第19話 閉ざされた道

主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ヶ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして、本家、村中龍造寺当主



少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名 田手畷で大内勢を撃破した

少弐興経おきつね …少弐家当主 家兼を嫌悪している

少弐資元すけもと …興経の父、隠居の身

馬場頼周よりちか …少弐重臣 興経の後見

江上元種もとたね …少弐傘下の国衆 興経の後見  

小田資光すけみつ …神埼郡蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆



大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名     

筑紫氏 …東肥前大身の国衆。少弐傘下だったが、大内に攻められて降伏する



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「千町じゃ、御老公には川副かわぞえ千町を与えようぞ!」


 当主興経の隣に座している資元は大仰にそう宣言した。

 早く与えて家兼の笑顔を見たくて仕方がない。嬉々として語る彼の様子は、裏表のない本心をさらけ出していた。


 しかしその話を聞いていた他の三人、興経、頼周、元種も負けじと──別に張り合ってはいないのだが、口をあんぐり開け本心をさらけ出す。


「いや、父上、それは流石に与えすぎというものかと……」

「何を申すか。此度の戦は、龍造寺が立案し、龍造寺が抜群の武功を挙げたから勝てたのじゃ。これぐらい賞さねば、他の国衆達にも示しがつかぬではないか」

「いや、されど、しかし……」


 興経は動揺から同じ意味の言葉を繰り返すものの、気付いていない。

 そこに頼周がすかさず割って入る。


「若君の懸念、それがしも同意仕りまする。千町もの所領を与えてしまいますと、龍造寺は肥前中部の大勢力となりまする。これでは他の国衆達があの家を危険視するやもしれませぬ」


「させておけば良いではないか。龍造寺は代々少弐恩顧の家。そして知勇に優れた将が多くいる。それが今後も当家のために尽くしてくれるのなら、安いものであろう」



 その後も話合いは続けられたが、頑として資元は譲ろうとはしなかった。

 後日、村中城に使者が到着。胤久や家兼が平伏する中で恩賞は下賜された。


 それまでの龍造寺家の所領は、佐嘉郡龍造寺村や与賀などを中心に約千二百町ほど。それが今回の差配で倍近くの加増となり、近隣の人々から驚きを以て受け止められたのだった。



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 さて、田手畷の戦から数日後のこと。

 頼周は小田資光の拠城、蓮池城を訪ねた。


 昼間とはいえ不意の来訪である。それにも拘らず快く通し、茶を差し出してくれた資光に対し彼は礼を述べると、神妙な顔で訪問の理由を明かした。



「今日は、お主にぜひとも尋ねたい事があって参った。龍造寺についての話だ。先日の戦の折、この城から進発し田手にて戦うまで、そなたは行動を共にし陣も隣に構えておった。あの家の将兵は、何か不審な動きをしておらなんだか?」


「龍造寺? 不審も何もそなたもよく存じておろう。今更あの家に何かあったのか?」

「実は戦の後で少し考えてみたのだが、あの家の動向には不可解な点がある。そこでお主ならと思い──」


 と、お決まりの眉間にしわを寄せて語る頼周に対し、資光は呆れ顔で遮った。


「あのな、西千葉討伐の時もそうだったが、お主は他人に対し、いささか神経質になり過ぎだ。その悪い癖直さねば、よしみを結ぶ時、難儀になるぞ」


「まあ聞け。わしが気にしているのは、何故赤熊しゃぐまの武者達は遅れてやって来たかだ。しかも我らがあと一押しされれば総崩れになっておった、あの時になって」


「大方、御老公が遅れて招集され、あの時分になってようやく到着したのであろう。些細な事ではないか」


「本当にそう思うか? 我らは龍造寺の爺に謀られたのではないのか?。赤熊武者達が奇襲した時、我らはすでに反撃する力は無かった。しかし奇襲を知っていた龍造寺勢は反撃に転じ、手柄を総取り出来た。始めから狙っていたのであろう」


 そして彼は、紙に包まれた数本の細くしなびた棒状の物を懐から取り出すと、これが証拠だと言わんばかりに資光に突き出した。


「何だこれは、麦わらか? 赤く染めてある様だが……」

「何か証拠がないかと思い、家臣を戦場に調べに行かせた。すると赤熊の武者達が戦った跡にこれが点々と残っていたそうだ」

「赤熊の兜の毛をこれで代用していた、と言うことか?」


「そうだ。開戦前に急にそのような物を用意出来る訳があるまい。戦の何日も前から予め作戦を立て、地侍共にその麦わらを付けた兜で来るよう、奴は命じたのであろう」


「まさか、俄かには信じられぬ……いや……」

「ん?」

「思い出したぞ。我らが苦戦している時、確か龍造寺の陣から狼煙が上がっておった」

「何だと⁉」


 一瞬、その場は静まり返った。

 確かに頼周の推理は外れてはいなように思える。しかし龍造寺家が誼ある家を窮地に陥れてまで、自家の武功に執着するだろうか。

 長年の付き合いからそう察した資光は、二の句が告げず押し黙ってしまっていた。


 その間に頼周は、差し出された茶で喉を潤し話を続ける。


「そなた、いずれ龍造寺とは縁組したいと考えているそうだな」

「ああ、孫には龍造寺家の娘を娶らせたいと思っておる」

「余計な世話かもしれぬが、一応気に留めておけ。わしも警戒しつつ縁組を考えておる」

「お主も縁組を進めているのか?」



 馬場家と龍造寺家との間では、頼周嫡男の政員まさかずと家純の娘との縁組の話が密かに進んでいた。

 対人関係に神経質な頼周にとって、それはとても前向きな判断だった。


 また家兼にとっても、頼周が舅を謀殺した事を忘れるはずがない。両家の交渉が一筋縄ではいかないの当然だろう。


 しかしそれでも話はまとまりつつあった。馬場、龍造寺が血縁関係を結べば、小田家も含め少弐傘下の国衆として、より強い結束が生まれるだろう。両家ともそれを期待したのである。


 西千葉討伐以降、頼周の龍造寺に対する態度は少しずつ軟化し、ついに縁組にまで発展していた。

 しかし今回の疑惑は、そんな彼らの間に暗い影を落としたのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 一方その頃、渦中の人物である家兼の元には、忍びからの書状が届けられていた。

 

 そこには、朝日山城主だった朝日氏が当主頼貫の戦死後、後継者皆無のため御家断絶に追い込まれたこと。それを受けて大内家が同城を接収し、代官を置いたことが記されていた。

 なお二年後には筑紫氏に明け渡され、以後長く筑紫氏の支配下に置かれることになる。



 家兼は読み終えると、深いため息をついた。

 肥前から筑前へ向かう進路上にある、この重要な拠点を大内に抑えられてしまったことは、大宰府への道が極めて厳しくなってしまったことを意味していた。


(我々は敗れたのだ……)


 田手畷で確かに少弐は大内に大勝した。

 しかし朝日山城を奪われたことで、その勢力範囲は大宰府侵攻前よりも縮小を余儀なくされ、逆に大内は拡大するという、皮肉を招いてしまっていたのである。


 

(義隆がこたびの敗戦をそのまま放っておくわけがない。大軍を率いて逆襲してくるであろう、必ず……!)



 家兼は苦々しい顔で、書斎の小窓から空を仰いだ。

 すでに残暑は遠のき、空は高く秋の気配を深めている。

 遠方に目を向ければ、徐々に稲穂が黄金色に染まりつつあるのが分かる。

 今年はこの実りを守り抜くことができた。しかしこの先は……


 穏やかに流れる季節とは裏腹に、間もなく訪れるであろう、人生における冬の到来を、彼は予感せずにはいられなかった。







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