第1話 黎明の少年

 道端に死体が寝そべっているのは当たり前で、それに蠅がたかっているのも、生ごみをカラスが食い散らかしているのも、毎日誰かが誰かを殺して盗んで犯して攫っているのも当たり前で、それでいて何故か新しい命が産声を上げるのが当然の、そんな腐敗した町で彼は育った。

 その日も、彼は人を殺していた。使ったのはナイフだった。数日前に彼を殺そうとした男が持っていたナイフだ。凶暴な野犬の縄張りに誘い込んで、襲われているところを後ろから桑で殴り殺して奪ったナイフ。野犬は何故かいつも、彼のことだけは見逃してくれた。きっと、どれが手強い獲物なのかわかっていたからだ。

 その日殺したならず者は、彼を攫おうとした。きっと人身売買が目当てだったに違いない。法の及ばない腐敗したこの町は、人という資源を調達するのにことさら都合が良かったから、車でやって来ては誰かを攫って行く、そういう奴らが沢山居た。

 何故殺したのか。珍しく、自分の身を守るためだった。いつもは食べ物や道具を奪うために殺す。子供も大人も関係なく。この前野犬に襲わせた男も、そいつの家の食料を盗もうとしたことがきっかけだった。

 明確に自分の身を狙って来る者たちが現れたことは、実に新鮮だった。きっと、その日が初めてだった。正当防衛だったとはいえ。

 殺すために人を殺した。初めて。

 拳銃や鈍器を備えた屈強な男たち。四人か五人か、それくらい。ちょっと鼻骨が折れた程度の怪我で、彼は連中を退けた。

 その殺人は、彼にとって運命的な出来事だった。

 鉄臭い死体に座って休んでいた。ナイフから滴る血を眺めていた。彼は生まれて初めて、自分の行いを反芻していた。

 殺意に身を委ねた肌と、脳と、鼓動の感触に酔いしれた。

 純粋な、透明な——殺意。

 とても印象的な夜明けだった。地平線の彼方から太陽が昇る、世界が光に満ちゆく神々しい夜明け。世界が、鮮やかに彩られていく素晴らしき光景。

 初めて世界の色を認識した。

 初めて血の赤い瑞々しさを意識した。

 人を殺す感触を、初めて忘れたくないと思った。

 自分を攫いに来たならず者たち。彼らがどこから来たのか、町の外にある世界を彼は初めて考えた。町の外にはきっと、同じような夜明けがいくつも待っている。

 やがて鼬瓏ユーロンと呼ばれる少年。彼は齢八にして、殺人の才能を自覚したのだった。




 獣は還らない

 CHAPTER.4


 赤い鼬



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