第21話 商店街で食べ歩き

 六月六日の日曜日のこと。


「はー、このチーズ黒ごまクレープ、ほんとーに美味しいです……」


 狭い店舗の外にある、茶屋風味な席に座りながら、感嘆のため息をもらす

 めぐみちゃん。


「うんうん。本当、地元にこんな美味しいクレープ屋さんがあったなんて」


 と隣り合って座りながら、同じくクレープを堪能する僕。

 二人揃ってクレープに舌鼓を売っているのは、ちょっとした訳ががある。


◆◆◆◆


 河原町三条かわらまちさんじょうの辺りを出歩いてデートをした後、


「友達が、三条商店街さんじょうしょうてんがいに美味しいクレープ屋さんがあるって言ってたんですが」


 との恵ちゃんのお言葉。午後三時頃。小腹が空いてきた時間帯だ。

 ちょうど、腹の虫が鳴るのも感じる。

 

三条商店街さんじょうしょうてんがいか。そんなのあったかな?」


 僕の住居がある千本三条せんぼんさんじょうのすぐ近くにある商店街だ。

 ぱぱっとスマホのGoogle Mapsで検索する。

 確かに、黒ごまが売りのクレープ屋さんがあって、大人気らしい。


「確かに、黒ごまが売りで、美味しいらしいけど。今だと結構並ぶかも」


 六月上旬。幸い、今日は晴れているけど、そろそろ蒸し暑い季節だ。


「京都の人気店なんかどこもそんなじゃないですか。諦めましょうよ」


 往生際が悪いと、口を尖らせる恵ちゃん。


「まあ、いっか。僕も、ごまとクレープって組み合わせには興味があるし」

裕二ゆうじ君、大好きです!」


 ぎゅっと抱きしめられるけど、なんとも現金なことで。


 というわけで、三条商店街まで歩いて行く羽目になった僕たち。

 ちなみに、三条商店街は、千本通と堀川通の間にある商店街だ。

 千本通と堀川通はともに、南北に走る通で、間は1km近くある。

 観光客に有名な錦市場程じゃないけど、結構活気がある。


 とはいえ、河原町三条からは歩いて三十分もかからない。

 急ぐこともないと、二人でのんびり手を繋いで歩いたのだった。


◇◇◇◇


 店は三十代と思しきおばさんが切り盛りしていた。

 意外にも大人気の割に店内は狭く、中には常連客らしき人々もちらほらと。

 たっぷり三十分くらい待った後、クレープを受け取って今に至る。


「なんていうか、黒ごまクリームが上品な甘さって感じだね」


 クレープと言えば甘ったるいものという偏見があった。

 しかし、黒ごまが入ったクリームのおかげか、甘過ぎずちょうどいい。


「店も、観光客向けっていうより地元民向けですよね」

「有名人のサイン色紙がいっぱいだったけど。愛されてるんだろうね」


 にしても、このチーズ黒ごまクレープ、本当に美味しい。

 黒ごまクリームのソースにチーズが絶妙に合っているのだ。


「やっぱり、私の目に狂いはなかったんですよ」

「て、恵ちゃんも、友達から聞いただけでしょ」


 とツッコミを入れる僕。


「友達の力も私の力ですよ」

「確かにそうかも」

「もう。そこで、ツッコミを入れてくださいよ!」


 なんとも、面倒くさいリクエストだ。


「僕は京都人であって、大阪人じゃないからね」

「そういう問題じゃないんですよー」

「というか、恵ちゃんも全然京都弁じゃないよね」


 京都弁をしゃべらない京都人なんてのも珍しくないんだけど。


「そういえば……お母さんが、京都弁じゃないからでしょうか」

「沢木さんの出身地は、関東だったりしたのかな?」

「あ、言ってませんでしたっけ。お母さんは千葉出身なんですよ」


 今更知る衝撃の事実だ。


「へー。それがまたなんで京都に?」

「私もそこまでは。父が京都出身なのが、関係してそうですけど」


 と顔を曇らせる恵ちゃん。


「ああ、ごめん。お父さん関連の話は良くなかったね」


 恵ちゃんたちが『なつかし焼き』に来る直前に離婚したのだった。

 

「もう十年以上も前の話ですよ。気にしてませんってば」

「そっか」


 なら、僕から言えることは何もない。

 とはいえ、機会があればその辺も知りたいなと思う。

 このまま付き合いが続けば、そんなこともあるだろうか。


「さて、ご馳走様っと。行こっか」


 二人で立って、「ご馳走様でした!」とお礼を言って店を後にする。


「本当にいい店でしたね。常連さんになってしまいそうです」


 美味しいクレープを食べられてご満悦らしい。


「Uber Eatsとか出前館のシールあったし。注文出来るんじゃないかな?」

「新しいものもガンガン取り入れてますよね。レジはiPadでしたし」

「そうそう。店内もレトロとモダンが合わさった感じで」


 なんて喋りながら、商店街を東側に歩く。


「裕二君。家だと西側じゃないですか?」

「ああ、実は、ちょっと美味しいジュースが飲める店があってね」

「三条商店街内にですか。初耳ですけど」

「前にちょっと自転車で寄ったんだけど。きっと、気にいるよ」


 というわけで、そのジュースを売っている果物店へ。

 一杯300円のフレッシュジュースを二人分買うと。

 ガコン、ガコン。ジューサーに上から蜜柑やオレンジが投入される。


「へー、これって、柑橘系専用のジューサーなんですね。初めて見ました!」

「でしょ?僕もこないだ見たとき、驚いたよ」


 ジューサーに入れた柑橘類は、中で絞られ、皮と果汁に分かれる仕組みだ。


「はい、フレッシュジュース二つね」


 と果物屋の老婦人から受け取ったジュースを、歩きながら、チューチューする。


「美味しい!美味しいです!これだけ新鮮な柑橘系のジュースとか初めてです!」

「でしょ?そのうち、恵ちゃんを案内しようと思ってたんだよ」

「悔しいですけど、結構な穴場ですね。見るからに普通の果物屋さんですし」


 実際、普通に通りがかったら、用がなければ通り過ぎてしまいそうな店構えだ。


「この際、徹底的に食べ歩きしません?他にもスイーツの店いっぱいですし」

「僕、もうお腹いっぱいなんだけど」

「甘い物は別腹って言うじゃないですか?」

「まあ、君が満足するなら」


 というわけで、商店街を巡って、スイーツを堪能した彼女と僕だった。

 まあ、僕は彼女が食べさしのを少しもらっただけだけど。


「もう、お腹いっぱい、です……」


 少しお腹を苦しそうにさすりながらの恵ちゃん。


「だから言ったのに。食べ物に別腹なんてないんだよ」

「また理系っぽい言い回しを。それくらいわかってますよ」


 と言いつつも、機嫌は良さそう。


「じゃあ、なんで?」

「もう。彼氏ならそれくらいわかってくださいよ」

「うん?」

「彼氏ができたら、こういう食べ歩きデートしたかったんですよ」


 頬を膨らませて、少し赤くなりながらの言葉。


「っぷ。なんていうか、可愛いお願いだことで」

「悪かったですね?大学三年生にもなって、これまで彼氏も居なかったですし」

「いや、ごめんごめん。でも、こうやって振り回されるのも久しぶりかもね」


 思い出すのは、よく僕を質問攻めにして来たかつての


は、質問には何でも答えてくれたから、嬉しかったですよ」


 何かを思い出したのだろうか。

 感慨深げに目を細めて言う彼女は、とても懐かしそうだ。


「今でも、からの質問は絶賛受付中だけど?」

「じゃあ、質問!は彼女居ますか?」


 もう、わかって、こういう質問してくるんだから。


「目の前にいる、とびっきり可愛くて綺麗で、お母さん想いの子だけど?」

「もう。嬉しいんですけど、もうちょっと照れてくださいよ」

「本心言ってるだけだし」

「それなら、今度、裕二君をとびっきり照れさせる褒め言葉言ってあげますから」

「是非、聞きたいね」

「そう余裕そうな顔をしてられるのも、今の内ですから」


 そんな風にじゃれ合いながら、夕べの商店街を歩いた僕たちだった。

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