第30話

 数日後。


 「何? ラドラインが動いただと?」

 「ははっ、その様で……」


 ラドラインの動きは、進軍するリンドブルム軍にその知らせは届いた訳だが、それはウォルバートも想定済みであった。


 その為、出兵した兵士はリンドブルム軍の5分の1程にあたる約1万人、本格的に進軍する訳ではない為、その程度で良いとの判断からだ。


 「ところで手筈はどうだ?」

 「ははっ、無事ラドラインの女帝の下へ情報が届いたかと……」


 そして更に、ウォルバートはラドラインへ工作を行っていた。


 《行方不明である娘がカラカスにいる》との情報がナイルの耳に届く様に……。


 ただこれは、確固たる情報と言う訳ではなく、あくまで親バカと名高いナイルに軍を動かさせるのが目的であった。


 ラドラインの軍が全軍、もしくは半数の軍が動いてくれれば、兵の数からいって少なくとも警戒はナイルの方へ向くだろう。


 その後、カラカスに対し商人に変装した工作隊を派遣、そしてエドガルドを発見、捕獲し次第撤退する。

 これがウォルバートが考えた作戦である。


 勿論、工作隊を派遣するだけで十分では?との意見もあるだろう。


 だがこの出兵には、出兵したとの情報でエドガーにプレッシャーを与える事と、そして今後の進軍も含め、変装した工作隊の活動によってカラカスとラドラインを衝突させて、両国の兵数を削っておきたいとの思惑もあった。


 その為、カラカスの出入り口付近、そしてラドラインとカラカスの中間地点には現在リンドブルムの工作員が配置されている。


 ラドラインの動きを監視する為、そしてエドガーがもしラドラインへ逃げても捕獲できる様に……。


 …………


 だが、思い通りにいかないのも世の常では無いだろうか?


 「ナイル様、不審なモノを捕らえました所、どうやらリンドブルムの者の様でして……」

 「何ですって!?」


 ナイルのワガママにより、全軍の8割程にあたる4万5000人という大軍で出陣したラドライン軍であったが、偶然兵士の一人が森の木の上にいる兵士を発見する出来事が起きた。

 それは除いていた双眼鏡のレンズに太陽の光が反射した事により気づかれたのだが、この出来事が誤解の始まりであったのかもしれない。


 「そして問い詰めました所、合図があればその人物を捉える様、指示を受けていたとの事で……」

 「な、何ですって……」


 その瞬間、ナイルは確信した。


 《自分の娘、ミリアーナを誘拐する為にリンドブルムが動いている》と……。


 だからナイルは周りの兵達にこう叫んだのである。


 「アンタ達、リンドブルムの奴らがアタシの娘、ミリアーナを狙っている事がはっきり分かったわ! これは許し難き行為よ! だからこのアタシ、《ナイルの正義の刃》をアイツらに思い知らせるわよ、アンタ達!?」


 …………。


 《ナイルの正義の刃》


 意味

 ・トラブルの始まり

 ・勘違いである証拠

 ・ナイル様かわいい


 類似語

 ・そんな事ナイル

 ・女王の血筋

 ・ラドラインクルシナお姉さんがどんな問題もバッチリ解決してあげるから!


 …………


 さてそんなラドラインの常識を告げられた兵士達はこの様な確信を持つのである。


 (つまり、ミリアーナ様を狙っていないと言う事だな)


 と……。

 ただそう思う一方、こうも思うのである。


 (まぁ可愛いから良いか!)


 だから兵士達は大変微笑ましそうな表情を浮かべながらも。


 「「「おー!」」」


 そう声を上げ、右手を天に伸ばすのである。

 どこぞのシスターとはえらい違いではなかろうか?


 …………


 そんなどこぞのシスターはと言うと。


 「ロレンス君、やっと着きましたね! カラカスに」

 「あぁ……」


 何とカラカスの門の前までやって来ていた。

 何故クルシナとロレンスがカラカスにやって来ているのか?

 それは実に単純な理由であった。


 …………


 リンドブルムが進行する数日前の事。


 「ロレンス君、大変よ!」

 「……どうした?」

 「リンドブルムの軍がカラカスへ進軍する予定なんだって!? これはもしかしたら、エドガー君とアレク君を連れ戻す気じゃ……」


 それは、ロレンスが教会で本を読んでいた時の事。

 クルシナが教会へ飛び込んできたかと思いきや、ロレンスの前に立ちそう叫ぶ。


 「知っている」


 ただそれは、とっくに町中で話題になっており、ロレンスは当然その様に答える。

 だが、そう答えた事は失敗だったかもしれない。


 「なら話は早いわ! ロレンス君、カラカスに行くわよ! アレク君やエドガー君を助けに!」

 「……んんっ?」

 「勿論、私達の命の危険はあるかもしれない。 だけど、ピンチになりつつある知り合いを見て見ぬフリなんて、メルシス教のシスターとしては見過ごせません!」

 (嫌な予感がするな……)

 「不安なのは分かるわ、でも大丈夫! クルシナお姉さんがどんな問題が来ようとバッチリ解決してあげるから! っと言う事で早速出発するわよ、二人を助ける為に!」

 「なっ!? は、離せ!? 俺は花壇の花に水やりを……」

 「ほらほら〜、遠慮せずに〜!」

 「くっ……」


 そう自分の想いを告げたクルシナは、苦々しい表情のロレンスの右手をガッチリ掴むと、強引に引っ張っていった。

 ただ、そう言いながらもロレンスはクルシナの力に逆らう事はしなかった。

 それはクルシナへの好意があったからに他ならない。


 (仕方ない、クルシナの奴に何かあって欲しくはないからな……。 それにアイツらも……)


 …………。


 そして現在……。


 「次の者、前へ」

 「…………」


 門の入り口にて検査をする兵士達の言葉に従い、ロレンスは静かに兵士達の前に立った。

 だが、ロレンスが無意識に放つ威圧感は兵士達にプレッシャーを与え、それは兵士に余計な警戒心を与えてしまった。


 「貴様、何者だ?」

 「神父だが?」


 ボディチェックを行う男性兵士はロレンスを睨みつけながらそう尋ねられ、堂々とそう答えるが。


 「嘘をつけ! 貴様の様に威圧的な神父がいるか!?」


 どうも兵士はその言葉を信じられないらしい。

 テキパキとボディチェックをしながらロレンスを睨みつけている。


 「あの、その人の言っている事は本当です!」

 「うん? 何だ貴様は?」


 そんなロレンスをクルシナのお節介は黙って見ていられなかった。

 その為、男性兵士の前に立つと、純粋で一生懸命な瞳でこう訴える。


 「確かにロレンス君は、見た目から警戒するかもしれませんよ。 まぁ威圧感ありすし、友達少ないですし……。 でもですね、こんな姿でも花壇の植物の世話をするのが趣味なんです! こんな姿でも料理や裁縫が凄まじく上手い人なんです! 威圧感ありますけど!」

 (クルシナ、お前は俺の事を可哀想な奴とでも言いたいのか……)

 「だ、だがそれだけでは……。 ほら、それにこの男、貴女が助け舟を出しているのに、不愉快そうな表情を浮かべてますし、怪しいではありませんか!?」

 「では、この人は神父であると私が保証します! この私、シスタークルシナが!」

 「!?」


 名前を告げたその瞬間、男性兵士は驚きの表情を浮かべた後、直ぐにその態度を変えた。

 まるで媚を売る様な丁寧な口調と笑顔を浮かべて……。


 「わ、分かりました! お二人とも、どうぞ、お通りください」

 「ありがとう兵士さん! もし困った事があれば、街にいるので遠慮なく相談に来てくださいね!」

 「わ、分かりました! ではどうぞ、早く」


 そして門を通り抜けるクルシナは、そんな兵士の態度を嬉しそうにロレンスに告げながら歩いていく。


 「ロレンス君、私の名声は他国まで広まっている様ね! やはり、人の為に何かをすれば救われるのね……」

 (クルシナ、それは多分違うと思うが……)


 そんな二人の背中を見送る男性兵士に女性兵士がこう尋ねる。


 「い、良いんですか!? あの二人を通して!?」


 それは、危機的な状況に近いからこそ告げた発言であったが、そんな女性兵士に対し、男性兵士は哀れみの視線を二人の背中に送りながらこう答えたのだ。


 「あれは、商人達がよく言っているリンドブルムの呪われたシスターだ……。 聞いている容姿ともピッタリだしな……」

 「えっ!? あの長く話したら不幸に取り憑かれると噂の!?」

 「あぁ……。 そしてあの神父は、そんなシスターの呪いが広まらない様、わざと話し相手になっていると噂の神父だろう。 だからあの様な威圧感が……」

 「なるほど……。 立派な神父さんですね……」


 それは噂話とは言え、クルシナの悪評が広まっている事実を証明していた。

 だが幸か不幸か、その事をクルシナは知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る