第五話

                第五話  英霊からの願いで

 その方は小さな丸い目、黒いざんばら髪で四角い目の下にややクマがある様なお顔、背は一七五あるかないかでがっしりとしておられる。スーツを着ておられるがこの方を阪神タイガースを知っている人で知らない人はおられまい。


              村 山 実 ! ! ! !


 最早伝説の方である。

 昭和三十四年に阪神電鉄からの出向という形で関西大学から阪神タイガースに入団し一年目から活躍し天覧試合においても見事な投球を見せた。オーバースローだけでなくスリークォーター、サイドスローから投げ練習の時は一五九キロを記録したという速球と恐ろしい鋭さと楽さを誇ったフォークそれにシュートを投げ常に全力で投げ続けた。

 その投法はマラソンランナーのそれに例えられザトペック投法と言われた、その投法で勝ち進み特に巨人との対決に執念を燃やしその中でも長嶋茂雄氏を終生のライバルと定め常に正々堂々と渡り合ってきた。

 監督兼任でも投げ続け名球会にも入りそれからも阪神の為に全てを捧げた人だ。阪神の長い歴史においてもこの人は特筆すべき偉大な阪神の選手だ。

 だがお亡くなりになった筈だ、拙者はこのことにいぶかしんだが村山殿ご自身が拙者に優しい笑顔で言われた。

「わしは英霊や」

「何と、お亡くなりになってもですか」

「その魂は甲子園にあって阪神を見守ってるんや」

 そう拙者にお話された、見ればお姿は少し透けていてかつ影はない。だがそのお心は確か二感じる。その村山殿が拙者にさらに言われた。

「それは他の阪神の選手の人達も同じやで」

「そうでござるか」

「戦前からの人も皆その魂は甲子園にある」

「そうして阪神を見守っておられるでござるか」

「そやで」

「実はわしも入団交渉の時に藤村さんに口説かれたぜよ」

 坂本殿も拙者に言われた、やはりその笑顔は眩しい。

「藤村冨美男さんにのう」

「あの初代ミスタータイガースにでござるか」

「そうぜよ、そして背番号を頂いたぜよ」

 あの藤村殿からというのだ、その背番号こそは。

「十番を」

「あの永久欠番の継承はそうした経緯があったでござるか」

「そうぜよ」

「そしてわしの背番号も知ってるな」

 村山殿がここでまた拙者に言われた、その笑顔は今も優しい。それは多くの真剣勝負を経てきてkられた方だからこそ得られる笑顔であろうか。

「それは」

「十一でござる」

「あの背番号がわしの背番号やが」

 それでもというのだ。

「その背番号を受け継いでくれるか」

「何と、拙者にござるか」

「そや、そうしてくれるか」

 拙者にこう言われた、村山殿からの直々のお言葉に拙者は思わず言葉を失った。心が震えた、雷に撃たれたとはまさにこの時の拙者のことを言うのであろう。坂本殿はその拙者にさらに言われた。

「おまんにはその力がある」

「拙者に十一番を継ぐ力がでござるか」

「そうぜよ、わしもそう思うし」

「わしもや」

 坂本殿だけでなく村山殿も言われた。

「そう思うからこそ来たんや」

「拙者の前にでござるか」

「そや、わしが言うんや」

 背番号十一を背負っておられた村山殿ご自身がというのだ。

「是非あんたにわしの背番号を継いで欲しいんだ」

「そして阪神においてでござるか」

「チームを勝たせて欲しい、そして」

「優勝でござるな」

 拙者はそこから先の村山殿が言われる言葉がわかった、もうそれ以外にはなかった。

「そして日本一を」

「それを果たしてくれるか」

「阪神のエースとして」

「そうしてくれるか」

「わしからも頼むぜよ」

 坂本殿も言われた。

「おまんには背番号十一を背負ってもらってぜよ」

「そうしてでござるな」

「エースとして投げてぜよ」

 そのうえでとだ、拙者のその目を見て言われた。村山殿も坂本殿もその目は澄んでいる。まるで琥珀の様だ。それでいて燃えるものがある素晴らしい目である。その目で拙者に対して語られている。

「優勝、日本一にのう」

「阪神を導くのでござるな」

「そうしてくれるか」

「あまりにも重い申し出でござる」  

 拙者は坂本殿そして村山殿にまずこうお答えした。

「拙者の様な若輩者が十一番を背負ってでござる」

「阪神のエースになってやな」

「優勝、日本一を目指すなぞ」

 村山殿にお話させて頂いた。

「あまりに重いでござる、しかし」

「それでもやな」

「拙者今感無量でござる」

 村山殿、阪神を代表する方から直接お願いされてだ。今の拙者は魂が震えて仕方なかった。その震えに事実涙を流しつつ村山殿に答えた。

「ならこの申し出是非」

「受けてくれるか」

「拙者でよければ」

 深々と頭を下げた、その間も拙者は涙を流し続けていた。前世で右大臣様を無事薩摩までお救い出来十勇士達と喜びを噛み締め合った時以来のことだ。

「是非共」

「そうか、ほなな」

「はい、阪神を優勝させます」

 そして日本一もだ、拙者は村山殿に約束した。そうして。

 契約の話を進めた、拙者は背番号十一を受け継ぎそのうえで阪神に入団することが決まった。拙者の運命は今大きく動いた。



第五話   完



                  2021・4・24

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