第4章 結縁ーMon seul partenaireー
第20話:牢屋の中の二人
じわじわと、冷たい温度が体外から侵食してくる感覚。それを知覚した途端、ふわ、と暗い世界へ沈んでいた世界が浮き上がる。
フェイはそのままぱちりと目を開け、周囲の様子を窺った。
部屋に照明器具は置かれていないようで、部屋の中の光源は上の方に付いている鉄格子の窓から差し込む、周囲の家々に吊られたランプの明かりだけ。よくよく目を凝らさねば、薄暗い世界を見回すことは不可能だ。
寝転がされていた床は、石の路面。凍えるような冷たい温度が、肌に伝わってくる。
部屋の中に調度品は無い。ただ、フェイから少し離れた場所に転がっているものが一つ。
「……ノーマ、さん? ノーマさん!」
フェイは慌てて起き上がり、転がっているノーマの傍に寄る。素早く口元に手をやり、息をしていることを確認して、フェイはほうっと大きく息を吐き出す。それからさらに詳しくフェイはノーマの容態を見ていく。
僅かに腫れた頬、服の合間から覗く腕や足には痛々しい打撲痕が滲んでいた。フェイの意識が消える前にはなかったものだ。フェイを庇ったせいで付けられたのだろう。申し訳なさに、視界が僅かに滲む。
「ノーマさん! ノーマさん!」
ノーマを呼ぶ声と体を揺するのに、だんだんと力が篭もっていく。それをどのくらいの時間していただろうか。ノーマの口から小さな呻き声が零れ、ゆっくりと目が開かれていった。
「……フェイ、さん?」
「はぁ、良かった、ノーマさん!」
フェイはぱあっと表情を輝かせて、ノーマはその笑顔に応じるようにへらりと笑う。それから「いてて、」と言いながら、ゆっくりと体を起こす。
「だ、大丈夫、ですか?」
「うん、何とか。……あー、マギアほとんど
ノーマの言う通り、彼女の身に付けていたマギアは全て奪われている。魔術殺しの眼鏡も外套も、左手を覆っていた革手袋もない。フェイも己の体を見てみると、彼もまたマギアなどを入れていた鞄を奪われていた。唯一二人が持っているのは、風の靴だけ。
ノーマは、がしがしと乱雑に頭を掻いてから、ぺたぺたと目の周りを触り始める。
「あー、ほんと最悪。魔術殺しの眼鏡とか、作るの無茶苦茶大変なのに、玩具とか普通の眼鏡を壊すみたいに足で潰して……。アイツらぁ……」
「す、すみません、私があの時ちゃんと周りを確認していれば……」
「謝らないでくださいよ、フェイさんのせいじゃないし。勝手に判断して自分を過信した、拙の責任。フェイさんは、こういう場に慣れてないんですから、背後を取られてしまうのもおかしくないし、薬物耐性ないのも当然だからさ。気にしないで」
申し訳なさそうな顔をしているフェイに、ノーマはぶんぶんと首を振るって否定した。それからぱっとノーマは話題を切り替える。話の話題はもちろん、こうなった経緯についてだ。
フェイが薬によって昏倒させられた後、フェイの命の保証を条件に抵抗を止めたノーマ。別の場所から出てきた仲間に<
その後は軽く手首を捩じられた状態で連れていかれ、この牢屋に放り込まれたというわけだという。その際に激しく投げ入れられたため、床で頭を強かに打ち、それで意識を飛ばしていたようだ、というのがノーマの見解である。
「はあ、女の子相手に手荒ですよねぇ」
「そ、そうですね。……それで、これからどうします?」
「待つしかないと思いますよ。フェイさんも拙も、マギアが無い状態──つまりは、単なる人も同然な状態ですからね。一応、ヴィオくんには救援コールを掛けてるので、皆が助けに来てくれるとは思いますし」
「いっ、いつの間にそんなことされてたんですか?」
「フェイさんが気を失ってる間に。拙とヴィオくん、共鳴石というマギアを持ってまして……」
ノーマは、ポケットの中に挟まっていた石の欠片を手にしつつ、ヴァイオレットと持っているマギア──共鳴石について、簡単に用途などを説明した。
「つまり、ここで待ってたら皆さんが助けに来てくれるということですか!」
「そうですねえ。ま、それまで拙達が五体満足に生きてるとは限らないですけど。さて、魔術も使えない魔術師二人でどうしますかね、っと」
鉄格子の牢の外を睨みながら、ノーマは様々な視点から打開策を考え始める。フェイもそれに倣って考え始めようとしたその時、ふとフェイは大事なことを見落としていたことに気付き、思わず「あぁッ!?」と大きな声を上げた。
「ど、どしました、フェイさん」
「わ、私、すっかり忘れてました。私、私マギアあります! 持ってます!」
「へ? そんなはずは無いですよ? だって、アイツら全部取ってましたから。体だって、フェイさん男の人だからって結構まさぐられてましたし」
「こちら側、」
フェイはそう言って、包帯で覆い隠している自身の左目を指し示す。
「ここには義眼が嵌まってるんですが、その義眼をマギアにしてるんです。今は『炎焼』の能力を秘めてるもので……、
だんだんと尻すぼみになっていくフェイの声に、ノーマはむっと眉間に皺を寄せて、とんと軽く彼の背を叩いた。
「それでも、あるのとないのでは大違い。それで、どうやってこっから脱出するかを練るのが大事、でしょ?」
「そう、ですね! ありがとうございます、ノーマさん! ええと……」
フェイは、改めてきょろきょろと周囲に視線を動かしていく。
二人が入っているのは、鉄格子で覆われた牢。床は石敷き。これらは、フェイのマギアの魔術だけで
「ノーマさん、一つ思い付きました。成功率は、恐らくかなり低いとは思いますが──」
「ん、聞かせてください。拙が出来ることがあれば、手伝うし」
ぺかぁ、と笑うノーマ。彼女の力強い言葉にフェイは首肯を返し、早速思い付いた作戦をつらつらと語っていく。ノーマはふむふむとひとしきり聞いた後、そっと口を動かした。
「これ、タイミング合わないとアイツらにもっとボコられるか、最悪殺されるかな」
「でしょうね。ですが、今の手持ちのカードから考えられるのは、これくらいです。いざとなったら、私がノーマさんを守ります!」
「フェイさん、客人の意識あります? 守られるべきなのは貴方の方なんですよ?」
ノーマは呆れた様子で言い、それからふと短く息を吐き出して意識を切り替える。
「さぁてと、それじゃあ一芝居やりますかあ」
そう言ってノーマは、キョロキョロと周囲を観察し始める。そして、鉄格子へ近づいて行くと、それを力強く蹴りつけた。何度も何度も、ガンガンと蹴り続ける。外音の蒸気機関の駆動を掻き消す程の騒音だ。
その間に、フェイも動く。左目に巻き付けている包帯を取り、手でその部分を押さえながら蹲り、僅かに肩を震わせて嗚咽を零しているような演技をする。
その動きを見て、ノーマがすうっと息を吸い込んで、「あーあ!」と大声で溜息を吐き出す。
「もー、考えてたら腹立ってきたー! 眠たいとか言ってたから、親切心で拙一人で護衛任務をやったのにさぁ! こんなにボコられて、挙げ句さっさと助けに来ないしー!」
わぁわぁと喚くノーマ。その声に気付いた男達がなんだなんだと、わらわら降りてくる。それを見て、ノーマはぺろりと乾いた唇を舐め、適当な言葉を喚き続けた。
「はー、本当! この人の護衛任務とかやらなきゃこんなことになったなかったのに! 誰も助けに来る気配ないし、リーダーの奴、ほんと最悪なんですけど」
ノーマの言葉に悲しんでいるように、フェイは顔を覆い隠して演技する。一番先頭に居た男が、格子の傍で喚いていたノーマに声を掛けた。
「おい、何急に騒いでんだ」
「決まってるじゃないですかあ。この状況を嘆いてるんですよぉ!」
身振り手振りを大げさに。ノーマは、ずいっと男の方へ顔を近付ける。端正な顔立ちと女性特有の柔らかな香りに、男は思わず顔を緩ませて「そ、そうか」と上ずった声で同意の意を示した。
ノーマは、そっと握り締めていたものを男達に見えるようにする。
「これ、見てくれます? これが割れたら、拙の身に危険が襲ったんだよっていうサインとして、向こうにも共有されているものなんです。……でも、誰も来てくれない、助けてくれてない。……拙、きっと見捨てられちゃったんですよね。護衛もろくに出来ない、使えない奴だって思われてるに違いないです」
一転。今度はしおらしい態度で、ノーマは彼らに向けてそう言い、手に持っていた共鳴石を石敷きの路面に落とした。からりと軽い音が鳴り、男達の視線がその方へ向いた瞬間、ノーマは手を伸ばして近くにいた男の一人のシャツを掴み、上目遣いに彼のことを見る。
「ね、拙、考えを改めました。ここから出してくれたら、拙の元リーダーのこと教えてあげます。それとぉそこの横の人は、ほんとに単なる巻き込まれた人だから、彼も一緒に開放してくれません?」
ノーマの言葉に、男達の中でざわめきが起こった。だが、それもほんの僅かな間だけ。男達の中の一人が腰から鍵束を取り出して、牢屋の扉を開けた。
「出てこい、その代わりきちんとお前のことを雇っていたトップの名前と、その居場所を教えろ」
「もちろんモチロン、魔術師の誇りに誓って教えますよ。だから出ていいです?」
ノーマは両手を上げたまま、ゆっくりと牢屋の外へと出る。それに続いて、顔を両手で隠したままのフェイも、彼女の後ろに続いて外へ出た。
周囲を男達に取り囲まれる中、ノーマとフェイは並び立つ。
「それじゃ、早速名前を教えてもらおうか」
「りょーかいでーす。……名前は、リーンハルト・ヴィーツェル。貴方達を倒す魔術管理機関<
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