第4話 実は勝ち組?

「まさか、めぐみちゃんと付き合うことになるとはね……」


 家に帰った僕は、ベッドに寝そべって、少しぼんやりとしていた。

 繋いだ手の感触に、なんだかんだで恥じらっていた恵ちゃん。

 それに、彼女は美人だし、気立ても良い。時々毒舌だけど。

 

 そう思うと、なんだか急速に喜びが湧いて来る。

 もちろん、まだ「好き」がよくわからないという言葉は気になる。

 とはいえ、さっきの反応を見る限り、悪くないのも確かで。


「これは、僕って勝ち組という奴なのではないだろうか」


 きっと、鏡を見ると凄いニヤニヤしているに違いない。

 ああ、なんだか急にラインしたくなって来た。


【恵ちゃん。もう家、帰った?】


 すると、一分と経たない内に、


【もう帰ってますよ。どうしたんですか?】

【せっかく恋人になったから、送ってみたかっただけ】

【そういうところは童貞っぽいですね】

【僕は気にしてないけど、その芸どこで覚えたの?他の男子、泣くよ?】


 大体、昔の彼女はこんなタイプのジョークを言う子じゃなかったはず。


【あまり品が良くないのはわかってます。一部の女子から仕入れたネタです】

【さすがに品が良くないのはわかってるんだね】

【当然ですよ。裕二君じゃなきゃ言ってませんから】


 なに、それ。喜んでいいのか嘆いていいのやら。


【逆に、なんで僕ならいいの?特別扱いは嬉しいんだけど】

【なんででしょうね?「従兄弟」だからでしょうか】


 なるほど、そう来たか。


【そっか。なんとも、ユーモア溢れる「従姉妹」でお兄さん嬉しいよ】

【妹としては、兄がいじけてるのが少し楽しいかもしれません】


 うーむ。昔の彼女は、こんなふうに僕を弄るタイプだっただろうか。

 ひょっとしたら、そうだったかもしれない……。


【ところでさ、お付き合いって事の意味はわかってるんだよね?】

【わかってますよ。ところで、少し、卑猥なこと、想像しましたよね?】


 うぐ。そこを突かれると……はいとしか言いようがない。


【そりゃ、それこそ中二じゃないから。考える事は考えるよ】

【そうですか。逆に安心しました】

【そりゃまたなんで】

【私ももう女子大生ですよ?忘れてません?】


 確かに、そうだ。つい、中学生だった「恵ちゃん」相手のノリになってしまう。

 でも、あれから何年も経って、彼女も立派な大人だ。考えるのが当然か。


【ちょっと忘れてたかも。でも、君は元から中身が大人びてたからね】


 と、素直な感想を送ったのだが、今度は間が空いた。


【それでも、高校生、大学生にもなれば変わりますよ。それに、裕二君が大学生になってから、連絡取ってくれなくなって、寂しかったんですからね】


 また、なんとも嬉しいことを言ってくれる。でも、そうか。

 会いたいと思ってくれてたのは、僕だけじゃなかったのか。


【そっか。僕も、連絡取ろうと思ったことはあったんだけどね。気が引けちゃって】

【してくれれば良かったのに】


 恵ちゃんとラインをするようになってから知ったのだけど。

 彼女は、顔文字やスタンプを使わない。だからこそ、端的な言葉が逆に響く。

 少し、声が聞きたくなってきた。


【ちょっと、通話していい?】

【どうぞ】


 というわけで、通話に切り替え。


「そういえば、沢木さんは何か言ってた?」


 元々、お母さんを安心させたいのもあると言っていた。

 だから、ちょっと気になっていたのだ。


「喜んでましたよ。真島まじま君なら安心だって」

「それは嬉しい限り。でも、そこまで信頼される程だったかな?」


 確かに、二人とは高校三年間仲良くしてきたと思うけど。


「そもそも、信頼してない相手に、娘の「家庭教師」させませんよ」

「それはそうかもね。何か、信頼される出来事ってあったっけ?」

「どうでしょう。私の目から見ても、ロリコンじゃなかったのは確かですが」

「また、そういう風に刺す事を言うんだから」

「冗談ですよ。でも、同じ目線で接してくれたのは嬉しかったですよ」


 同じ目線、か。


「君は、元々大人びてたからね。僕が勝ってたのは知識量くらいだよ」

「どうでしょう?そんな事はないと思いますけど」


 何やら、感慨深げな声。在りし日の事を思い出しているんだろうか。


「でも、さ。本当に良かったの?相手が僕で」


 それは、少しだけ気になっていた事。


「ああ、私が言った事気にしてたんですね」

「そりゃね。後になってから、恵ちゃんに後悔はさせたくない」


 やっぱり、相性が悪かったとなっても、この子の事だ。

 無理してしまいかねないと思うところがある。


「大丈夫ですよ。間違いなく」

「断言するんだね」

「結局、恋愛なんていうのは単純なものなんです。最初から、ベタ惚れというわけじゃなければ、好感を持っている相手と長く過ごしていれば好きになっていくものなんです」

単純接触効果たんじゅんせっしょくこうかの事だね」


 単純接触効果というのは、心理学上の法則の一つと言われていて、要は「ある刺激に繰り返し接する内に、対象に好感を持つ」というものだ。


「はい。もちろん、嫌悪感持っている相手や興味なしなら別ですけどね。友達の恋愛模様を見ていてもそんなのが多かったですよ」

「そんなものかな」

「はい。それに、裕二君には、元々、私も、その、好感は、持ってました、し」


 なんか、途中で、声がつっかえ、つっかえになっているけど。


「ひょっとして、照れてる?」

「照れてますよ。再会したばかりなのに、こんな事言うなんて」


 どうも、彼女は予想以上に、お付き合いに前向きだったらしい。


「そっか。僕も、恵ちゃんの事は可愛く思ってたよ」

「そういうことを、さらっと言うんですから。昔から」


 昔から?高校の三年間のどこかでだろうか。記憶にないけど。


「でも、それなら良かったよ。恵ちゃんを不幸にはしたくないから」

「もう。嬉しいですけど、恥ずかしいです!お休みなさい!」


 と言うや否や、電話が切れてしまった。

 でも、結局、彼女は彼女だというのがよくわかった。


 毒舌を言ってみても、それは単なる照れ隠しで。

 相手に真摯に向き合う、彼女そのままなんだって。


(明日からが楽しみだな)


 徐々に意識が落ちて行く中、そう思ったのだった。

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