第37話

 さて、その様な勘違いが頭の中を覆っているエドガーは早速外に出ようと足を動かし始めるのだが。


 「正面からじゃ城外には出られんでしょ、城の周りには城壁があり、脱走兵対策の見張りも城壁付近をウロウロしているだろうし……」


 そんなショーモトの言葉によりエドガーは二歩歩いた所で足を止めてしまう。

 確かにそれはエドガーもその通りだと思ったが、その収まらない感情はショーモトへ強く向けられた。


 「店長、あの、どうすれば良いんですか!? 店長、店長!?」

 「ちょっ、落ち着け、ドードードー!?」

 「す、すいません……」


 だからショーモトの襟元を掴み、そう訴えるのだが、ショーモトの言葉により少々落ち着き、小さく頭を下げる。

 そして、ショーモトは襟を整えると。


 (悪いけどエドガー君に力を貸してあげて)

 『『うっす』』


 そう頭の中で喋ると共に、背後からスッと現れた二人のアンデットがエドガーの身体を宙に浮かせ。


 「うわっ、か、体が浮いている!?」

 「『宙に浮け』って言えば浮く様にしたから! んじゃ、ミーナちゃんのとこへ行ってらっしゃい!」


 驚くエドガーにそう告げ、見送ったのであった。


 (……うん、腹が痛くなってきたんだけど……!)


 …………。


 その頃。


 「あ〜……」


 結局やる気ゲージが0になったリアナは床に寝転がり続けていた。

 だが、次の瞬間。


 「う、うわぁぁぁぁぁ!?」


 リアナの身体に何かが忍び込む感覚が襲い、白目を向き、気を失った。

 そして次の瞬間。


 「よし、成功だ!」


 リアナは体を起こして右手をギュッと握りしめるのであった。


 これはどう言う事か?

 実は理由はシンプルで、ラスティがリアナの身体に乗り移ったのである。

 と言うのは、だらけまくったリアナの精神力は見事に低く、しかもやる気ゲージが0である為に乗り移りは実に簡単だった。

 それはまるで、不法侵入してくれと言わんばかりのボロボロの建物の様な……。


 「さてと……」


 リアナの身体を乗っ取ったラスティは身体の感情を確かめる為に、ぴょんぴょん跳ねたり、腕を回したり、リアナの身体を触ったりする。


 「胸、柔らかいな……」


 ただ、その様子をショーモトにでも見られれば、変態とでも呼ばれそうな行動だが……。


 さて、ある程度身体の動きを理解したラスティは、その身体を動かし扉を開けようとしたが。


 「ジャージ姿は流石にマズいか……」


 ジャージ姿で外に出る事に抵抗を持ったラスティは一旦着替える事にした。


 …………。


 さて、ラスティが着替えた格好は、ミーナがリアナに購入したモノに剣を腰に付けた姿。

 ホントであれば、鎧を纏うつもりでいたラスティであったが、ミーナはとっくに鎧を売っていた為、残念ながら鎧姿にはなれなかった。


 ラスティは家を出ると、ミーナが住む扉の扉を叩く。


 「はい……。 あらリアナ……」


 扉を開け、ランプ片手に現れたミーナの表情は暗かった。

 と言うのは夕方、三人で話し合っても良い案が浮かばなかったからである。


 (現状をお兄ちゃんが変えてあげるからね!)


 そんなミーナの様子に、そう決意を固めたラスティは右膝を床につけ、ミーナの右手を優しく掴み、この様に告げるのであった。


 「夜分遅く申し訳ありません、ミリアーナ様……。 この私、フリジアナが良い策を思いつきましたので、お伝えに上がった訳です……」


 それは自分が兄であると名乗るより、リアナのフリをしてミーナの手助けをした方が良いと考えたからこそ出た言葉だったが。


 「リアナ、頭打ちました?」

 「へっ?」

 「それとも変なモノを食べました? 何か変ですよリアナ……」

 「えっ?」


 ミーナはその様子を気味悪く感じてしまった。

 それはいつもの厳格そうな騎士の目でなく、しっかり見開いた少年の目をしており、言葉遣いもリアナらしくない為だが、ラスティはこう誤魔化すのだ。


 「いえ、私は目覚めたのです、ミリアーナ様への忠義に!?」

 「あ、うん……」

 「ここで話すのは何ですから、お部屋でお話出来ればと愚考いたしますが……」

 「…………」


 その瞬間、ミーナは大変心配になってしまった。


 (アレク君がいなくなったせいで、遂にリアナが壊れました……)


 しかしながら、そう思いつつもミーナはこうも考えるのだ。


 (せっかく騎士団長の地位を捨ててまで私を追ってきたのだから、ここはリアナの為にも私がしっかりしなくちゃ! それにきっと、この問題を解決する秘策を持ってきたのでしょうし!)


 そしてリアナは、大きく深呼吸をした後。


 「分かりました、さぁ中に入って!」


 ミーナはリアナの身体を家の中へ入れた。

 先程の落ち込んでいた姿を想像させない、決意を持った瞳を見せながら。


 …………。


 「うんしょ……」

 「失礼します、ミリアーナ様!」

 「…………」(ホント心配ですね、リアナの様子が……)


 ミーナが座り、ランプをテーブル上に置くと共に、ラスティはそう言って椅子に座ると共に、自分の思いついた計画をリアナに述べ始めるのである。


 「ミリアーナ様、私の策はかなり大胆なモノですが、よろしいですか?」

 「えぇ、構いませんよ」

 「では……。 私の策は、母上であるナイル様にお願いに行くのです」

 「えぇ、ママに!?」


 しかし、その予想外の提案はミーナを驚かせ。


 「ど、どうしてそうなるんですか!?」


 そう口にさせてしまうのは当然の事だろうが、これにはきちんと理由があった。


 「ミリアーナ様、ナイル様の目的は間違いなくミリアーナ様を連れ戻す事……」

 「それならば……」

 「ですがあのお方は大変なミリアーナ様ラブ! だからこそ、ミリアーナ様が強く訴えれば……。 そして私も一緒に訴えれば……」

 「…………」


 そんなラスティの言葉から、一生懸命さをミーナは感じた。

 そして前のめり気味になったミーナは、そんなリアナの身体に対し。


 「嫌です……」


 素直に嫌な表情を浮かべるのである。


 「だって私、せっかくママから自由を得たんですよ! 何にしても『絶対ダメなんだから!』って言って自由に何もさせてくれないママの下から! 嫌ですよ、私絶対嫌ですよ!」

 「両国を上手く撤退させ、エドガーさんとの元通りの生活が出来ると言ってもですか……?」

 「元通りの……」


 だが、それはラスティの想定内であった。

 プンプンと頬を膨らませそう言ったミーナであったが、ラスティの言葉に反応し、やや不満の熱が引いた。


 そんなミーナにラスティは、真実と嘘を混ぜた言葉を次々と吐き出していく。

 ミーナの選択肢を徐々に徐々に狭めていく様に……。


 「まず、この現状はミリアーナ様を取り戻そうとしているラドラインと、それを侵略行動と勘違いしたリンドブルムが軍を出した事により起きたモノです。 リンドブルムからすれば、カラカスを取られれば次は自国を責められる危険がありますから……」

 「えぇ……」

 「そして現在、その影響でエドガーさんを含め多くの人々が徴兵されています。 そして戦いになれば、両国の多くの人々が死ぬでしょう」

 「うん……」

 「しかし、この策が成功すれば、きっとリンドブルムも撤退するでしょう。 そうなれば、誰も傷つかずにこの争いを終わらせられます」

 「…………」

 「命の危険から皆を救う事が出来る……。 メルシス教徒としてこれ程名誉な事はないでしょうね……」


 彼女の中の選択肢は一つになってしまった。

 だが、エドガーを無傷で戻す事、そして多くの人の死を防ぐ事が出来ると言う事実が彼女にその選択を選ばせたのだろう。


 「分かりました。 ただしリアナ、貴女にも手伝って貰いますよ。 皆を救う為に……」

 「お任せ下さい……」


 そして二人は家を飛び出していく。

 そんな二人の去った家の中を、ランプの灯がテーブル上から静かに照らしていた。

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