しているため、こちらに向かわせた兵はいわば余り物。それにすら敗れた我らが大宰府奪還するなど、夢のまた夢にござる」


「おのれ……したり顔でほざくでないわ!」


 怒気を含んだ言葉と共に、興経は家兼目掛けて、所持していた扇子を投げつける。

 しかし家兼は咄嗟に頭を下げ、難なくそれを避けると、平然と興経に向き合った。


 殺伐とした空気が辺りを包む。その様子を見かねて仲裁に入ったのは、資元だった。


「止めんか、興経! 御老公はただ事実を述べただけ。負け戦の直後に、もう一度集まれと傘下の者達に命じるのは、確かに酷じゃ。しかし──」


 そこまで言って、資元は家兼に向き直って尋ねる。


「御老公、ただ守りを固めておるだけではまずい。道麒の不意の侵攻に対応できる手立てが必要じゃ」

「御意にござりまする。それについて、それがしに考えがござる。ぜひ三根みね郡へと行かせて下さりませ」

「三根郡?」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 


 一方、前年から続いている筑前の大内、大友の抗争は、大友方の拠点の一つ、立花山城陥落により転機を迎えていた。


 大内勢は勢いのまま西筑前へと向かうと、大友の筑前におけるもう一つの拠点、柑子岳こうしだけ城を攻略。

 これにより筑前全域を勢力下に収めることに成功し、九月、続けて筑後に攻め入ったのである。



 さらに勢いに拍車を掛けたのは、同盟を結んでいた、肥後の菊池義宗(後の義武)の筑後出陣だった。


 義宗は元は大友義鑑の弟で、菊池家を大友傘下に収めるために、当主に迎えられていた。ところが、義宗は独自の権力を確立しようと企み、大友家と手切れをし、大内と結んでいたのである。


 翌天文三年(1534)閏一月十六日、大内勢は菊池勢と合同で、筑後の大友方国衆、星野親忠の生葉いくは郡妙見城を攻撃。

 城は落ちて、親忠は逃亡を余儀なくされた。



 また豊前においても、二月二十日、宇佐郡佐田荘において、大内方の国衆、佐田朝景の小勢に大友勢が敗北。名のある武将の首を十四挙げられてしまい、この方面の戦局も大内優勢へと傾いていった。



 北九州における二強──大内と大友の抗争。

 それは約一年半続いた末に、大内勢が大友領内を蹂躙する段階へと移っていったのである。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 そして同年二月──

 陶道麒の軍勢が再び肥前に向かって進軍している、との報せが勢福寺城にもたらされた。

 道麒は前回同様神埼郡に入ると、北部の三津山にある籾岳もみだけに陣を構えたのである。


 

「来たか。御老公、道麒の意図をどう読む?」

「以前とは違い、我らの殲滅を狙っておるやもしれませぬ。傘下の者達は出撃を避け、各々城に籠るべきかと存じまする」


「よし、ではそう皆に伝えよう。三根郡も抜かりなく頼む」

「心得ましてござる」


 資元の命を受けた家兼は、すぐに三根郡の関係者に対し使者を走らせた。


 三根郡は肥前でも東端に近い、肥前と筑後の国境に位置する郡である。

 家兼はこの地で一揆(国衆や地侍達による連合軍)を新たに形成していた。大内勢の再侵攻に備え、国境の者達の動揺を抑えるためである。

 

 計画は家兼の発案と、資元の指示により進められた。

 まず東肥前において広大な寺領を持ち、少弐氏の祈祷寺である光浄寺に働きかけ、同寺に一揆の中心となってもらった。

 その上で周辺の国衆、地侍達に参加するよう説得していったのである。



(肥前を大内の意のままにしてなるものか!)


 資元との謁見を終えた家兼は、三根郡一揆に思いを馳せて、東の空を睨む。

 おそらく肥前の東端はこれで大丈夫だろう。


 一方、道麒は今回山に陣を張った。長期戦も辞さないつもりなのだ。

 この城で我らはどこまで持ち堪えられるだろうか?


 家兼はその後、水ヶ江に使者を遣わし、軍勢をこちらに派遣するように命じた。

 龍造寺にとって避ける事の出来ない戦が、まもなく始まろうとしていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る