第35話 

 「アンタさ、疲れているのかい……?」


 リアナ宅のテーブルに座るミーナを入り口の扉に寄りかかって見下ろしながら、ネルブは心配そうにそう尋ねるのだが。


 「えーっと、その……。 あの、ですね……」

 「……いや、悪いけどちょっと待ってミーナ……」

 「は、はい……」


 もぞもぞと話すミーナに一旦そう告げると、ネルブは視線をミーナから右にずらし、その心配そうな表情をより深刻にした。


 「リアナ……。 アンタ、大丈夫かい……?」

 「モグモグ……。 大丈夫だ、気にするな……」


 その先にいたのは、やる気ゲージが僅かに回復し、会話する力を取り戻したリアナの姿。

 そしてパンを噛んだ後飲み込みリアナはネルブにそう告げるのである。

 床に寝そべった姿で……。


 「いや、アンタさ、食べるなら椅子に座ったらどうだい……?」

 「めんどくさい……」

 「それなら床に座るだけでも」

 「やだ……」


 その時ネルブはこう思ってしまった。


 (この子、生きていけるのかい……。 と言うか、よく生きてこれたねぇ……)


 ただ、そのふとした思いが、とある言葉を思い出させる。


 《ニートになりたい》


 それはミーナが「リアナがエドガー君を拉致しようとしているからです!」っと言っていた頃に述べた言葉であった。

 その時は流石に冗談だと思っていたのだが、今の状況を重ねてみると。


 (真実を言っていたのかい、あれは……)


 そうネルブは考えざるを得なかった。

 そして遂に。


 (そしてアレクが来て、堕落が加速したのかもしれないねぇ……。 何とかしてアレクを連れ戻してあげた方が良いのかい、これは……)


 その真実へとたどり着いた訳だ。

 だが、そんな考えとは別の答えをリアナは脳裏に思い浮かべ始めていた。


 (もしや、リアナは愛するアレク君がいなくなり、腑抜けになってしまったのかもしれません! ならば……)


 勿論、それはミーナらしい間違った答えであるが方向性はネルブとほぼ同じ方角を向いていた。


 「ネルブさん!」

 「どうしたんだい、ミーナ?」

 「私、アレク君を連れ戻したいです、リアナの為にも! そしてエドガー君も……」

 「…………」(まぁアレクが戻ってこなければ、リアナはマズイかもしれないねぇ……)

 「だから力を貸してください!」

 「はぁ、分かったよミーナ……」


 だからこそリアナが訴えた事にネルブは同意したのだろう。


 「それで何か考えはあるのかい、ミーナ?」

 「あっ……」

 「まったく……。 なら、皆で考えるとするかい」


 だがアイディアを考えず、気持ちが先走るのもミーナらしい。

 しかしそれを可愛らしく感じているからこそネルブは微笑んでいるのである。


 (やった!)


 そして、そんな二人の会話を聞き、リアナは右手を小さく握りしめる。

 結果的に一番ラッキーなのは、リアナなのかもしれない。


 …………。


 その頃、ラドライン軍の陣営では……。


 「バカな国ね、国民に無駄な犠牲を敷いて生き残った国は無いのに……。 第一、今から訓練した所で一般兵と同じレベルになる訳ないじゃない……」

 「ナイル様の仰る通りで……」


 カラカスが徴兵を始めた話を兵士から聞き、ナイルは心底呆れていた。


 《確かに兵の数は重要だろう、だが未熟であれば意味がない》


 とナイルは考えていたからだ。


 しかし、だからといって油断はせず、カラカスの動きに注意しつつも、兵糧攻めを続ける様ナイルは指示を出そうとしたのだが、ここでナイルとしては、あまり嬉しくない展開が起こる。


 「大変です! 伝令からの報告で、リンドブルム軍が出陣し、すぐそこまで来ているそうです! 数はおよそ3万5千との事!」

 「何ですって!? ならば当初のプラン通り、予定地点に兵を集結させるわよ! しかし、予定より早いじゃない……」


 それはリンドブルム軍の襲来である。


 ただ、その可能性は想定してあった為、ナイルはリンドブルム側から包囲していた軍を素早くラドライン側へ引かせる事に成功している。

 それは個々の各個撃破を避け、何より一時的だろうがカラカスとリンドブルムから挟撃きょうげきされる様な事態だけは避けたい為である。


 だが、ここで更に嬉しくないニュースがナイルの元へ届く。


 「報告!? ただ今、負傷した伝令がやってまいりまして、リンドブルムの別働隊がラドラインを急襲したとの事、至急戻って欲しいとの事です!?」

 「何ですって!?」


 それは確かに一大事ではあったが、その報告に対しては直ぐに行動に移れなかった。

 と言うのも。


 《なぜ、この戦いに備えようとしたタイミングでなのか?》

 《ラドラインを攻めれるほどの兵がリンドブルムにいるのか?》

 《第一、どの様なルートで軍を進めたのか?》


 この様な疑問があったからだ。

 特に四万の兵を出しながら侵攻をすれば、残り一万ほどの兵力から更に少ない兵でリンドブルムを守らなければならなくなる。

 侵攻するにしても、兵を伏せるか山越えするかしかない訳だが、どちらにしても安定した兵糧の補給が見込めない点から、ブラフである可能性が高いとナイルは踏んでいる。


 しかしながら、攻撃が事実であればマズイ事態である為、ナイルはしばらく沈黙し、そして結論を出した。

 

 「アンタ達、よく聞きなさい! 今、伝令からラドラインが攻撃を受けていると報告があったわ! しかも傷だらけの姿の伝令から……。 アンタ達、アタシは兵二万を祖国を守る為に割くつもりだから、黙って力を貸しなさい!」

 「「「おぉぉぉぉ!」」」


 それは傷ついた兵士の言葉を疑う事が出来なかったから出た結論であった。

 だが、そんな性格の良さが、ラドラインの兵士達に慕われる要因なのではないだろうか?


 だからこそ、ラドラインの兵士達の殆どが。


 《ナイルの為に頑張ろう、ナイル様可愛い》


 と思っているのだろう。


 …………。


 「陛下、上手くいったようで……」

 「…………」


 やはりそれはウォルバートの策であった。


 商人に化けた工作員をラドライン側に向かわせた後、わざと負傷させ、偽の伝令として嘘の情報を伝えさせたのである。

 

 更に言えば、初めにやって来た伝令の指示も嘘である。

 その為、実際の兵力は5千程、結局戦うつもりは無い。


 結局、基本的な方針は代わりないのだ。

 睨み合いしつつ、あわよくば戦い合わせ、そしてエドガルドを捕らえると言う方針を……。

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