さよならジュディア

ヤミヲミルメ

第1話 夏に出逢った氷の魔女さん

 出逢った日、スリサズちゃんは十三歳で、わたしより四つも年下で、だけどあちこち旅して修行してきたあなたは、病弱でお屋敷に閉じこもってばかりのわたしなんかより、ずっとしっかりして見えた。

 緑が濃くなって、日差しが辛くなる季節。

 わたしの部屋を涼しくするために、パパが雇った、魔法使いの女の子。


 あいさつをしたあとは、ほとんど会話なんてなかった。

 でもそれは、スリサズちゃんが無口なのでも、わたしのことが嫌いなのでもなくて、魔法を使うのに集中してただけ。

 そう気づいたのは、夏の一番暑い時期。

 わたしの部屋のちょうど真ん前に生えている木が病気になって、夏の盛りの太陽をいっぱい浴びなければいけない時期に、葉を落とし始めてしまったの。

 わたしの部屋は二階で、窓の高さと枝の高さがぴったりで、しおれた葉っぱを突きつけられているみたいで。

 きれいに紅葉こうようすることなく、ただ、しなびていって。

 ああ、わたしの命もあの木の葉のように、夏の甲斐なく散っていくんだわ――なんて、わたし、冗談めかしてつぶやいてみたの。


 そうしたらなんとスリサズちゃんってば、その木をまるごと氷漬けにして、葉っぱが一枚も落ちないようにしちゃったの!

 庭師さんは大慌て!

 ……魔力をいっぱい使う強力な魔法だったから、氷漬けを維持できたのはその日の間だけ。

 でもその間に害虫が居なくなって、木は生命を取り留めたわ。


 秋が来て、涼しくなって、スリサズちゃんは去っていった。

 でもね、約束通り、次の夏にはまた来てくれたの。


 二年目、十四歳になったスリサズちゃんは、前より魔力が上がっていて、冷気の維持なんて楽勝になってて、わたしたちはおしゃべりを楽しめるようになったの。


 と言ってもわたしが話せるのなんて、ハーブティーの銘柄とか、読んだ本の感想ぐらいで。

 そんなわたしにスリサズちゃんは、自分で経験した冒険譚をいっぱい聞かせてくれたの。

 人魚の町の話や、砂漠の王様の話よ。


 スリサズちゃんがあんまり楽しい話ばかりするから、パパが心配しちゃったみたい。

 わたしがうらやましがるんじゃないかって。

 だってわたしには旅なんてできっこないんだもの。


 パパに言われてからスリサズちゃんは、危険な魔物退治の話ばかりをするようになったわ。

 邪悪なゴーレムと戦った話や、危険な人喰いカタツムリを倒した話。

 きっとわたしを怖がらせようとしてたのね。

 でもね、わたし、そのせいで、前よりもっとうらやましくなったの。


 不思議でしょう?

 わたしも不思議だったわ。

 だけどあるとき、気づいたの。

 わたしがうらやんでいるのはスリサズちゃんの、命が危ないかもしれないような冒険じゃなくて。

 わたしは、スリサズちゃんに退治されて、スリサズちゃんに熱く語られている魔物たちに嫉妬していたの。


 だってそうじゃない?

 秋になってスリサズちゃんは、前の年と同じく、わたしのもとを去っていったわ。

 退治すべき魔物を求めて。

 スリサズちゃんが旅先で、わたしを思い出すことなんてあるかしら?

 旅先で、倒した魔物の自慢話をすることはあっても、わたしのお世話をしたことなんて、誰かに話したりするかしら?


 二年目の秋の始めの、別れの日に、わたしはスリサズちゃんを思い切り抱きしめた。

 三度目の夏にはスリサズちゃんは来てくれないってわかっていたから。

 星の巡りの関係で、氷の魔女は、十五歳の夏には故郷に戻っていないといけないんですって。

 魔女の事情って複雑なのね。


 だから今年は、パパは別の魔法使いを雇ってくれたわ。

 わたしより少しだけ年上の、イールさんっていう男の人。

 いい人よ。

 何がどういい人かって訊かれても困るけど、そうね、これといった問題のない人よ。

 わたしの話をいっぱい聞いてくれたわ。

「スリサズちゃんに逢えなくて寂しい」とか。

「スリサズちゃんがこんなことを言っていた」とか。

 嘆きを、愚痴を、同じ言葉のくり返しを、イールさんはパパと違って、嫌がらずに何度でも聞いてくれたの。


 特に吸血の話なんて、わたしが話題がなくて困っていると、イールさんのほうからこの話を聞きたいって言ってきて。

 ただの吸血鬼ヴァンパイアじゃなくて、吸血樹ヴァンパイア・ウッド

 植物なのに動き回って、人間を襲って血をすする、不思議な木よ。

 最後のほうは、ほとんど毎日、この木の話をしていたわ。


 去年の春、スリサズちゃんが旅の途中に訪れたのは、高級な木材の採れる森。

 そこの木を扱う家具職人には、都会の大貴族からの注文がひっきりなしに入るらしいの。

 わたしの部屋のドレッサー、もともとはひいおばあさまが使ってらしたものなんだけど、これもその森の木で作られているみたい。

 でもうちにあるのはこれ一つだけね。


 そんな木の育つ森に、恐ろしい化け物の木が生えてしまったの。

 理由はわからないらしいわ。

 吸血樹ヴァンパイア・ウッド自体が珍しいものだから研究が進んでいなくて、鳥が種を運んでくるとか、誰かが呪いをかけたせいだとか、いろんな説があるみたい。


 報酬がいいからたくさんの冒険者が集まって、力を合わせて挑んだんだけど、スリサズちゃん、大変な戦いだったって言ってたわ。

 魔物が強かったのもあるけどそれ以上に、魔物じゃない高級木材を燃やしたくないから火を使うななんて依頼人に言われたんですって。

 冒険者の間では炎の魔法は人気らしいの。

 攻撃魔法の中ではほかの属性のものよりも簡単に覚えられて、その割に威力が大きくて。

 炎が弱点の魔物も多いし、特に吸血樹ヴァンパイア・ウッドにはぴったりなのに。


 でもそのおかげで、もともと氷の魔法が得意なスリサズちゃんが大活躍!

 吸血樹ヴァンパイア・ウッドを氷漬けにして動きを封じ込めたのよ!


 それでね、燃やす以外の方法で吸血樹ヴァンパイア・ウッドを浄化するのには聖職者の儀式が必要で、それにはちょっと時間がかかって。

 わたしとの約束があるから、スリサズちゃんは儀式を見届けずにその森を離れたんですって。

 わたし、それが嬉しくて、イールさんに何度も何度も話したの。

 スリサズちゃんの話を聞いてもらえるのが、嬉しくって、楽しかった。



 そうして十九歳の夏を乗り切って、秋に入って、わたしは死んだ。

 いきなりでびっくりしたかしら?

 だけど予感はしてたでしょう?

 わたし、覚悟はしていたの。

 そろそろだって、わかってた。

 誰も恨んでなんていないわ。

 そんな理由なんてない。

 未練は少しだけあると言えばあるかしら?

 スリサズちゃんに、もう一度、逢いたかった。

 でもそれは、天国から見守ればいいだけの話。

 だからわからないの。

 わたしには、死後によみがえって化け物になる理由なんてないはずなのに。


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