第17話 決戦、田手畷!(前)赤熊
主な勢力、登場人物
龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う
龍造寺
龍造寺
少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名
大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす
馬場
大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名
筑紫氏 …東肥前大身の国衆。少弐傘下だったが、大内に攻められて降伏する
朝日頼貫 …東肥前の国衆。少弐傘下だったが、大内に寝返り、その軍に加わる
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肥前に侵攻し、少弐の本拠、勢福寺城の陥落を目論む大内勢。
そしてそれを阻止するべく、出撃して待ち受ける少弐勢。
時は享禄三年(1530)、八月十五日。
両軍は神埼郡の
やがて互いの陣から太鼓が響き渡る。
それに応じて矢合わせ(※弓矢を放ち、相手の数を減らしたり、その動きを牽制するもの)が行われると、大内の先陣、筑紫勢、朝日勢が一斉に川を渡り始めた。
こうして、少弐対大内の決戦の幕は切って落とされた。
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「良く狙え! 敵の動きは鈍い。矢を無駄にするでないぞ!」
渡河中の大内先陣を待ち受けていたのは、手荒い歓迎だった。
対岸の土手から、少弐勢の矢の雨が降り注いだのだ。
たちまち先陣の将兵は青ざめ、顔を引きつらせる。川の深さに足を取られていた彼らは、格好の的でしかなかったのだ。
「ひるむでない! 止まらず駆け抜けるのじゃ!」
朝日勢を束ねる当主の頼貫は、そう将兵を叱咤して渡河を試みる。
しかし現実は無常なもの。彼の目の前に展開されたのは、余りにも一方的な虐殺だった。
田手川は決して大きな川では無い。
しかし過去何度も洪水による氾濫を起こし、周辺住民を苦しめた歴史を持っていた。
そして旧暦八月は今の九月、長雨の多い時期にあたる。
増水し幅と深さを増した川が、大内勢の歩みをどれだけ鈍らせたかを想像するのは、難しくないだろう。
急所を射抜かれれば即死、外れても膝をつけば溺死。
重なる惨劇により、次第に屍が川を埋めてゆく。
死神は嬉々として大内勢を手招いていた。
そして──
「がはっ……!」
「殿ーっ‼」
哀れ先陣の将、朝日頼貫は緒戦、矢の雨の中で討死。
先陣は犠牲者が多く出やすい所である。そのため寝返ってきた者や降伏した者を起用することが少なくない。
頼貫もこの例に漏れず、後続の大内本隊を矢の雨から守るため、犠牲となったのだった。
悲報に動揺した先陣はたちまち崩れ、二陣と入れ替わる。
二陣は何とか矢を潜り抜け渡河を果たすと、川辺から平地へと駆け上がろうとした。
しかしそれを阻んだのが、傾斜のある土手。
何とか越えようと大内勢は足掻くものの、土手の高所から繰り出される、少弐勢の槍や弓の餌食となるだけだった。
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「ぃよーし! 頼貫がくたばりおった! 裏切り者にふさわしい末路じゃ!」
頼周は自陣にて拳を握り締め、鼻息を荒くして叫んでいた。
頼貫討死、御味方優勢の報告は、他の少弐方諸将の陣も大いに沸かせていた。
もしかするとこのまま撃退出来るのではないか?
そう期待を抱く者もおそらく居ただろう。
しかし大内はここからが本番だった。
二陣に続き、すぐに三陣、四陣と立て続けに投入。兵数にて敵の地の利を圧倒しようと試みる。
やがて乱戦の末、彼らはついに土手の防衛線を突破。舞台は平地での白兵戦へと移行した。
こうなれば、俄然大内が優位だった。
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「報告! 御味方の
平地の西側にある高地、その奥に築かれた龍造寺の陣中にて、報告を聞いた惣領胤久は「相分かった」と返事すると、家兼に尋ねた。
「叔父上、まだ動かせる手勢は残っておりましょう?」
「されど動かしてはなりませぬ。大内はまだ余力を残しておるやもしれませぬゆえ」
「そこを何とかなりませぬか。於保は近隣で
胤久はそう懇願するものの、家兼は首を縦に降ろうとしない。
彼は不満気な表情を浮かべて沈黙するしかなかった。陣中は一瞬静まり返る。
しかし続けて駆け込んできた伝令の報告は、家兼の読みの正しさを証明するものだった。
「申し上げます! 大内の新手が川を渡り、間もなく攻め寄せてくる模様!」
「何だと……」
新手が加わると、ここはどうなってしまうのだ?
胤久は詳しい戦況を自分の目で確かめようと、家兼達と共に陣を離れ、高地の見晴らしの良い所に向かう。
やがて遠方に見えたのは、渡河を終え、鬨の声を揚げながら整然と進む大内の将兵達。
そしてすでに足下の高地も侵攻に晒されていた。
龍造寺勢は何とか食い止めているものの、ここが最後の防衛線。突破されれば総崩れとなってしまう。
(いかん──!)
青ざめた胤久は隣にいた家兼に振り向いた。
「叔父上、このままではその……」
「撤退も視野に入れて動かねばならぬ、でござるか? それは無用と申すもの」
「え?」
「撤退するのは大内の方にござる」
家兼はそう告げると、家臣に陣の後方から狼煙を揚げるよう命じた。
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そして狼煙を上げてから小半刻(三十分)後、高地の南から謎の一団が現れた。
列を成し、歩調を合わせながら大内勢へ近づいてゆく。
その装束は、紺の
手に持っているのは、それぞれ笛、太鼓、
そして楽器から奏でる拍子と旋律で、ゆっくりながらも賑やかに、楽しげに
恐ろしいまでに戦場に不相応な様相。
現実と自身の認知が一致しない大内の将兵達は、ただ唖然とするしかなかった。
何故この場にその様な出で立ちでいるのか?
何故この場で楽器を握っているのか?
何故この場で囃しているのか?
怪しんだ彼らは、やがて一団を次のように捉えた。
(おそらく、村祭りの田楽の者達が、戦場に迷い込んだのだろう)
そう認めてしまえば、もう気にかける必要はない。
大内勢は一団から注意を背けて、再び少弐勢と向き合い始める。
それが彼らの運の尽きだった。
一団は足を速め近づいてゆく。
それにつれて速まる拍子と高鳴る旋律。
僅かな兵が接近に気付き、注意を向けるがもう遅い。
やがて一団は至近距離に達すると、すぐさま四方に散った。
そして──
一団の背後から現れたのは、赤く染まった長髪で顔を覆った、
その手には、槍や刀などの
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