Mythos No.01

久佐馬野景

最強の小説家(ただし売れない)

 編集は大きく溜め息を吐き、手に持った原稿をぞんざいに机の上に放った。

書物が雑多に積まれた木製の机が並び、床にも箱に入った書物が置かれている。机に座った者達はしきりに通信用魔方陣が組み込まれた受話器に話しかけたり、机の上の紙にペンで書きものをしている。ディーナ国の中規模な出版社の編集部である。

「駄目です。売れません。いいですか先生、まずあなたの作品は何かこう、堅っ苦しいんですよ。それなのに文章は並み以下で、描写も薄いから僕からしたら肩透かしを食らってしまう」

第一題材がいけない――と編集はもう一度溜め息を吐く。

「プロット自体はよくある英雄ものなのに、何で『果ての民』なんていう単語を入れるんですか。今のご時世、『果ての民』を書いた本が出版出来る訳がないでしょう。まあでもあなたの場合は題材以前の問題ですけどね。検閲に挑戦するつもりなら、まずちゃんとした力を付けてくださいよ」

 編集と向かい合って座っていたヤマトはおもむろに立ち上がり、編集の頭に手を向けた。

 黒髪とそれに似合った漆黒のマント。どこかサディスティックな雰囲気を醸し出している鋭い目は、さらに鋭さを増している。

「……言い残すことはそれだけか?」

 編集が声にならない悲鳴を上げるが、もう遅かった。

「オオイカズチ」

 編集の頭に強烈な電流が走る。

「痛あ! ちょ、ちょっと先生待ってくださいよ!」

 激痛に編集は椅子から崩れ落ち、すがるようにヤマトを見上げた。

 しかしヤマトは一切耳を貸すことなく、胸に手を向け口を開く。

「ホノイカズチ」

「ぐべぇ! ま、待って──」

 編集が悶絶する度にヤマトは愉悦に顔を歪める。

 左手、続いて右手。

「ワカイカズチ、ツチイカズチ」

「し、死ぬ、死にます!」

 腹。

「クロイカズチ」

「助けて、本当助けて!」

 股間。

「サクイカズチ」

「はうわっ! やめ──」

 左足、右足。

「ナルイカズチ、フスイカズチ」

「ぐあああ!」

 全身を激しく痙攣させ、編集は絶叫した。

「なかなかいい悲鳴だな、うん? しかしこの国はどうなっている。俺の小説が売れないだと? 大陸で一番大きな市場と聞いて来てみればこれだ!」

「せ、先生、本当に死ぬところでしたよ……」

 力を振り絞って顔を上げる編集。ヤマトは笑顔でその胸倉を掴み、無理矢理立ち上がらせた。

「何、あれは拷問用の呪文だ。死にはしない。ただ忘れるな、俺はこの口を動かすだけで、お前を殺せるんだからなぁ」

 にやりと笑うと、ヤマトは編集を椅子に座らせた。

 一年前、ヤマトはこのディーナ国に訪れ、先程のように編集を拷問して無理矢理本を出版した。

 しかし、これが見事に売れない。

 編集としては最初読んだ時からまるで売れる気配がなかったのだが、ヤマトはこれに納得しなかった。

 その後も時々こうして新作を持ち込んで来るのだが、編集からの評判はご覧の通り。その度に得体の知れない魔法で編集を痛めつけるので、全くいい迷惑である。

「しかし先生、『果ての民』なんてよく調べましたね。関連する本は全て禁書になってるはずですけど」

 たっぷり三十分近く呼吸を整えて、漸くまともに喋れるようになった編集は口を開いた。題材にする割に下調べが足りていないという指摘はしないことにした。

「情報ソースは明かさないことにしている」

 いたぶったのはいいものの、流石にあの評価は応えたのだろう。ヤマトは幾分萎れていた。

「『果ての民』って言ったら殆ど伝説みたいなものでしょう? ああそうだ。伝説といえば、先生も聞きましたか?」

「何だ」

「永劫の魔女ですよ。永遠に生まれ変わるって言われてるあの」

「この国に来たのは最近だからな。そんな話は聞いたことがない」

編集が知っているヤマトの情報はごく少ない。出身国も年齢も明かさず、覆面作家のようなものだろうと強引に押し切られてしまった。

「ああ、そうでしたね。永劫の魔女っていうのは、この国に伝わる半分伝説みたいなものです。殺しても殺しても生まれ変わると言われてる、悪の化身ですよ」

「それがどうしたんだ」

「それがですね、何と最近その永劫の魔女が復活したらしいんですよ」

「へえ、伝説じゃないのか」

「ええ。王家が直々に永劫の魔女討伐を募ってますからね。他国からも名のある戦士や魔法使いが集まって来てるそうですよ。見事永劫の魔女を討てば、金一千万と名声が手に入りますからね」

「何?」

 ヤマトの目が輝く。

「金と名声? それは本当か?」

「ええ。三十年程前にも復活したそうなんですが、その時永劫の魔女を倒した──いや、相打ちだったかな? とにかくその人は今でも英雄ですからね」

 ヤマトは暫し思案するようにうつむいた後、

「ふふふ──ふははははははは!」

 笑った。

「チャンス! これはチャンスだぞ! 俺の小説が売れないのは何故か? それは俺の知名度が低いからだ!」

「って、ええええええええ?」

 ふははははははは。

「そうだ、名さえ世間に知れ渡れば必ず売れる! 売れるんだ! 決めた、俺はその永劫の魔女を倒してやる! そして俺の名を世間に轟かせてやる!」

 何と不純な動機!──編集は思わず口にしてしまいそうになったが、慌てて口を噤んだ。

「さあ行くぞ! 待っていろ永劫の魔女!」

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