天使が宿した悪魔

 僕は基本的に一日中好き放題してる。寝たい時に寝て、起きたい時に起きて。ご飯が食べたくなればそう訴えれば美味しいご飯をくれる。お腹一杯になれば自然とやってくる眠気にこの身を任せるだけ。もちろん、遊びたければ気の済むまで遊べる。

 生まれてからずっと僕はこう思ってる。この世界は何て素晴らしいんだろう。優しさと幸せに満ち溢れ、嫌な事なんてひとつもない。雨音でさえ軽快な音楽に聞こえてくる。

 そして僕を見るみんなはいつも笑顔で、いつも褒めてくれる。ちょっとした事でまるでオリンピックで金メダルでも取ったみたいにうんと褒めてくれる。それに僕が笑みを浮かべれば、


「まるで天使ね」


 なんて恍惚とした表情を浮かべるんだ。僕はただ目の前でぐるぐると回るサーカスが楽しくて仕方ないだけなのに。

 そして朝だろうが昼だろうが夜だろうが、僕が求めれば駆け付けてぎゅっと抱き締めてくれる人がいる。降り注ぐ陽光のように温かくて雲のように柔らかで、心の底から安心できる匂いで僕を包み込んでくれる。その瞬間が一番幸せだ。

 きっとこの世界は神様の笑みから産み落とされた世界なんだ。この世界では嫌な事も穢れ事も何もないに違いない。幸せと平和だけが闊歩する世界。

 だがそれはある夏の夜の事だった。部屋は心地好い温度でぐっすりと寝ていた僕だったがふと夜中に目が覚めた。でも夢見心地の中、二度寝へと誘われていた。はずだった。

 すると突然、耳元で耳障りな高い音が現れたかと思うと煽るように音を鳴らし出した。僕はそれを避けるように顔を動かした。一瞬、その音は消えたが再び鳴り始める。もう一度、顔を動かしてもすぐにまた。動かす、鳴る。動かす、鳴る。手で払う、鳴る。

 嫌な夢でも見ているのだろうか。そう思った矢先、頬をに何かが触れたかと思うとチクッという痛みと言うにはあまりにも小さな感覚が襲った。しかもその場所が異様に痒い。何だと思いながら頬を掻いていると反対の頬にまた何かが触れる感触。僕はその瞬間、最初と同じようにまたチクッとして痒くなるんじゃと思い咄嗟に手をやった。そのおかげかチクッという痛みはない。

 だがしかし次はまた耳元であの耳障りな音が鳴り始めた。いくら何をしたとしても音は僕の耳を追いかけてくる。

 段々と僕は腹が立ってきた。これが夢かなんてどうでもいい。眠りを邪魔された上に度重なる煽り行為。こいつが何者か知らないが僕はこいつを絶対に許さないと心に誓った。どんな手を使ってでも僕の前から消し去ってやると。

 地獄の業火の如く激しく燃え盛る気持ち――僕は初めて『殺意』という感情に芽生えた。体中に溢れ湧き上がるエネルギー。どんな感情も抑えつけその対象の息の根を止めるまで収まることは無い悪魔の力。こいつを〇さなければ僕に安眠の日は来ない。ならばやってやる。僕の全てを賭けて。


         * * * * *


 家中に響き渡る泣声に目を覚ました母親は寝ぼけ眼で寝室を出ると声の部屋へ向かった。

 そこにあるベビーベッドでは赤ん坊が何かを訴え必死に泣き叫んでいる。


「あらあら、どうしたの? ――まぁ、蚊に刺されちゃってるわね。痒かったわね。でも、もう大丈夫よ。ママが居ますからね」


 そして赤ん坊は赤くなった頬に薬を塗ってもらった後、母親の胸の中で段々と落ち着きを取り戻し眠りへと落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る