第2話 大東の戦い

 帝国の数による攻撃を抑えきれず、江奈を指揮官とする大和王国軍は西と東の防衛線を突破され撤退せざるを得なかった。

 逃れ着いたのは、北西の地である東大州の青垣砦だ。


「失礼します!!」


 砦の会議室に入り、兵の配置などを検討していたところで1人の兵が室内へ入ってきた。

 帝国の状況を調査しに行っていた者からの報告があったようだ。


「報告、お願い」


「ハッ! 申し上げます! 帝国軍は西と南からの軍が合流、数日中にはこの砦へ向けての進軍を開始する模様です」


「そう……」


 室内に入ってきた兵は、江奈だけでなく会議室にいる隊長たちにも聞こえるように報告をする。

 西と南から攻め込んで来た帝国軍は、逃げた王国軍を追いかけるべく合流したようだ。

 元々数による力押しを得意とする帝国軍が、更に倍以上の人数になってここの地へと襲い掛かってくるということになる。


「どういたしましょう?」


「我々には選択肢はないわ。最後まで戦うだけよ!」


「おぉ!」「その通りだ!」


 数に圧されてこの砦まで逃れてきたと言うのに、それが倍以上になるということはどう考えても勝ち目がないということだ。

 報告を受けた室内の兵たちは、指揮官である江奈の方へと視線を向ける。

 その視線を受けた江奈は、悩むことなく迎撃を選択した。

 指揮官の力強い言葉を受けて、兵たちは改めて気合いが入ったようだ。


『そう、私たちは戦う以外に方法がないのよ……』


 悩むことなく答えた江奈だったが、内心では少し違う考えをしていた。

 大東州は大和王国の最西北に位置し、水元家の管理する地域の中で1番大きい州だ。

 南側は茅塚山と田矢山と呼ばれる高い山が連なっており、そこを越えることはかなりの労力を要する。

 帝国もわざわざ山を越えて、この砦の背後から攻め込むというようなことはしないだろう。

 しかし、それを言いかえるならば、自分たちも山を越えて逃げることはできないということだ。

 海に面している北や東から逃げようにも、他の地へ逃れるには数日はかかる。

 残っている国民は兵も合わせて300万人程、とてもではないが国民全てを連れて逃げることなど不可能。


『私だけでも……』


 ならば、自分と数人の者たちだけでも逃げるという選択も取れない訳ではない。


『……それは無理ね。逃げて生き延びたとして、もうこの国に戻ってくることなどできない』


 しかし、それは国民を見捨てて逃げたということに等しい。

 もしも生き延びてこの国を取り戻そうと動いたとして、生き残った国民からすれば帝国と大差ない存在として反発が起きるだろう。


『それに私は逃げるつもりはない!』


 民を見捨てて逃げるということは、王にとってあってはならない。

 それは、王族の血を引く公爵家の人間にも伝えられている言葉だ。

 元々江奈には民を見捨てて逃げるつもりはない。

 そんなことするくらいなら、最後まで戦って滅亡するのを選ぶ。

 結局の所、江奈の中では先ほども言ったように戦うことを選ぶ以外選択肢はなかった。






◆◆◆◆◆


「ハハハッ! やつらまだ戦うつもりみたいだな」


「いいじゃないか。これでまだまだ人が殺せるんだ」


 王国軍が東大州の青垣砦に入ったことは、当然帝国の耳にも入ってきた。

 その知らせは兵たちにも伝えられ、攻め込むための準備が開始されていたのだが、その中で兵たちは雑談のように王国軍のことを話し合っていた。

 数の差は圧倒的のため、彼らは負けるとは思っていない。

 勝つのは当然のこととして、どれだけの人間を殺せるかということを楽しんでいるかのようだ。


「おいっ! お前ら!」


「「ハ、ハイ!」」


 2人の兵が話していたところ、軍を率いるエレウテリオ将軍が姿を現す。

 強い口調で呼ばれた2人は、次の戦いに向けての準備をしている時に、雑談をしていたことを咎められると思って恐縮したように返事をした。


「何人殺そうが構わないが、指揮官は生け捕りにしろよ」


「りょ、了解しました!」


 どうやらエレウテリオは、咎めるために話しかけて来たのではなかった。

 敵の指揮官として有名な、江奈のことを指示してきた。

 最後の公爵家のため、捕まえて大良の時のように衆人環視のもと処刑することで、生き残った王国の国民に帝国へ抵抗する気力を奪うつもりなのだろうと2人は考えた。


「あれは俺が味わうんだ」


「ハ、ハハ……」「そうですか……」


 次にエレウテリオが言った言葉を聞いて、2人は考えていたこととは違う理由だと分かった。

 敵の指揮官のことを、単純に女として見ているのだ。

 エレウテリオはにやけた笑みを残して、この場から去っていった。

 2人の兵は愛想笑いのようなものしか返せず、去っていくエレウテリオの背中を眺めることしかできなかった。


「若干羨ましいな」


「見た目が良かったからな」


 エレウテリオがいなくなってから、2人は小さく呟く。

 30代前半のエレウテリオが16歳の少女を狙っているなんて、はっきり言ってロリコン野郎と言いたいところだ。

 しかし、その気持ちも分からなくない。

 敵の指揮官として標的になっている水元公爵家の当主の江奈は、今でもかなりの器量をしている。

 数年経てば、更に美人になることは分っている少女だ。

 そう考えると、羨ましく感じた。


「飽きたら俺にも分けてくんねえかな?」


「無理だろ。あの将軍に壊された女は数多いって話だぜ」


「そいうやそうだな」


 エレウテリオが女好きだというのは有名な話だ。

 彼の場合、帝国領土を広げるために進軍しているというより、女を手に入れるために攻め入っているのではないかと思えてくるほどだ。

 そして、手に入れた女性は壊れるまで性の相手をさせられ、壊れれば始末するということが有名になっている。

 せめておこぼれでもと考えていたが、2人は彼の女癖のことを思いだし、それを期待するのは無駄だと理解したのだった。






◆◆◆◆◆


「来たわ! 迎え撃つのよ!」


「「「「「おぉっ!!」」」」」


 3日後、帝国軍は青垣砦に攻め込んで来た。

 その動向は斥候によって分かっていたため、江奈たちは準備を整えて待ち受けていた。


「進め!!」


 準備万端の様子の青垣砦を見ても、エレウテリオをはじめとする帝国兵は躊躇する事無く進んでくる。


「くっ! また国民を……」


 指示によって近付いてくる者たちを見て、江奈たち王国兵は顔を顰める。

 閉められた砦の門をこじ開けようと、攻め込んできているのは大和国民だ。

 帝国兵は、他の地域で捕まえた大和国民を奴隷化し、先兵として送り込んできているのだ。

 奴隷紋を付けられ抵抗することのできないため、彼らが攻め込むしかないということは分っている。

 しかし、江奈たちからしても、国を守るために最後まで諦めるわけにはいかない。

 そのため、同じ国民による戦いが続いている状況だ。


「ハハッ! いつまでもつかな?」


 奴隷を向かわせて、帝国の者たちは高みの見物と言ったように見ているだけだ。

 同国民同士の戦闘に、エレウテリオは楽し気に眺めていた。






「フフ……」


 王国と帝国の戦闘を離れた丘の上から眺める存在がいた。

 黒い装束に身を包み、顔には何かの魔物の頭蓋骨を被って顔を隠している。


様」


「あぁ……」


 その人物の背後に、1人の男がどこからともなく姿を現す。

 現れたのは、黒いモーニングのスーツに身を包んだ色白の年齢不詳の男。

 その男が言ったように、戦場を眺めていたのは5年前にダンジョンに閉じ込められた司だった。

 男の言葉を受けた司は、戦場を眺めるのをやめて踵を返した。


「行動開始だ!!」


 何を考えているのか分からないが、男に付いて行く司は、その場から消えるようにいなくなっていったのだった。


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