第13話 頭の中を食い荒らす虫

 友人のマーシャが出て行ってしまい、ソフィはそわそわと落ち着きをなくしていた。さっきから無意味に立ったり座ったりして、メイド長に落ち着きなさい、とたしなめらる。


 もしかしたら、一緒に行くべきだったのかもしれない。

 後悔する。


 マーシャやジュリーはソフィにとって、年上の頼れる友人だった。とくにマーシャは身近な存在だ。


 館の中で一番歳の若いソフィと、ほんの五歳ほどしか歳がちがわないのに、マーシャは仕事ができた。しかも性格もはきはきしていて朗らかで、怒られてばかりの自分とは大違いだ。

 引っ込み思案な上、トロくてどんくさいソフィが、こうして仕事を続けていられるのはマーシャがあれこれフォローしてくれるおかげだった。


 心細さに、ぎゅっと拳を握る。


 ふと、自分の袖がほつれているのが見えた。

 これも今朝、メイド長から叱られたばかりだ。


 ソフィは、自分の居場所が急になくなってしまったような気がした。

 ここにいて、いいんだろうか。


 なんだか、取り返しのつかないことをしてしまったような気がする。どんなに頑張っても、もうどうしようもないような。


 まるで頭の中によくない虫がいて、そいつらに頭の中をじょりじょりと食われているかのようだ。見た目は変わらなくても、内から食い荒らされていく。


 ちがう、ちがう。

 頭の中に虫なんていないはずだ。


 ソフィは自分に言い聞かせる。


 とても、気持がわるい。

 めまいがする。


 頭を振って、こびりついた考えを追い払う。


 なんとかしなくちゃ。きっと、このままじゃいけない。

 きっと、動かなきゃいけない。動かなきゃ解決しない。そんな気がした。


 ちらりと伺うと、警部だという太ったおじさんと、他の大人たちはまだなにかの話をしている。

 じゃまにならないように音を立てずに、魔女たちが出て行った扉に向かって進む。


「だいじょうぶか?」


 扉のノブに手をかけようとしたところで、優しく声をかけられた。

 お館さまだ。

 なんで見つかるの、とソフィは泣きたくなった。


「あ、あの。わたし、やっぱり魔女さまたちを追いかけてまいります」


 蚊の鳴くような声が出た。

 お館さまはどうやって声を聞き取ったものか、困ったものを見るように目を細めると、あくまで優しく、ソフィを諭す。


「やめなさい。ここにいた方がいい。なにが起きるか分からないから」


 その親切が、ソフィには辛かった。

 どうせ自分のものにならないくせに。そういう拗ねるような気持ちが湧き上がる。同時に、勝手に消え失せてここまでお館さまを心配させているお嬢さまも憎たらしくなった。


「ご、ごめんなさい!」


 勢いに任せて、部屋から飛び出す。




 背後の扉の閉まる音で、気がついた。




 あたりが、真っ暗だ。

 窓から光が差し込んでいても、おかしくないはずなのに、それすらない。




 そもそも、窓がなかった。




 気がついたら、見慣れた大理石の床すら消えている。




 前に進めばいいのか、それとも後ろに戻ればいいのか。

 ハッと、自分の背後に扉があるはずだということに気がついて、後ろを振り返るが、そこにはただ闇があった。

 前後どころか、自分が今立っているのか、横になって寝そべっているのかすら分からなくなる。


 気分がわるい。


 だれか、だれか自分を見つけてくれないだろうか。

 目から心細さで涙が溢れそうになる。

 きっとだいじょうぶ、と自分に言い聞かせて落ち着こうと試みたが、それは逆効果にしかならなかった。

 ずっとここにいることになったらどうしよう?

 だれも自分が消えてしまったことに気づいてくれなかったら?


 それは、恐怖だった。


 喪失と消失。

 心が、闇に支配される。


 自分の場所を見失った恐怖に、思い切り叫び声をあげた。


 だから、気付けなくても仕方がない。

 ひたひたとソフィに近づいてくる足音があったことに。




---------------------------------------------------------------------------------------------------------(おまけ・その11)


 デスクで書類を整理していると、ふと、点と点が線で繋がった気がした。


 人に囲まれた母娘の絵。

 毎日変わらない日々を過ごす男は信心深かったという。

 アルコールに溺れていた男は、急に改心した。

 貧しい娘には新しい友達ができた。

 身の置き所のない家にいる少年。


 こうした人たちが集まってもおかしくない場所といえば、あまりない。


「…教会?」

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