第12話

 さて、偶然再開してしまったアレクをどうするか?

 それがエドガーが考えていた事であった。


 (逃げるか?)

 (消すか?)

 (記憶喪失にするか?)

 (拉致監禁するか?)


 だが、彼がまず考えついた案の半分以上は物騒なモノであり、成功する可能性は極めて低いモノだった。

 と言うのも、アレクは抜群の運動神経と非常に高い戦闘能力を持っており、それは実戦訓練を長年受けていたエドガーが手も足も出ない程。

 だから力技に出た所で、失敗するのは目に見えているし、逃げ出した所で直ぐに追いつかれる、その為それらの案は使えないのだ。


 「あ、兄上……。 お願いが……」


 だが、新しい案を考える間にも時間は過ぎていく。

 そんな沈黙を破るかの様に発したアレクの不安そうな言葉がエドガーに向けられ始める。


 (マズイ、このままアレクのペースに飲ませる訳にはいかない!)


 そう思ったエドガーは、アレクの肩に手を乗せ、言葉を遮る様にこう訴えた。


 「アレク、明日の夜、ここに来るんだ! お前に伝えなければいけない事がある! それじゃ!」

 「あ、兄上!? 兄上!?」


 そしてエドガーは先の事も考えず、その場から逃げ出した。

 それはとっさに口から出た無計画なモノであったが、結果的にアレクは追って来ず、エドガーは逃げる事に成功した。

 だが、残されたアレクはと言うと……。


 (あ〜……兄上、兄上、兄上〜!? かっこいい、カッコいいでありますよ〜!? やっぱり兄上は至高の宝であります!)


 興奮を超えたかの様な表情を浮かべ、地面をゴロゴロ転がっていた。

 そう、アレクは重度のブラコンなのだ。

 しかし、そうである事をエドガーは知らない訳であるが……。


 …………


 その頃。


 「…………」


 天井にぶら下がる魔石ランプの灯が、殺風景な一階を照らす中、リアナはテーブルに座って一冊の本を読んでいた。


 タイトルは『何故、疫病神に取り憑かれるのか?』

 ややオカルト寄りな内容ではあるが、そんなタイトルが彼女の興味を惹き、読ませるに至っている。


 そして、その何重にも重なる紙の束を四ページめくった時であった。


 「リアナさん!」

 「んっ?」


 入り口の扉が強く音を立てて開いたと思えば、慌てた様子のエドガーが息を切らせて家に飛び込んで来たかと思えば。


 「一体どうすれば良いでしょうか……?」

 「…………」


 リアナに土下座し、エドガーはそう訴えた。

 その瞬間、リアナは全てを察した。


 (あぁ、見つかったんだな……)


 と……。

 だから今、リアナはエドガーを不愉快そうな目で見下ろしている訳だが、彼女は念のため助言は用意していた。


 「ラドラインに引っ越せば良いだろう」


 それは最もな発言ではあるが、そこにはリアナが知らぬ大きな欠点があった。


 「その……、少し前にそんな話があったのですが、その時ミーナさんが私の祖国であるリンドブルムに引っ越したいと……。 どうもラドラインには引っ越したくないみたいなのです……」

 「…………」


 土下座したまま顔を上げたエドガーの言葉に、リアナは右手で目を覆った後。


 (あの疫病神めぇぇぇぇ……! せっかく私のグータラ生活を台無しにして……。 あぁぁぁぁ、私は厄祓いでもしてもらうべきなのか!?)


 自身の怒りを態度に示すかの様に、頭を掻きむしった。


 「あの……リアナさん、大丈夫ですか?」


 そんな様子に心配するエドガーであるが、ミーナに対する不愉快さが高まっていたリアナは。


 「しばらく口を閉ざせ……」

 「は、はい……」


 八つ当たりする様に強く怒りを込めた声をぶつけ、エドガーを怯えさせる。


 だが、怒りを持つと同時にリアナはこの状況をどう打開するか?冷静に考える一面も持っていた。


 (しかし、疫病神を追い払う事が出来る良い策がダメになったとなれば、一体どうするかだな……。 出来れば、楽して良い結果を出したい所だが、さぁどうするか?)


 そしてリアナは右足を貧乏ゆすりしながら考え込始める。


 (リアナさん、貴女だけが頼りなんです……)


 エドガーが正座し、リアナを見つめる部屋の中、ギシギシと木の床を揺らす足の音が部屋の中を包む。

 

 そんなギシギシ音が徐々に徐々に早くなっていき、それが最高潮に達した時。


 「一つ手が浮かんだぞ、愚策ではあるがな……」


 エドガーにそう告げたリアナの貧乏ゆすりはピタリと止まった。


 「り、リアナさん、作戦とは?」


 エドガーは息を呑み、やや前のめりになる。

 それは、エドガーの期待の度合いを態度に示している訳だが。


 「それは、お前自身がアレクセイを説得する事だ」

 「えっ!?」


 その内容は、エドガーの期待を裏切るには十分であった。

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