第8話 近況編① リーフからZ34へ

ワシが、たった2年で「リーフ」を売って「Z34」を再購入した大バカものです

                                 詩川貴彦


「 プロローグ」


「もう我慢ならねえ。偉そうにあおってくる派手な顔のミニバンが。直線だけは速いスポーツカーもどきが。でも一番許せないのは、アクセルを踏むたびに電気がどんどん減っていくので気を遣ってトロトロしか走れないこの電気自動車だ。」

            (田中光二先生著「白熱」より無理矢理引用しました)


 平成26年の暮れも押し迫った12月23日のことでした。

「ワシ、またZを買わせていただきます。この条件で契約します。」 

 ワシは、とうとう我慢できなくなって契約書に判を押しました。リーフを売ってZ34をまた買うことにしたのです。同じ車を二度も買うなんて、アホにもほどがあるなあと自分でも思いました。しかも仕事が年末で忙しくて、その割に給料が安くて、こんなことしている場合ではなかったのですが、またさらに貧しくなるの目に見えていましたが、とにかくワシは、「リーフ」の5年契約の残価設定ローンを無理矢理解約し、その時売ってしまったフェアレディZ34を再び新車で買うことにしました。この際なので、バージョンSTの6速マニュアル車のリアスポ付きにしたのです。どうせローン組むのでいいやと思って、この際なのでまったく後先考えずに、一番欲しかった仕様にしたのです。悪魔のZと同じミッドナイトブルー(ダークブルーメタリック)です。

 

 思い起こせば2年前の10月のことでした。

 ワシは近所の電気屋さんに勧められて、全く必要がなかったのに屋根にソーラー発電を取り付けることになりました。そのときワシは、何を血迷ったのか、たまたま知ったリーフを蓄電池として利用して停電や災害や、それから深夜電力の有効利用で電気代がとっても節約できるという「リーフtoホーム」というシステムがええなあと思いました。それからいろいろ考えたあげくに、予算と置き場の関係で、ほとんど乗っていない、発売されて実車も見もせずに買ってしまったポリバケツ色(プレミアムルマンブルー10万円高)のZ34(バージョンT7AT)を下取りに出すことにしました。乗る機会もめっきり減って車庫にカバーかけてしまってあり、この手の車はもう卒業しようと思っていました。

そしてシルバーのリーフが10月の下旬にやってきました。車庫に充電設備をつけるために、家の電気を200Vに変更するなど、けっこうな大工事になってしまったのですが、それは想定内ですのでいいとして、深夜電力で充電するプランにして、リーフに乗り始めました。最初は物珍しさもあって、それなりに結構面白くて便利だと感じていました。どんなに走ってもガソリン代はかからないし、電気代もあまり気にもならないし、それから当時は日産に行って充電すればただでしたので、ドライブついでにちょっと寄って充電させてもらって、30分ぐらいかかるので、その間にコーヒー飲ませてもらって雑談して、実際にやってみるとけっこう新鮮で楽しかったと記憶しています。最初はね。。

 ドライブモードにしてアクセルを踏み込むと「キーン」と新幹線のようなモーター音を発して加速するのですが、これが速いのなんの。Zほどではないにしろ、少々の車には絶対に負けまへん。

 スマートフォンと連動してエアコン入れたり、充電完了を知らせてくれたり、ああ未来に一歩近づいたなあって思っていたりもしました。たしかにちょっとは良かったんですよ。リーフとの生活は。ちょっとはね。

 しかし、いいとこもあれば必ず悪いところもあるのが世の常です。何より我慢できなかったのは、電欠が気になって思うように走れないことでした。加速、上り坂、そういう高負荷の状態では電気がどんどん減っていくのです。電池の残料計が、あと100kmあるからってもまったく安心できません。道路は生き物ですから登りもあれば下りもあります。ちょっと加速したりエアコン入れたりしなければならない状況は当然訪れます。

 そのたびに、というか想定外に電気がどんどん減っていくのって、すごく気になるし胃に悪いし、何よりも不安でたまらない。電池なくなったら停止するしかないのですから。しかもスタンドに行ってちょこっと給油するわけにもいきません。充電ステーションを探して、やっと見つけて急速充電しても30分はかかります。その時、別のリーフが充電中ですぐには充電できない状況も何度かあって絶望的な気持ちになったこともありました。急いでいるのに(泣)

なにせ誰も初めてなんですから。電気自動車って。しかも当時は今よりももっと充電設備も少なかったので、出先でちょっとなんてことも難しい状況でした。それから充電器があっても適合しなかったのであきらめたことや、ディーラーが休みで充電器が使えなかったことなど負の経験を掃いて捨てるほどしたものですから、電欠が怖くてしかたない。だから結果として、どんなに後ろから煽られようとも、電池の残量を気にしながらトロトロ走るしかない!のでした。

 下りでは「回生ブレーキ」がかなりの効率で充電してくれるから安心であります。と思っていたら、こいつをフルに使うと(アクセル全閉ね)けっこうな下り坂にも関わらず、どんどんスピードが落ちる。それからしまいには停止してしまいますので、アクセルを全く踏まない(電池を全く使わない)というわけにはいかないのでありました。こんなことしていたら充電する前に追突されて死にますって。だから下りでもアクセルに脚をのせて、電気をちょっとずつ使いながら走っていきますので期待したほど充電できません。エネルギー保存の法則というのがありますので、登りで使った電気は同じ高さまで下ることで補充できるはずですが、実際のは摩擦力とかいろいろ損失がありますので、実際は必ずマイナスになります。つまりどうあがいても電気はどんどんどんどん減っていくわけであります。

 エンジンという熱源がないので、夏場は意外なほど冷房が効きます。しかしこれが仇となって冬場は寒くてたまらない。仕方がないので暖房いれます。するとこいつがまた電気を食うのです。ワシのリーフは初期型だったので、ヒートポンプエアコンではなくて、電機ストーブと同じような原理で熱を作り出すわけですから、そりゃあ電気を使うにきまっています。仕方がないので厚着して、暖房なんか使わないで、バッテリーの電気を使うので走行距離にあまり影響しないシートヒーターだけをつけて、ブルブル震えながら乗っていました。ワシ一人ならそれでもいいのですが、同乗者がいるときはそういうわけにはいくはずがありませんので、冬場はあまりリーフを使えませんでした。実際。

 実際、急速充電すると30分で満タンになるのですが、航続距離は性能表示の250キロにはまったく届かない180キロぐらいでした。いくら頑張って家で一晩かけて充電してもこのくらいの走行可能距離しか表示されません。仕方がないので、気を遣って電気を節約して、アクセル踏まずにミニバンに追いかけられて、ちょっと速い軽には道を譲って、ヒーターなんかもってのほかで、クーラーは熱中症になりそうなときだけちょこっと使って、ほいでもって我慢して我慢して地球環境のことだけを考えて我慢して、何より途中で電気か切れて止まってしまったらしゃれにならなくて、我慢の連続、ストレス蓄積、もうええかげんに地球環境のことなんか考えている場合じゃあない。この未来カーに乗ることが苦痛になるのに半年もかからなかったと思います。

 確かに悪い車じゃあなかったと思います。もう少し小さくて小回りがきいて、もう少し航続距離が長くて、もう少し充電時間が短くて、ついでにもう少しスタイルが良くて、そういうリーフならまだ使い勝手が良かったのではないかと思います。ようするにワシごときでは、日産が世界に誇る電気自動車リーフの長所を引き出せなかったのです。ついでに短所ばかりが目について、もっとゆったりと暮らしていけるような、時間とお金と生活に余裕がある人なら、上手に使いこなせたのだと思います。

 電池が切れそうになって出先でやっと充電器見つけて、充電しようとするでしょう。そしたら必ず先客が充電しているんです。そのおっさんには何の恨みもないのですが、やっぱり

「早うせえ。」とか絶対に思ってしまうんです。ワシは人間が小さいですから。リーフにさえ乗ってなかったら、この見ず知らずのおっさんに怒りを感じることなんか絶対になかったはずです。

 疲れた。もう疲れました。リーフを所有し日常の足として使うことに疲れ果ててしまいまして、たった2年で。あと3年は乗らなければならなかったのに、ワシはとうとう根を上げてしまいました。

 ワシはリーフを手放すことにしました。それから、もう自分らしくないことは絶対にやめようと心に誓いました。ワシは、リーフを売って、Z34型フェアレディZを再び側に置くことにしました。つまり二年前とまったく逆のことをしたわけです。普通に考えたら、バカにも程があるといったところでしょうか。

 お金のことやローンのことや、この売買によって生じた金銭的な損失のことなど、心に重くのしかかることは死ぬほどありましたが、気持ちは意外なほどスッキリしていました。常識的に考えれば最悪の判断です。それでもワシはリーフを売ってZを買い戻さずにはおられなかったのです。ワシのわがままという一言では片付けられないことでした。それは大げさに言えばワシのアイデンティティの問題でした。リーフにできなくて時代遅れのZにできること。それは持ち主に勇気と若さとそれから所有する誇りや喜びを与えてくれるということだと思いました。


それからひと月後の2月の冬晴れの日曜日のことでした。

 ワシは、それでもお世話になったリーフを洗って、約60キロ離れた隣の県の日産プリンスに行きました。

 Z34の納車の日でありました。こうやってのんびりと乗ってみるとリーフもそんなに悪い車ではありません。海の見える場所に止めて最後の写真を撮ったり、次のオーナーにも可愛がってもらえるといいなあと思ったり本当に未練たらたらで日産に着きました。

 なじみのセールスさんが笑顔で出迎えてくれました。それからその向こうに、ミッドナイトブルーのZ34がうずくまっていました。

 これです。この雰囲気です。どう猛な野獣が獲物を狙ってうずくまっているような姿。速い車だけが持つ独特のオーラ。見ているだけで魅せられてしまうような凝縮感。Zです。間違いなくワシのZ34です。

ワシはリーフにお別れを言って、リモコンキーやら充電器やら書類やらを返しました。それから簡単な手続きをしてZのキーを受け取りました。

 ドアを開けると、ガラスがスッと下降します。機密性を保つためのパーシャルダウンウインドウです。低いシートに腰を下ろしてから足を入れ静かにドアを閉めます。ガラスがすっと上がりウエザーストリップに密着します。

 電動シートを合わせて、シートベルトをして、少し重めのクラッチを奥まで踏み込んでから左手でスタートボタンを押します。

ククククッという感じでセルモーターが短く動いたら、Zの心臓、3,7リットルV6エンジンがごくあっさりと始動しました。これです。この音です。この雰囲気です。ワシは久しぶりに気持ちが高揚するのを感じました。

ワシはZに乗って帰路につきました。2年間のブランクがありますから、Zもワシも慣らしが必要でしたので、海岸沿いの国道を法定速度+αでゆっくり流していました。こうやってゆっくり流してもZはやっぱりいいです。ワシはのんびりとZのエンジン音を聞きながら幸福感に浸っていました。すると・・・。

来ました。こんなに早く遭遇するなんて。いかつい顔の黒い巨大なミニバン。ぐいぐいと迫ってくるのがルームミラー越しに見えました。けっこう飛ばしているのがわかりました。

 待っていました。この瞬間を。Zの戦闘能力を試すのにはまたとないチャンスがこれまたごくあっさりと訪れてしまいました。これまで散々リーフをあおってくれたア〇ファード。もうやるしかないでしょう。Zなんですから。

 ワシは、4速にシフトダウンして落として加速体制を整えました。これが噂のシンクロレブコントロールです。自動的にエンジン回転を合わせてくれるので、すっとギアが吸い込まれるようです。ワシのヘタクソなダブルクラッチなんか必要ない。

気分は湾岸ミッドナイトの悪魔のZですよ。ワシは久しぶりに「この瞬間のために生きてるな。」と思ってしまいました。さあこい、ブラックバード。ワシはルームミラーをちらっと見て、距離を確認してからZのアクセルにそっと足をのせ、いつでも加速できる体制を整えて待ちました。

 ところがですね。いっそ来んのですよ。あのア〇ファード。

 車間距離を保ったまま大人しくついてくるじゃあありませんか。どうしたん。らしくない。いつもの傍若無人ぶりはどうしたんかいのう。

ワシは、そのままゆっくりと(法定速度+αくらい)ずーっと走っていたのですが、ずーっとついてくるだけなのです。ワシはさすがに悪いと思ったので道の駅に寄りました。

 Zは1840ミリの車幅があるのですが、長さはフィットぐらかありませんので駐車はけっこう楽勝です。しかもバックモニターがついているので思ったより使いやすい。

 それからワシは、少し離れてZを観察しました。

 マイナーチェンジでフロントのデザインが少し変わりデイライトが組み込まれています。ホイールのデザインもニューでぶっとい超扁平タイヤと赤いブレーキキャリパーがよく似合っています。細部がちょこちょこと変わって完成度が増したようですけど、シルエットは、肉食の猛獣が獲物を襲うときのような、全身の筋肉をぐっと縮めて身を伏せているような、そういうオーラというかシルエットはまさにZです。


「エピローグ」

あれから2年になりました。ミッドナイトブルーのZは、走行距離3000キロちょいで、あまり動く機会もなく、日頃はガレージの隅にカバーかけて眠っています。

 ガレージから出るのは、点検に行く時と、一人でちょっとドライブに行くとき、それから超扁平タイヤが変形しないように時々エンジンかけてその辺を30分ぐらいちょろっと走る時くらいです。

 それでも、ハイオク使用で税金もバカ高く、けっこう維持費がかかります。

 出したら出したで、どこに行くにも気を遣います。店の前にポンと駐車するなんてことは恐ろしくてできません。戻ってきたらカバーかけるために洗車というか、最低でも毛羽たきで汚れをさっと払ってカバーかけてガレージに入れておきます。

 はっきり言って面倒くさい。運転だってオートマの軽のように楽ではありません。体力というか気力が必要です。

でもね。Zは何かを与えてくれる。圧倒的な加速力やコーナーリング性能、コーナーの途中からでもアクセルを踏み込むと路面をぐっとつかんでグイグイ曲がっていくハンドリング。たいがいの車はこの状態のときについてこれなくなって離れていきます。

 車に対する見方や考え方は、人それぞれですので、何がいいとか悪いとか、そういう判断は一概にはできないと思いますが、Zからしか得られないものがありまして、それは私に元気や勇気ややる気やロマンをたくさんたくさん与えてくれるのです。

 はっきりいって自己満足の世界だと思いますが、車ってそういうことも大切なんじゃあないかと思ったりします。

 リーフの時は、その立ち姿に見とれるなんてこともなかったし、嬉しくて真夜中にガレージに見に行くなんてことは絶対にありませんでした。

 それから、ファッションまでこだわるようになって、Zに乗るときの服、シューズ、サングラスなどなど、買ったり昔使っていたのを引っ張り出したりでもう大騒ぎでした。

自分の世界に浸れる車。けっこう酔いしれるクルマ。それが今ガレージに泊まっている、慣らしも満足に終わっていないミッドナイトブルーのZ34です。確信しました。

 それから、ずいぶん無理して死ぬ思いで買ったけど、ずいぶん節約するようになったけど、それでもいいんだと、買ってよかったと、後悔する暇もないと、それがZを所有することだったんだなあと思っています。Zのおかげでワシはまた貧乏になりましたが、わしはZが大好きです。わしは、歳をとっても、Z34を乗りこなす粋なじいちゃんになりたいなと思います。

 


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