3.オペレーション*オータム

 風が吹き快晴となったある日。

 パン屋ハニカム・ベーカリーと、喫茶Dayoffの前にある飲食スペースで、俺たち・・・は無為な時間を過ごしていた。

 いや、俺にとっては過ごさせられていたが正しい。


 その理由はたった一人が原因だ。


「さて。我らSSSスリーエス軍団の定例会議にお集まりいただき、誠に感謝する。我こそは。SSSスリーエス十字軍総長――」

西東さいとう。何でもいいから本題に入れ。いつもいつも長いんだよ」

「つぅーか、名前を安定させろ」

佐藤さとう桜野さくらの! 何故、何故なのだ。名乗りは重要事項だと、いつも言っているだろう!」


 俺の目の前で両肘をテーブルにつき、顔の前で両手を組んでは真剣な表情をしている馬鹿が、西東さいとうみなみ

 フレームの色が緑の眼鏡をかけ、休みだというのに制服を着ているコイツは、見た目の生真面目さとは違い、頭の螺子は変な所に刺さっている。

 文武両道な奴だが頭の回転がノーコンで、だいたいはどうでもいい所で、無駄に良い結果を導いている。


 そして俺の横で、同じく彼にツッコミを入れているのが桜野さくらの純矢じゅんや

 派手に長い髪を上げ、左耳にイヤーカフをつけた上に、指輪などの装飾品も満遍なく身に着けている。

 俺も人の事は言えないが、桜野さくらのは見てくれが悪く、気性が荒く見えてしまう。

 だが本人がそういう見た目を好きなだけで、素行自体は平凡に近い。


「うるせぇよ。知ってる名前を何度も聞かされる身にもなれ。選挙カーかお前は」

西東さいとう西東さいとう西東さいとうみなみを、どうぞよろしくお願いします。――ふむ。一考の価値はあるな。流石は桜野さくらのだ」

「お前の名乗りを考えるだけなら、二人で勝手にやっててくれ。俺は部屋に戻る」


 今日も下らない話だと区切りをつけて、席を立とうとした俺を、西東さいとうはカップの乗ったソーサーを俺の前に押し出す。


 湯気が立っていた珈琲は影も形も無くなった、空の珈琲カップ。

 西東さいとうが飲んでいたのは、ミルクとコーヒーシュガーを入れたカフェラテだ。


「まあ待て、佐藤さとう。ここは喫茶店の前で、お前はマスターの息子。ならばこそ、お前にしか出来ない頼みをしたいのだ」

「お代わりか?」

「端的に言えばそうだ」

「今のなげぇ前振り、絶ってぇいらねえだろ」

「無論、いる。その反論は却下だ」


 真剣な表情の西東さいとうは両手を組んだ体勢を崩さず、長い前口上を無くさせたい俺たちの意見は、敢え無く否定された。


「ったく。同じもので良いんだよな。淹れてくるからそれまでに内容でも考えてろ」

「勿論だ。一時間でも二時間でも待つぞ」

桜野さくらのはどうする?」

「ん? ああ、わりぃ。俺も同じ奴で頼む」


 ほぼ空に近かったので桜野さくらのにも声をかけると、一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐさま笑ってコーヒーカップを手に取る。

 ぐいっと残り少ない珈琲を飲み干し、桜野さくらのも空の器を俺の前に差し出した。


 桜野さくらのが飲んでいたのは、多めのコーヒーシュガーを入れたキリマンジャロだ。


「さて。此度のSSSスリーエス財団の議題だが、候補は二つほど思案している。どちらも重要かつ難解な議題であり、これを解決するには君達二人の力が不可欠であると――」

「だから長ぇっつーの。話題が二つあんのは分かったから、一つずつ話しやがれ」

「言っただろう? 君達二人。つまりは桜野さくらの佐藤さとうがいなければ、この話は成り立たない。時は今では無いのだよ」

「あっそう。アイツがいねぇーと話し進まねぇのか」


 俺が店内へ空となった食器を片付けにいった後でも、西東さいとう桜野さくらのの会話は続く。


 三人で囲んでいたテーブルの中央から、事前にハニカム・ベーカリーで買っておいた、チョコレートがかかったクロワッサンを桜野さくらのは一つ掴み取る。

 西東さいとうは同じくハニカム・ベーカリーのマドレーヌを取り、少しずつ味わいながら桜野さくらのへ話題を振り、度々渋い顔をされていた。


「ならばこそ……。おお同志佐藤さとう。待っていたよ」

「遅ぇぞ。西東さいとうの無駄話を十個も聞いちまったじゃねぇか」

「話題を考えるどころか消費されてないか、それ」


 俺が新しく淹れた珈琲を持って席に戻ると、様子の変わらない西東さいとうと、テーブルに倒れ伏してこちらを半目で見上げてくる桜野さくらのがいた。

 30分もかけていないのだが、それでも疲弊するぐらいの話題を繰り広げていたとなると、食べている時の雨宮あめみやといい勝負だ。


「クックック……。では舞い戻りし盟友佐藤さとうよ。此度の議題だが、かの蜂須賀はちすか先輩についてだ」

「はっ? ミッカ?」


 考えてもみなかった名前が出てきて、俺は西東さいとうにオウム返しで確認する。

 去年まで俺と同じ高校に在籍して、その時に西東さいとうたちとも知り合っているから、話題として挙がってもおかしくは無い。


 ただ何故今のタイミングなのかと、疑問が尽きない。


「そう。まさしく彼女の事だ。君が珈琲を淹れると言って同行しなかった、我々の食料調達先であるハニカム・ベーカリーの一人娘。去年まで――いや今もなお、全身から溢れる母性で我が校の男子生徒を籠絡する、我々と友誼のある数少ない先輩の事だ」

「長いんだよ。ミッカがどうした。また下らない事言って、ゴミを見る目で見られたのか」

「そんな直近の話ではなく、もっと前からの話だ」

「あん……? あー、そういう事か。それ前もって俺に言ってもよくねぇ?」


 やっと会話の中に入ってきた桜野さくらのは、俺には分からない納得を見せた。


桜野さくらのは態度に出るからな。下手なことは言えん」

「へいへい。口滑らせねぇよう、気を付けてやるよ」

「……もしかして雨宮あめみやのことか?」


 席に座りながらミッカ絡みで思い当たるのは、彼女に多分な好意を向ける雨宮あめみやだけだった。


 一昨年、ミッカと初めて出会った雨宮あめみやは、明らかに人が変わった。

 陰鬱で人と関わるのを嫌い、いつも下ばかりを見ていた学年トップの成績者。

 何かに憑かれたように成績一位に食らいついていた彼女は、今ではストーカー疑惑まであるミッカの追っかけ。


 成績を保ちつつもミッカの後を追う姿は、逞しく煌びやかだが、追われるミッカの身に何かあってもおかしくはない。


 そういう意味で西東さいとうは話を持ち出したのかと思ったが、静かに首を横に振られた。


「彼女ではない。彼女よりも、更に距離が近い者の事だ」

「アイツより近いって、他に誰かいるのか」

「お前だ、佐藤さとう

「ぶっ……! げほっごほっごほっ……!」


 新しいキリマンジャロを飲みながら、宣言通りに口を滑らせないにようしていた桜野さくらのは、西東さいとうの言葉にむせ返る。

 俺は俺で、西東さいとうの言葉の意味がうまく理解できなく、自分の分として淹れてきたカフェラテを飲み、白い目で彼を見ていた。


西東さいとう、てめぇ! 人に忠告しておいて自分は直球ぶつけるたぁ、どういう了見だ! ああん!?」

佐藤さとう。お前はいつ蜂須賀はちすか先輩に告白をし、所謂恋人関係となるのだ?」

「ぐっ……。ご、ごほっ…………! ――……はぁ!?」

「無視して話を加速させんじゃねぇ!」


 何段階も話を飛躍させる西東さいとうに、俺も桜野さくらの同様、飲んでいたカフェラテを喉に詰まらせる。

 場をかき乱してばかりの西東さいとうは、ふざけた事に一人だけ優雅に珈琲を味わっていた。


「お前と蜂須賀はちすか先輩に出会ってから幾星霜いくせいそう。常々考えていた事だ」

「んな経ってねえよ。まだ三年だろうが」

「そうか、訂正しよう。出会った時に考えていた。何でコイツらはただの幼馴染なのだろうかと」

「極端だな、おい。――俺としては、何で俺とミッカが付き合うとかって話になるのが、さっぱり分からん」


 マイペースに話を進める西東さいとうが言いたいことは、何となくだが分かってきた。


 俺とミッカが彼氏彼女の関係にいつかなるのだと。

 俺たちと出会った時から考えていたのは、これでもかと伝わった。

 だがここで浮かぶのが、そう思った理由だ。


「なぜって、そりゃお前」

「単純明快。至極単純な事だよ」

「小学校の頃から食べ比べを続けてるとか、普通じゃねぇ」

「小学校の頃から飲み比べを続けてるとか、普通じゃない」


 顔を見合わせ、息を揃えて二人が口にした言葉は、完璧にハモっていた。


「故に此度の議題として、蜂須賀はちすか先輩を挙げたのだ。正確には佐藤さとうもだが」

「待て。さっきの理由を否定させろ。いつもいつも比べようとしてくんのは、ミッカの方で――」

「つってもお前、断った事ねえよな」


 テーブルの上に身を乗り上げ、とっさに出かかった俺の言葉は、桜野さくらのの一言で詰まってしまう。

 それ以上のことは頭の中にも浮かばず、ゆっくりと腰を下ろす俺は、口を閉じるしかなかった。


「……まあ、挑まれたからには勝たねえと」

「成る程、真理だな。男子たる者、勝利を目指す他無しと」

「いや、そんな話じゃねえだろ」

「はあ……。それで。お前の事だから、俺たちに何かをさせようとして、こんな話をしたんだろ?」


 肩を落とす俺と桜野さくらのの視線は、自然と西東さいとうの下へと集まる。


 その場で茶化すためだけに、西東さいとうは他人の人間関係へ口出しするような奴じゃない。

 なぜ付き合っていないのか疑問を持っている以上、少なくとも告白をしてこいぐらいは言ってくるはずだ。


「そうだな。俺は君たちに何をさせれば良いと思う?」

「何も考えてねぇのかよ!」

「考えておけよ! そこは!」


 とてつもなく下らない事か、無理難題の押し付けか。

 どちらか来るだろうと期待していた心は、無策という考えもしなかった結果に打ち砕かれる。


 俺たちに総ツッコミを受ける西東さいとうは、焦ることなく手の平をかざして言葉を告げる。


「冗談だ。落ち着き給え。SSSスリーエス旅団組長であるこの西東さいとうみなみが、無策で事に及ぶとでも?」

「今まさに及んでんだろ、バカ。名前なんとかしやがれ」

「では……。今、馬鹿と言ったか桜野さくらの

「言ってねぇよバカが。バカはバカらしく、さっさと話し続けろバカ」

「では宣言しよう!」


 桜野さくらのとの紆余曲折を挟み、西東さいとうは両腕を広げて高らかに声を上げる。


 ここは商店街にあるパン屋ハニカム・ベーカリーと、喫茶店Dayoffの共同飲食コーナー。

 外に設置されていることもあり、通りがかった人々の視線が一斉に西東さいとうへ集中する。


 子供たちからは指をさされ。

 親御さんには見ちゃダメと言われ。

 中高生にはスマートフォンで写真を撮られていく。


 すぐさまこの場から逃げたくなった俺と桜野さくらのは、素知らぬ顔で席を外そうとするも……


佐藤さとう。もうすぐお前の誕生日だろう? それまで待っていろ。――手伝えぇ! 桜野さくらのォッ!」

「大声で人の名前呼ぶんじゃねぇ、西東さいとう!」

「いや待てよおい。結局何がしたいんだお前は」


 急に俺へ親指を立ててきた西東さいとうは、それ以上の事は言わずに、大声で逃げそびれた桜野さくらのへ声をかける。

 少し多めに二人分の代金を投げ渡してきた西東さいとうは、桜野さくらのと無理矢理に肩を組み、そのままどこかへと連れ去っていった。


 呆然と立ち尽くすしかない俺は、握らされた代金を片手に、賑やかな背中を見送るしかない。


「――おっと。もう一つの議題を失念していた」

「テメっ、離せ。どこで覚えたこんな技ッ」

「いやもういいよ。戻ってくるな。帰れ」


 抵抗する桜野さくらのに軽く首絞めチョークをかけながら戻ってくる西東さいとうに、俺は全力で首を振って拒否する。

 それでもお構いなしに踵を返してきた西東さいとうは、真剣な面持ちで話を切り出す。


「受験勉強。煮詰まってるなら何時でも言えよ。飛んで行く」

「……ったく、その事かよ。ああ、その時は頼むよ。学年二位」


 他の議題があったか思い出しているのか、それとも俺の答えに納得していないのか。

 逡巡する西東さいとうだったが話はそれきりで、桜野さくらのを連れて商店街を抜ける道に着く。


 遠ざかっていく二人の背中。

 前に行きかけた右手を、俺はそっと首の後ろに回してコキリと鳴らした。

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