人の不幸は蜜の味

「はい。どうぞ」


 母親はそう言いながら息子の前にパンケーキの乗ったお皿を置いた。こんがりと焼き目の付いたパンケーキは周りを誘惑するようにほんのり甘い香りを漂わせている。


「ありがとー。なんかかけるのないの?」

「そうねー。チョコは切らしてたし――」


 お礼の後に小皿にパンケーキを移しながら息子はそう尋ね、母親は思い出しながら再びキッチンへ戻った。

 息子がひとくちだけ先に食べたぐらいで母親は小瓶を手に戻って来た。


「これでいい?」

「なにこれ?」

「何って。お隣さんの不幸よ。丁度、お買い物から帰って来た時に取れたのよ」

「へぇー。新鮮じゃん」


 息子はそう言いながら小瓶を開け中に入っている紫色のドロッとした液体をパンケーキにかけた。瓶とパンケーキを繋ぐように垂れた不幸は溶岩のように広がっていく。


「あの人よくブランド品の自慢してるんだけど、最近どうやら騙されて偽物買ったらしいのよね。いつもこのブランドのここが良いだとか、どこがこだわりだとか聞いても無いことを色々語ってるのに、まさか騙されるなんてね」


 喜色満面で語る母親の隣で息子は不幸のかかったパンケーキをひとくち。


「あまっ。でもおいしい」

「でしょ。ちょっと前のあの俳優さんの不倫も美味しかったけどこっちの方が美味しいと思うわよ」


 言葉を聞きながら息子は更にもうひとくち。それを食べながら息子は今日の出来事を思い出した。


「そういえば俺も今日、やたらリア充自慢してくる奴が別れたって落ち込んでたのをたまたま聞いたっけ」

「その不幸どうしたのよ? まさか鞄の中に入れっぱなしじゃないの?」

「いや、その時食べてたやつにかけた。あれ美味かったなぁ。丁度、甘さが欲しいと思ってたし」


 息子はその時の事を思い出しながらパンケーキを口に運んだ。そして息子の話を聞きながら母親も小瓶の不幸をかけたパンケーキを食べ始める。

 二人が甘いパンケーキを食べているとドアの開く音が聞こえ父親の声が微かに聞こえた。少ししてリビングのドアも開きスーツ姿の父親が姿を現す。


「ただいま」

「おかえりー」

「早かったわね」

「早く終わったからな。それより聞いてくれよ」


 意気揚々とした父親はジャケットも脱がずに鞄に手を入れた。


「実はいつも偉そうにしてる部長が大きな仕事でミスしてな。こっぴどく怒られたんだよ。だから今日はずっと大人しくしてて快適だったね」


 そう語りながら父親が鞄から取り出したのはペットボトル程度の瓶だった。紫色のドロドロとした液体がぎっしりと詰まった瓶。


「コイツは濃厚だぞ。すぐにでもこいつで一杯やりたいね」


 父親は瓶を見ながら舌なめずりをした。

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