第5話 新当主家和


主な登場人物


龍造寺家兼 …康家の五男 主人公

龍造寺康家 …家兼の父、隠居の身 

龍造寺家和 …康家の次男

龍造寺胤家 …龍造寺家当主 康家の長男 


千葉胤繁 …胤資の養子、現西千葉家当主。


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 川副の敗戦は龍造寺に深い爪痕を残した。

 死傷者を多数出しただけでなく、当主の胤家が行方不明になってしまったのである。



 その後、顔見知りの山伏や忍びからの報告があり、徐々に彼の足取りが分かってきた。

 どうやら千葉胤繁と共に筑前山中に逃れた後、母方の祖父で、大宰府官吏である小鳥居信元の元に居候しているらしい。

 戦死したのではと危惧していた家兼達は、その報せで大いに胸をなでおろす事が出来たのだった。


 あとはいつ帰郷してくるかである。

 しかし一月、二月と待ってもそのような様子はなく、いたずらに月日が流れて行った。



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 やがて当主不在の影響が次第に家を蝕み始めた。

 家政が滞り始めたのである。そこで、先代の康家が当主代理を受け持つことになったのだが、彼はすでに高齢である。

 案じた家兼は様子を窺うため彼の自室を訪ねた。



「家兼か。ほれ、そなたも見てみよ、この書状を」

「ずいぶん薄高く積まれておりますが……領民達からの陳情でござるか?」

「川副の戦の折の、戦の功績を賞した感状や相続安堵の書状を書かねばならぬ。生き残ったものにはすでに与えた。問題は死んだ者達じゃ」



 家兼は書状を受け取り、よくよく覗いてみる。

 そこには死んだ者達の家の状況が記してあった。これを見ながら感状や所領安堵状を書くわけである。


 家の事情はそれぞれ異なるものの、死んだのは当主であったり、当主を支える働き盛りの者である。書状にはそれを突如失ってしまったため、混乱が生じている家々の様子が記してあった。



 いくつか例を挙げてみる。

 後継者が幼い息子しかいない家。この家はしばらく龍造寺のために働けない。

 そもそも後継者がいない家。一家離散、御家断絶の危機である。

 そして主人と共に討死した者。証言する者がいないので、どのような戦功を立てたのかよく分からない。

 

 こういった戦死した者の家の事情や軍功を調べ、どのように処すべきか頭を悩ましながら、一つ一つ書いていかなければならなかった。


 しかも対象は龍造寺家臣だけでなく、龍造寺に従った地侍達もである。康家とその周りの家臣達だけでは、膨大な手間と時間がかかるだろう。それは家兼にも容易に想像できた。



「あまりご無理をなされますな」

「無理をするなと言いながら、そっくり返す奴がいるか。少しは手伝おうとせい。わしはもう疲れたぞ」


 そう言って康家は書状を受取ろうとせず、机に置けと指さすと、その場でごろんと横になった。


「はあ……祐筆(※文章の代筆を担う秘書官)でも雇うか」

「弱小国衆の我らが、わざわざこのためだけに雇うと?」

「ならば家臣からだれぞ抜擢して書かせるか」

「あらゆる文書を書けるほどの教養のある家臣が、ここにおりましょうや?」


「否定ばかりしてないで少しは知恵を出せ。このままだと胤家の帰国を迎える前に、わしのあの世からのお迎えが先に来るぞ。そうなったら家和やそなた達に代替わりすることに……」

「父上?」



 そこまで言って、康家は急に動かなくなった。

 家兼が呼びかけても返事が無い。体調に異変でもあったのかと思い、家兼は慌てて近寄って様子を窺ってみる。

 すると、彼は急に上体を起こし、真剣な眼差しで告げた。


「代替わりじゃ」

「え?」


「そうじゃ。この家の危機を乗り越えるには、家和に当主になってもらうしかあるまい」

「いえ、戦後処理だけでも父上に頑張っていただかないと。代替わりはそれから後でも遅くはございませぬ」


「ついて参れ。今から家和のところに話しに行く」

「今からでござるか⁉」



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 二人の突然の訪問に家和は面食らった。

 が、すぐに顔をほころばせ「珍しいのう、雨でも降るのではないか?」と冗談交じりに彼らを迎える。


 しかし康家は席に着くや否や、家和に向けて頭を下げてきた。

 その顔が真剣だったため、家和の態度も神妙になった。 


「今日はそなたに頼みがあって参ったのじゃ」

「頼みでござるか……もしかして、それがしに当主の座に就け、とか?」


「おお、そのとおりじゃ。よく分かったのう。ならば話が早くて助かる。引き受けてくれるか?」

「はっ、不肖の身ではござるが、しかと承り申した」

「え⁉」


 あまりにとんとん拍子で家の一大事が決まってしまったため、家兼は思わず突っ込みを入れてしまった。


「あの、兄上、本当によろしいのでござるか⁉」

「無論だ。わしもその方が良いと思っておったのだ。当主不在では、他の国衆の侵攻を招くかもしれぬのでな。では父上、兄上が帰郷されるまでの間、当主の役目お引き受けいたしまする」


「帰郷するまでの間……?」 

「いや、そうではなくてな。わしは胤家が帰郷しても、そなたにはひき続き当主でいてほしいのじゃ」

「何ですと⁉」



 康家の言う事は正しかった。

 胤家は、家中に反対するものが多数いる中で、川副の戦いに強行参加し、結果敗れて多くの将兵を失ってしまった。


 彼の求心力は、大きく低下してしまっていたのである。もし当主に返り咲く事になれば、龍造寺から離反する者が続出する事態になってしまうだろう。



「しかし兄上が帰郷された時はどうなさる? 当主はそれがしだと言い張れば、我らの間に亀裂が入りまする」

「その時はわしと家兼で説得しようぞ」


「説得に応じなければ?」

「家を乱すものとして相応の罰を科す」



 普段は事なかれ主義で、どこか日和見的な康家が珍しく語気を強めて語る。その姿は、家和の心を大いに動かした。


 後日、村中城にて代替わりの儀が行われた。ここに家和は晴れて新当主となったのである。 



 








 

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