その正義はなんのため?
俺は生まれつき腕が3本ある。
そのせいで周りから気味悪がられ、面白がられ、驚かれ、忌避される。
好奇の目にさらされ続け、学校でもイジメられていたし、社会に出ても迫害され続けた。
社会に出ても……と言っても、俺のことを雇ってくれる会社はなかった。
面接はどこも不採用。障害者枠ですら採用されなかった。
育ててくれた母に恩を返す為、俺はなんとかして働いて母を楽させたいと思った。
母は身体を悪くしてしまい、寝込みがちになっている。入院させたいが、その費用が俺では捻出できない。
俺はどんな仕事でもいいと考えていた。しかし、母を養いつつも生活していけるような給料でなければいけない。
悩んでいた俺は、ある求人を見つけた。
『神のゆりかご』という会社名の見世物小屋だ。
明らかにまともな職業ではないが、かなりの高額の給料だった。
相当の抵抗感を覚えたが、隠したくても隠せない自分の奇形を今更晒すことに対して抵抗を感じても仕方がないとも考えた。
腕が3本あるのは、隠すことができない。
普通の服が合わないので服も自分の手作りで、小さい頃は母が懸命に作ってくれていた。
切除することができずにそのまま俺は18歳になった。痛覚もあるし、動かすこともできる。
――見世物小屋で働きながら、まともな仕事を探そう……
そう思って俺は藁にも縋る想いでその見世物小屋『神のゆりかご』のキャストに応募した。
面接に行くと奇異の目で見られることもなく、思ったよりも丁寧に対応してもらったので驚いた。
「面接官の
「はい、
俺は一言二言「給与の額面は大丈夫か」とか「NGなことはありますか」とか聞かれた後にすぐに採用になった。
不安な顔をしていた俺の不安を払しょくするように『神のゆりかご』の塩谷さんは丁寧に説明してくれた。
「世間から見るとこういう商売は見世物小屋だって言われるんですけどね、ここは社会から迫害を受ける身体に難の方の就職先を探す手助けをしたり、前向きな気持ちになってもらえるようにする会社なんですよ」
随分思っていた様子と違ったので、俺は「は、はぁ……」くらいの返事しかできなかった。
「あの……どんな人が来場されるんですか?」
「客層は入場料が高額なので富裕層が多いですね」
「罵声とか……浴びせられますか?」
「いいえ、そんなことはありません。初めは好奇な目で見られるんですが、何度も出場すると徐々に観客の方も見慣れてきますよね? そうすると次はどこを見られるかと言うと内面を見られるわけです。なので、内面を磨いて認められれば会社経営している方からオファーがくることもあります。医師の方も出席して、その症例の研究をしたいという申し出もあります。言うなれば、ここはあなた方と社会を繋ぐ場所なのです」
思っていたよりもまともに聞こえる。
実際にショーに出てみないと分からないが、思っていたほど酷いものでもないのかもしれない。
「早速ですけど、今日は出られますか? 新人として紹介しますし、私も同席しますので不安なことがあったらその場で言ってくだされば対応します」
「あ……はい……あの……俺、何をしていいか……」
「初回は何もしなくても大丈夫ですよ。舞台で服を脱いでもらうことは可能ですか?」
「全裸ってことですか……?」
「いえ、上半身だけで大丈夫ですよ」
「……はい……」
言葉巧みに誘われ、俺は今日のショーに出ることにした。
時間になるまで楽屋で待つように言われたので、俺は塩谷さんと一緒に楽屋に入った。すると、10人近い人がいて、化粧をしていたり、衣装合わせをしていたりしていた。
全員が何かしらの身体奇形があり、結合性双生児や、身体欠損、単眼症、顔面奇形など種類は様々だった。自分でも初めて見たので、目を白黒させてしまう。
「おーいみんな、新しい人を紹介しますよ!」
塩谷さんがそう言うと、全員がこちらを見た。
すぐに俺の周りに人だかりができ、笑顔を俺に向けてくれた。俺を気味悪がったり、嫌な顔をする人など誰もいない。
「こちら、柳昌太郎さん。今日のショーから出ることになったので、皆、よろしくね」
「えっと……よろしくお願いします……柳です」
俺は内向的な性格だったために、うまく自己紹介ができなかったが、誰もそれを気にしている様子もなかった。
「私は開演の準備をしますので、みんな、仲良くしてあげてくださいね」
「はーい!」
塩谷さんはそう言って出て行った。
のこされた俺は目を泳がせてしまったが、その後、質問攻めにあった。
「その腕動くの?」とか「3つのこといっぺんにできる?」とか、そういう質問だったが、悪意は一切感じなかった。
自分の奇形について全員がオープンに話してくれた。話の裏側にうっすら影があるものの、全員が明るく話をしていた。
「最初は不安ですよね。でも大丈夫ですよ」
「俺もここに入るまではずっと暗い顔してたんだけど、ここに入って自信がついたんだよな。ショーでも自分のアピールするためにいろんなことに手を出して見たんだ。失敗しても“頑張って”とか、観客に励まされて、ほんと泣きそうになったんだよ」
「笑いものになったりするんじゃないんですか……?」
「ないない。時々変なのも入ってきちゃうんだけど、ガードマンにつまみ出されるし」
「実際にスカウトというか……されている人もいるって聞いたんですけど……本当ですか?」
「いますよ。努力が認められて卒業した人は何人もいます」
「医者の研究に協力してお金をもらったりもできますし、思ってるよりずっといい会社だと思ってくれていいですよ」
その言葉を、俺は信じられなかった。
だが、全員が明るい表情で、堂々とショーに向き合っている姿に俺は違和感を覚えた。
俺はとにかく自分に自信がない。
いつも後ろ指をさされて生きてきた俺は他人のことを信じられないし、自分のことも信じられない。
ここにいる人たちも後ろ指をさされて生きてきたはずだ。だが、ショーを嫌がる人は誰もいなかった。
――なんか……思ってたのと大分違うな……
そう思いながら、ひとりひとりと自己紹介をして話をしながら待った。
話しているうちに時間になって、俺たちは塩谷さんに呼ばれた。
ひとりひとり、パソコンを持って行ったり、サーカスでジャグリングで使うようなピンを持って行ったり、大玉を持って行ったり、楽器を持って行ったり……様々だった。
俺はただ不安な気持ちで後をついて行く。
「それではお待たせいたしました。本日のショーを開催いたします」
塩谷さんがそう言うと、一人ひとり表舞台に出て行った。
最初の一人が出て行って自分の思い思いにアピールしていく。
「先週は入力方法すらわからずにできなかったエクセルの表計算ができるようになりました」
「実際にやってみてもらえますか?」
スクリーンに映してエクセルに適当な数字を打ち込み、それをSUM関数を使って計算するという、ショーにしては地味なことをしていた。
特に身体奇形についてのアピールはない。最初に軽く名前と障害名を言うくらいだ。
「おぉ、使えてますね。どのくらい勉強したんですか?」
「結構勉強しました。全然解らなかったんですけど……ここで働いたお金で参考書を買ったんです。僕は事務職が向いているかもってお客様に言っていただいて、やったことはないけど、やってみようと思い、チャレンジしてみました。まだ簡単な表計算しかできませんが、今グラフ作成を勉強中です」
「はい、ありがとうございました。なかなか実用的なアピールですね」
「僕は大したことは出来ないですけど、コツコツ地道に働きたいんです。地道に仕事をして、徐々に認められて行って、人と見た目が違うところがあっても、人それぞれでいいんだってことを沢山の人に知ってほしいんです」
「なるほど。それは私もそう思います。見た目が違うからと言って差別を受けるのは不当だと思いますからね。肌の色が白だとか、黒だとか、黄色人種だとか、そんなことで争うのはナンセンスに思います。見た目がどうであれ、心は通わせることができのに、それを一方的に拒絶する方が間違っていると思います。私たちも同じ人間です。人と人の間に生まれた存在ですから」
その言葉に不意に、俺は涙が流れた。
もうすぐ自分の番だというのに、こんな暗い顔じゃショーに出られない。
泣いている俺に気づいた人が俺の肩をポンと叩いた。
「あなたもつらかったでしょ。大丈夫。泣いてもいいんだよ。でもな、その涙はショーの後にとっておきなよ」
「……はい……」
俺が涙を拭っている間に、客席から挙手をする人が現れた。
「はい、お客様。どうぞ」
「えー……私は建築会社を経営している者なのですが、よろしければうちの事務として働きませんか? それほど大きな会社ではないのですが、いかがでしょう? よかったら面接に来ていただけませんか?」
「本当ですか! はい! 僕で良ければ伺わせていただきます!」
「では、ショーの終わり、名刺を頂戴いたします」
目の前で起きたことが信じられない気持ちでいっぱいだった。
スカウトなんて本当にあるんだと唖然としてしまう。
エクセルの表計算ができるなんて、今どきの人なら誰だってできることだ。
だが、前向きに挑戦していくひたむきな姿勢は誰もが持っているものではない。恐らくその前向きな姿勢が買われたのだろう。
「それでは、本日最後となります。本日入社した新人、柳昌太郎さんです。どうぞ」
俺は名前が呼ばれ、おずおずと俺は舞台に立った。
場内はそれほど広くはないが、10人以上の人がいて、その視線が俺に集中すると、緊張して目を泳がせること以外はできなかった。
「自己紹介できますか?」
「はい……えっと……柳昌太郎といいます……初めてなので勝手が分からないですが……よろしくお願いします……」
頭を下げると、場内は拍手に包まれた。
「彼は生まれつき腕が3本あります。そのことについて聞かせていただけますか?」
「はい……あの……うちは母子家庭なんですけど……それは、俺が生まれた時に……俺のことを見た父親が“気味が悪い”って……腕が3本あったから……それで……周りの人の風当たりが強くて……父はそんな俺に愛想をつかして出て行ってしまいました……」
「お辛い過去があるんですね……」
「はい……」
「それから、どうされたんですか?」
「えっと……母が女手一つで育ててくれて……母に恩返しがしたくて……でも……こんな身体のせいで周りからからかわれたりとか……母も嫌がらせを受けて……でも、母は俺のこと庇ってくれて……そんな母が今病気で……入院費を稼ぎたくてこの会社に入りました……」
一生懸命俺がそう説明すると、客席から鼻をすする音が聞こえてきた。
おそるおそる顔を上げて客席を見ると、ハンカチを目に当てて泣いている人がいるようだった。
なんだか、俺は申し訳なくなって再び視線を下に落とす。
「私どもも全力でサポートさせていただきますので、素敵なご縁があったらいいですね」
「はい……まだ、本当に勝手がわからなくて……なにをしたらいいかとか……」
「大変失礼かと思いますが、服を脱いで腕を見せていただくことはできますか?」
「あ……はい……」
俺は上半身の服を脱いで、3本ある腕を場内に見えるように向けた。
1本ずつ動かして見せる。
「動かせるんですね」
「はい……」
見せびらかすのはかなり抵抗感があったが、誰も罵声を浴びせてくることはなかった。
「ありがとうございました。服を着てください」
「はい…………」
やはり、好奇の目で見られるのは気分のいいものではなかった。
「では、なにか特技はありますか?」
「特技ですか……えっと……パソコンは一通り使えます……それから……特技じゃないんですけど……本を読みます……」
「どういった本を読まれるんですか?」
「ファンタジーが多いです……自分が物語の主人公になったような気がして、現実のつらさを忘れられるので好きなんです……」
「わかりました。何か、お客様で彼にご質問がある方はいらっしゃいますか?」
塩谷さんがお客さんに向かってそう言うと、何人かが手を挙げた。
「はい、ではこちらの端から順番にお願いいたします」
「はい。私はIT関係の会社の人事をしております。プログラミングなどはできますでしょうか?」
「えっと……ごめんなさい。プログラミングはやったことがありません。ワード、エクセルの技能は一通りです」
「ありがとうざいました。頑張ってください」
「はい」
失望させてしまっただろうかと俺は自信がなくキョロキョロと目を泳がせた。
「それでは次の質問に移りたいと思います」
「はい! 俺はアスリートを育てる育成所のオーナーなんだが、スポーツ業界はどうだろう?」
「あ……はい……考えてみます……」
「まぁ、この後全体で交流会があるので、好きなようにアプローチしてみてください」
「わかりました。頑張ります」
俺が思っていたのと大分違ったが、俺の初めてのショーは終わった。
もっとこう……檻の中に入れられて、人間として扱われずにゲラゲラと笑われて見世物にされるのかと思っていた。金持ちの遊び程度のものだと思っていたが、思っていたよりもずっとまともに見えた。
緊張したし、しどろもどろになっていてよくしゃべれなかったけど、あんな感じで良かったのだろうか。
不安になりながら舞台裏に引っ込むと、俺のことを見ていた他の皆が各々手を挙げてくる。ハイタッチだ。
ハイタッチに慣れていない俺はおずおずと3本ある手を挙げて、軽くみんなとハイタッチした。
「もっと自信もてよ! 良い感じだったぞ!」
「そうですかね……」
「あぁ、最初はみんなあんなもんだ。だがな、最初はあれで良くても、徐々にスキルアップを求められるぞ。成長していかない奴は干されるぜ?」
「ちょっと、新人さんを脅さないでくださいよ」
「あははははは」
とても温かい雰囲気で、俺はホッとした。
それから、俺は少しずつ自分に自信がついてきた。
お客さんが提案してきた俺にできそうなことを片端から試した。ショーのない日は資格取得に向けて勉強したり、トレーニングしたり、色々だ。
回数は少ないが、ショーに出ると1回3万円ほどもらえる。3日から4日程度のスパンで開催され、その間に自分の成長を披露する。
ほんの些細な成長でもお客さんは喜んでくれた。……というのは、元々俺たち障害者へのハードルが低いという不名誉なものだろうが、努力して認められていくのは嬉しかった。
一番嬉しかったのは、母を入院させることができたことだ。
母も具合がずっと悪かったが、入院してからは徐々に良くなって行った。
「ショウちゃん、本当にありがとうね。随分具合が良くなったよ」
「ならよかった。母さんが元気になってくれて俺も嬉しい」
「ごめんね、ショウちゃんに迷惑かけて」
「迷惑じゃないよ。それに、仕事も楽しいしさ」
「楽しいならよかった。でも便利屋さんって大変なんじゃない?」
母には見世物小屋で働いているとは言えずに、便利屋で働いていると言っていた。
俺が勉強したり、トレーニングしたりしているところは明らかに不自然だったので、そう言うしかなかった。
「期待に応えるのは大変だけど……でもやりがいがあるよ。認めてもらえると嬉しいし……」
「そう。ショウちゃんが認められるとお母さんも嬉しいよ」
俺はずっと内向的な性格だったが、『神のゆりかご』で働くうちに前向きになってきた。
お客さんからの支持率が下がるとショーに出してもらえなくなるので、俺も一生懸命に仕事に取り込んだ。
他の人と違う部分をあえて生かしていくのも悪くない。
そうやりがいも感じ始めていた。
だが……
それも長く続かなかった。
『神のゆりかご』で撮影禁止のショーを隠し撮りしてネットに晒した人がいた。
概要を言うと、要するに「不謹慎な見世物小屋を暴いた」というものだった。
「見世物小屋で見世物にされている人が可哀想」
「こんなことはなくなるべき」
「倫理的、道徳的に許されない」
という意見が多数上がった。
その動画はみるみるうちに拡散・炎上し、『神のゆりかご』は経営を続けることが困難になった。
動画が拡散したことにより、怖いもの見たさに訪れる冷やかしが増え、客層が悪くなった。
富裕層の客足は遠のき、客層が悪くなったことによって出場者の心的負担も相当のものとなって欠場する者が増えた。
話題性がなくなると冷やかしすらも来なくなった。
結果として、倒産だ。
俺たちはただ居場所を失っただけだった。
『神のゆりかご』がなくなったからといって、別の就職先がそれから見つかる訳でもなかったし、特別な支援があったわけじゃない。
ただ居場所と収入を失っただけだ。
それに、収入がなくなったことによって、俺の母の入院費が払えなくなり、母は強制的に退院になった。
徐々に具合が良くなりつつあったのに、再び在宅看護になって具合がまた悪くなった。
薬代も払えず、母に薬を飲ませることができなかった。
俺は懸命に就職先を探したが、やはり俺を雇ってくれる場所はなかった。
徐々に弱っていき、母は死んだ。
「普通に産んであげられなくてごめんね」
それが母の最期の言葉だった。
悔しい気持ちでいっぱいだった。
『正義』が母を殺したんだ。
***
母の墓参りをしたあと俺が家に帰る道を歩いていると、通りがかった若者に俺はジロジロ見られた。
「今の見た? 腕3本あったよ」
「写真撮っておこうよ」
「気持ち悪い。おばけ? 心霊写真じゃん。明日クラスの人に見せて驚かせよ」
小声ではあったが、確かにそう言っていた。
その心無い声に、俺は心が折れた。
――正義ってなんだ……?
誰もその問いに答えてはくれない。
でも、ただひたすら『正義』を押し付けてくる。
もうたくさんだ。
これは、誰の為の正義だったんだろう……?
***
「本日、国会議事堂前で“人が燃えている”と通報が入り消防がかけつけ消火しましたが、その後死亡が確認されました。現場付近では遺書が発見されており、自殺と思われます。遺書には“もうこの世に居場所がない”と書かれており、身元の特定を急いでいます」
END
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