第1話 無知

 今日も王国は、とても平和。

 澄んだ青空に浮かぶ雲は緩やかに流れて、窓の向こうは穏やかに広がっている。

 この国の豊かさは、夢の世界のよう。

 争いも、災害も、無縁。

 城の塔から見える街も旗飾りや花飾りに溢れて、活気ある空気を感じる。たまに視察を兼ねて馬車で行く通りは賑わっていて、そこに暮らす人々の顔も幸せそうだ。

 王である父が、宰相たちと、懸命に治めている国。


 15年くらい前までは、貧しさから逃げられない民も多かったという。

 飢えと病に苦しめられ、一歩前には死があったのだと。

 雨が多く、薄暗く、冷たい風が吹く国だった。

 休まず働いて育てた作物も豪雨に流され、雪に閉ざされ、殆どが残らない。そんな国だったらしい。

 そのころの王は、我が父ではなかった。

 父の、歳の離れた兄だった。

 私が生まれる前に亡くなって、辺境の砦にいた父が王になるようにと、呼び戻されたという。そして、私が生まれた。

 前王が暗愚だったとは、誰も言わない。けれど、病で亡くなったという、伯父上について、誰もが口を閉ざす。俯いて。唇を噛んで。額を蒼く染めて。だから、どうして国が荒れていたのか、私は知らない。知らなくても良いと、皆が口を揃えて言う。正しく国を導く方法さえ学べば、大丈夫だからと。


 今では皆が父を褒め称えてくれる。

 父は敬虔で、民と国を愛し、その愛を神に誓っているのだと。

 祭礼を欠かさず、儀典を重んじ、無私の心で国政に臨んでいる王だと。


 父が立派に義務を果たしているのだから、私も、そうしなくては。

 私は、いつか女王になる。

 父と同じように、この国を守る者となる。そして導かねばならない。さらなる繁栄へ。

 皆が喜んでくれるから、私は一生懸命に学ぶ。


 だけど、知らなかった。

 この国の栄華が、まさか、あんなおぞましいことで成り立っていたなんて。

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