3.オペレーション*オータム
風が吹き快晴となったある日。
パン屋ハニカム・ベーカリーと、喫茶Dayoffの前にある飲食スペースで、
いや、俺にとっては過ごさせられていたが正しい。
その理由はたった一人が原因だ。
「さて。我ら
「
「つぅーか、名前を安定させろ」
「
俺の目の前で両肘をテーブルにつき、顔の前で両手を組んでは真剣な表情をしている馬鹿が、
フレームの色が緑の眼鏡をかけ、休みだというのに制服を着ているコイツは、見た目の生真面目さとは違い、頭の螺子は変な所に刺さっている。
文武両道な奴だが頭の回転がノーコンで、だいたいはどうでもいい所で、無駄に良い結果を導いている。
そして俺の横で、同じく彼にツッコミを入れているのが
派手に長い髪を上げ、左耳にイヤーカフをつけた上に、指輪などの装飾品も満遍なく身に着けている。
俺も人の事は言えないが、
だが本人がそういう見た目を好きなだけで、素行自体は平凡に近い。
「うるせぇよ。知ってる名前を何度も聞かされる身にもなれ。選挙カーかお前は」
「
「お前の名乗りを考えるだけなら、二人で勝手にやっててくれ。俺は部屋に戻る」
今日も下らない話だと区切りをつけて、席を立とうとした俺を、
湯気が立っていた珈琲は影も形も無くなった、空の珈琲カップ。
「まあ待て、
「お代わりか?」
「端的に言えばそうだ」
「今のなげぇ前振り、絶ってぇいらねえだろ」
「無論、いる。その反論は却下だ」
真剣な表情の
「ったく。同じもので良いんだよな。淹れてくるからそれまでに内容でも考えてろ」
「勿論だ。一時間でも二時間でも待つぞ」
「
「ん? ああ、わりぃ。俺も同じ奴で頼む」
ほぼ空に近かったので
ぐいっと残り少ない珈琲を飲み干し、
「さて。此度の
「だから長ぇっつーの。話題が二つあんのは分かったから、一つずつ話しやがれ」
「言っただろう? 君達二人。つまりは
「あっそう。アイツがいねぇーと話し進まねぇのか」
俺が店内へ空となった食器を片付けにいった後でも、
三人で囲んでいたテーブルの中央から、事前にハニカム・ベーカリーで買っておいた、チョコレートがかかったクロワッサンを
「ならばこそ……。おお同志
「遅ぇぞ。
「話題を考えるどころか消費されてないか、それ」
俺が新しく淹れた珈琲を持って席に戻ると、様子の変わらない
30分もかけていないのだが、それでも疲弊するぐらいの話題を繰り広げていたとなると、食べている時の
「クックック……。では舞い戻りし盟友
「はっ? ミッカ?」
考えてもみなかった名前が出てきて、俺は
去年まで俺と同じ高校に在籍して、その時に
ただ何故今のタイミングなのかと、疑問が尽きない。
「そう。
「長いんだよ。ミッカがどうした。また下らない事言って、ゴミを見る目で見られたのか」
「そんな直近の話ではなく、もっと前からの話だ」
「あん……? あー、そういう事か。それ前もって俺に言ってもよくねぇ?」
やっと会話の中に入ってきた
「
「へいへい。口滑らせねぇよう、気を付けてやるよ」
「……もしかして
席に座りながらミッカ絡みで思い当たるのは、彼女に多分な好意を向ける
一昨年、ミッカと初めて出会った
陰鬱で人と関わるのを嫌い、いつも下ばかりを見ていた学年トップの成績者。
何かに憑かれたように成績一位に食らいついていた彼女は、今ではストーカー疑惑まであるミッカの追っかけ。
成績を保ちつつもミッカの後を追う姿は、逞しく煌びやかだが、追われるミッカの身に何かあってもおかしくはない。
そういう意味で
「彼女ではない。彼女よりも、更に距離が近い者の事だ」
「アイツより近いって、他に誰かいるのか」
「お前だ、
「ぶっ……! げほっごほっごほっ……!」
新しいキリマンジャロを飲みながら、宣言通りに口を滑らせないにようしていた
俺は俺で、
「
「
「ぐっ……。ご、ごほっ…………! ――……はぁ!?」
「無視して話を加速させんじゃねぇ!」
何段階も話を飛躍させる
場をかき乱してばかりの
「お前と
「んな経ってねえよ。まだ三年だろうが」
「そうか、訂正しよう。出会った時に考えていた。何でコイツらはただの幼馴染なのだろうかと」
「極端だな、おい。――俺としては、何で俺とミッカが付き合うとかって話になるのが、さっぱり分からん」
マイペースに話を進める
俺とミッカが彼氏彼女の関係にいつかなるのだと。
俺たちと出会った時から考えていたのは、これでもかと伝わった。
だがここで浮かぶのが、そう思った理由だ。
「なぜって、そりゃお前」
「単純明快。至極単純な事だよ」
「小学校の頃から食べ比べを続けてるとか、普通じゃねぇ」
「小学校の頃から飲み比べを続けてるとか、普通じゃない」
顔を見合わせ、息を揃えて二人が口にした言葉は、完璧にハモっていた。
「故に此度の議題として、
「待て。さっきの理由を否定させろ。いつもいつも比べようとしてくんのは、ミッカの方で――」
「つってもお前、断った事ねえよな」
テーブルの上に身を乗り上げ、とっさに出かかった俺の言葉は、
それ以上のことは頭の中にも浮かばず、ゆっくりと腰を下ろす俺は、口を閉じるしかなかった。
「……まあ、挑まれたからには勝たねえと」
「成る程、真理だな。男子たる者、勝利を目指す他無しと」
「いや、そんな話じゃねえだろ」
「はあ……。それで。お前の事だから、俺たちに何かをさせようとして、こんな話をしたんだろ?」
肩を落とす俺と
その場で茶化すためだけに、
なぜ付き合っていないのか疑問を持っている以上、少なくとも告白をしてこいぐらいは言ってくるはずだ。
「そうだな。俺は君たちに何をさせれば良いと思う?」
「何も考えてねぇのかよ!」
「考えておけよ! そこは!」
とてつもなく下らない事か、無理難題の押し付けか。
どちらか来るだろうと期待していた心は、無策という考えもしなかった結果に打ち砕かれる。
俺たちに総ツッコミを受ける
「冗談だ。落ち着き給え。
「今まさに及んでんだろ、バカ。名前なんとかしやがれ」
「では……。今、馬鹿と言ったか
「言ってねぇよバカが。バカはバカらしく、さっさと話し続けろバカ」
「では宣言しよう!」
ここは商店街にあるパン屋ハニカム・ベーカリーと、喫茶店Dayoffの共同飲食コーナー。
外に設置されていることもあり、通りがかった人々の視線が一斉に
子供たちからは指をさされ。
親御さんには見ちゃダメと言われ。
中高生にはスマートフォンで写真を撮られていく。
すぐさまこの場から逃げたくなった俺と
「
「大声で人の名前呼ぶんじゃねぇ、
「いや待てよおい。結局何がしたいんだお前は」
急に俺へ親指を立ててきた
少し多めに二人分の代金を投げ渡してきた
呆然と立ち尽くすしかない俺は、握らされた代金を片手に、賑やかな背中を見送るしかない。
「――おっと。もう一つの議題を失念していた」
「テメっ、離せ。どこで覚えたこんな技ッ」
「いやもういいよ。戻ってくるな。帰れ」
抵抗する
それでもお構いなしに踵を返してきた
「受験勉強。煮詰まってるなら何時でも言えよ。飛んで行く」
「……ったく、その事かよ。ああ、その時は頼むよ。学年二位」
他の議題があったか思い出しているのか、それとも俺の答えに納得していないのか。
逡巡する
遠ざかっていく二人の背中。
前に行きかけた右手を、俺はそっと首の後ろに回してコキリと鳴らした。
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