第19話 閉ざされた道
主な勢力、登場人物
龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う
龍造寺
龍造寺
少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名 田手畷で大内勢を撃破した
少弐
少弐
馬場
江上
小田
大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名
筑紫氏 …東肥前大身の国衆。少弐傘下だったが、大内に攻められて降伏する
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「千町じゃ、御老公には
当主興経の隣に座している資元は大仰にそう宣言した。
早く与えて家兼の笑顔を見たくて仕方がない。嬉々として語る彼の様子は、裏表のない本心をさらけ出していた。
しかしその話を聞いていた他の三人、興経、頼周、元種も負けじと──別に張り合ってはいないのだが、口をあんぐり開け本心をさらけ出す。
「いや、父上、それは流石に与えすぎというものかと……」
「何を申すか。此度の戦は、龍造寺が立案し、龍造寺が抜群の武功を挙げたから勝てたのじゃ。これぐらい賞さねば、他の国衆達にも示しがつかぬではないか」
「いや、されど、しかし……」
興経は動揺から同じ意味の言葉を繰り返すものの、気付いていない。
そこに頼周がすかさず割って入る。
「若君の懸念、それがしも同意仕りまする。千町もの所領を与えてしまいますと、龍造寺は肥前中部の大勢力となりまする。これでは他の国衆達があの家を危険視するやもしれませぬ」
「させておけば良いではないか。龍造寺は代々少弐恩顧の家。そして知勇に優れた将が多くいる。それが今後も当家のために尽くしてくれるのなら、安いものであろう」
その後も話合いは続けられたが、頑として資元は譲ろうとはしなかった。
後日、村中城に使者が到着。胤久や家兼が平伏する中で恩賞は下賜された。
それまでの龍造寺家の所領は、佐嘉郡龍造寺村や与賀などを中心に約千二百町ほど。それが今回の差配で倍近くの加増となり、近隣の人々から驚きを以て受け止められたのだった。
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さて、田手畷の戦から数日後のこと。
頼周は小田資光の拠城、蓮池城を訪ねた。
昼間とはいえ不意の来訪である。それにも拘らず快く通し、茶を差し出してくれた資光に対し彼は礼を述べると、神妙な顔で訪問の理由を明かした。
「今日は、お主にぜひとも尋ねたい事があって参った。龍造寺についての話だ。先日の戦の折、この城から進発し田手にて戦うまで、そなたは行動を共にし陣も隣に構えておった。あの家の将兵は、何か不審な動きをしておらなんだか?」
「龍造寺? 不審も何もそなたもよく存じておろう。今更あの家に何かあったのか?」
「実は戦の後で少し考えてみたのだが、あの家の動向には不可解な点がある。そこでお主ならと思い──」
と、お決まりの眉間にしわを寄せて語る頼周に対し、資光は呆れ顔で遮った。
「あのな、西千葉討伐の時もそうだったが、お主は他人に対し、
「まあ聞け。わしが気にしているのは、何故
「大方、御老公が遅れて招集され、あの時分になってようやく到着したのであろう。些細な事ではないか」
「本当にそう思うか? 我らは龍造寺の爺に謀られたのではないのか?。赤熊武者達が奇襲した時、我らはすでに反撃する力は無かった。しかし奇襲を知っていた龍造寺勢は反撃に転じ、手柄を総取り出来た。始めから狙っていたのであろう」
そして彼は、紙に包まれた数本の細くしなびた棒状の物を懐から取り出すと、これが証拠だと言わんばかりに資光に突き出した。
「何だこれは、麦わらか? 赤く染めてある様だが……」
「何か証拠がないかと思い、家臣を戦場に調べに行かせた。すると赤熊の武者達が戦った跡にこれが点々と残っていたそうだ」
「赤熊の兜の毛をこれで代用していた、と言うことか?」
「そうだ。開戦前に急にそのような物を用意出来る訳があるまい。戦の何日も前から予め作戦を立て、地侍共にその麦わらを付けた兜で来るよう、奴は命じたのであろう」
「まさか、俄かには信じられぬ……いや……」
「ん?」
「思い出したぞ。我らが苦戦している時、確か龍造寺の陣から狼煙が上がっておった」
「何だと⁉」
一瞬、その場は静まり返った。
確かに頼周の推理は外れてはいなように思える。しかし龍造寺家が誼ある家を窮地に陥れてまで、自家の武功に執着するだろうか。
長年の付き合いからそう察した資光は、二の句が告げず押し黙ってしまっていた。
その間に頼周は、差し出された茶で喉を潤し話を続ける。
「そなた、いずれ龍造寺とは縁組したいと考えているそうだな」
「ああ、孫には龍造寺家の娘を娶らせたいと思っておる」
「余計な世話かもしれぬが、一応気に留めておけ。わしも警戒しつつ縁組を考えておる」
「お主も縁組を進めているのか?」
馬場家と龍造寺家との間では、頼周嫡男の
対人関係に神経質な頼周にとって、それはとても前向きな判断だった。
また家兼にとっても、頼周が舅を謀殺した事を忘れるはずがない。両家の交渉が一筋縄ではいかないの当然だろう。
しかしそれでも話はまとまりつつあった。馬場、龍造寺が血縁関係を結べば、小田家も含め少弐傘下の国衆として、より強い結束が生まれるだろう。両家ともそれを期待したのである。
西千葉討伐以降、頼周の龍造寺に対する態度は少しずつ軟化し、ついに縁組にまで発展していた。
しかし今回の疑惑は、そんな彼らの間に暗い影を落としたのだった。
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一方その頃、渦中の人物である家兼の元には、忍びからの書状が届けられていた。
そこには、朝日山城主だった朝日氏が当主頼貫の戦死後、後継者皆無のため御家断絶に追い込まれたこと。それを受けて大内家が同城を接収し、代官を置いたことが記されていた。
なお二年後には筑紫氏に明け渡され、以後長く筑紫氏の支配下に置かれることになる。
家兼は読み終えると、深いため息をついた。
肥前から筑前へ向かう進路上にある、この重要な拠点を大内に抑えられてしまったことは、大宰府への道が極めて厳しくなってしまったことを意味していた。
(我々は敗れたのだ……)
田手畷で確かに少弐は大内に大勝した。
しかし朝日山城を奪われたことで、その勢力範囲は大宰府侵攻前よりも縮小を余儀なくされ、逆に大内は拡大するという、皮肉を招いてしまっていたのである。
(義隆がこたびの敗戦をそのまま放っておくわけがない。大軍を率いて逆襲してくるであろう、必ず……!)
家兼は苦々しい顔で、書斎の小窓から空を仰いだ。
すでに残暑は遠のき、空は高く秋の気配を深めている。
遠方に目を向ければ、徐々に稲穂が黄金色に染まりつつあるのが分かる。
今年はこの実りを守り抜くことができた。しかしこの先は……
穏やかに流れる季節とは裏腹に、間もなく訪れるであろう、人生における冬の到来を、彼は予感せずにはいられなかった。
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