第15話 ワッショイ! 市民祭りは恋の予感?(前編)

 1年生の実習が無事終了し。


 入れ替わるように今度は2年生の病棟実習が始まった。何と2週間、正確には10日間行くんだって! たった2日間でもかなり疲労した夢歌さん、ちょっと気が遠くなった。

(でも、いきなりではなく、1年生のうちにもう1度、冬場に5日間の実習があるそうで。でも、一気に倍に増えるのは変わらないみたいです)

 

 なので、この時期学校にいるのは、3年生と1年生。普段実習でほとんど顔を見ない3年生と廊下ですれ違ったりすると、ちょっとドキドキしちゃう。

 2年生ほど関わりがなくて慣れていないこともあるけど、あんな大変な実習をほとんど連続でこなしている3年生って、すごいって思うし。

 あと半年ちょっとして、国家試験に受かったら、あの現場で働くんだよ?! 看護師なんだよ?

 

 実習に行って、リアルに看護師さんたちの凄さと大変さとを実感して、やたらリスペクトしてしまう夢歌さんを見て。

「でも、僕らも順調なら、あと2年と9カ月で看護師なんだけど」

「その2年が大きいよ! その2年を乗り越えてきているんでしょ?! 想像できない」

 ちょっとあきれ気味の歩君に反論する夢歌さん。やっと3か月が過ぎて、まだまだ先が見えなくて。

 でも、ぎゅっと濃密な3か月で。今までの一生で、受験勉強でもこんなに勉強しなかったかも、と思うくらい、毎日色々な課題が山積みで。

 

「ねえ、1年生の行事係さん、いますか? あとルーム長副ルーム長さんも」

 昼休み。

 3年生(名前は分からない)が呼びに来て。

「はい」

 ルーム長の真山奈央さんが返事をして。ちらっと夢歌さんを見る。

「はい、行事係です、私」

 クラス内で色々な委員や係が決まっていて、夢歌さんは行事係になっていた。

「他の人はいないのかな? じゃあ、連絡しておいてほしいんだけど。市民祭りの打ち合わせをしたいので、正副ルーム長と行事係は明日の昼休みと放課後、集まってください。なるべく出席お願いします」

 

 市民祭り? ああ、そういえば時間割に書いてあった。

 来週の土曜日だよね?

 

 歩君にツッコまれるので、最近は年間予定表も時間割もちゃんと確認するようになった夢歌さん。

 年度初めの係会でも、年間スケジュールに載っていたね、そういえば。

 何をするのかは、その時に改めて教えてもらえるって聞いていて、忘れていたよ。

(なんてのんきな夢歌さんだけど、主になって係の仕事を運営する2年3年の時には、そんなのんきなことは言えなくなっていた、後日談)

 で、翌日。


 市民祭りについての概要と係の仕事の説明がされた。

 

  栗白山看護専門学校があるこの近辺では、毎年7月半ばから8月前半にかけて、各地で夏祭りが開催される。栗白山市の市民祭りも、毎年7月第2もしくは第3土曜日に開催される。


 そして、ほぼ確実にそれは2年生の実習中となる。

 

「え? 実習の合間に、お祭りに参加するんですか?」


「そうなのよ。まあ、振替に月曜日がお休みにはなるけど、結構ハードだよ」


 1年前を思い出して、3年生の行事係長である時岡先輩が苦笑する。


 一応、卒業要件にかかる課外活動なので、出欠席も取るし、振替休みもある。一番大変な2年生は、この行事そのものが「地域コミュニティ論」の授業1回分の出席カウントになると言う。


「お神輿を担いで、3キロメートルくらい、市内を練り歩くんだよね。暑いし、クタクタになるよ。あ、ちゃんとスニーカー履いてくるようにクラスに伝えてね。サンダルやクロックスなんて履いていたら、豆ができて大変だよ」


 当日は、学校や学生自治会からも夕食や飲み物、おやつも支給され、同窓会からも差し入れがあるという。


「あ、飲酒も禁止だから。1年生はほとんど未成年だからもともと飲めないけどね」


 お祭りとはいえ、未成年が半数を占めるので、その辺りはきっちり機制されているという。

 

 すでに必要なものの準備は済んでいて(2年生が実習前に手配してくれてあった)前日までのお神輿やリアカーの整備や当日の食品の搬入などのスケジュール確認や分担を決めて。


「来週はっぴを配る準備もするので、都合のいい日を教えて」

 

 夢歌さん、オープンキャンパスで見せてもらった、学校の様子の映像に、学校の名前入りのはっぴを着た先輩たちが映っていたのを思い出した。


その映像に映っていた、先輩たちの楽しそうな笑顔も思い出し。


何だか大変そう、という気持ちから、何だか楽しそう、という気持ちにシフトチェンジされ。


ワクワクしてきた夢歌さんだったりする。

 

 

 

 そして、市民祭り当日。

 

 天候にも恵まれ……というか、快晴過ぎて、暑い。

 

 お祭りのメインは夜なので、この日も全体集合は午後3時だったんだけど。

 

 行事係は、12時前から集合して。


 というのも、お祭りのため、午後1時から学校周辺、交通規制で車が入れなくなってしまうのだ。

なので、注文した夕食やらなんやらをその前に搬入しなくてはいけない。


 飲み物のペットボトルだけは、前日搬入済み。あとは、コンビニのおにぎりや、ファストフードの骨なしチキンとか、ポテトだとか、手軽に食べられるもので、当日でないと用意できないものを受け取りに行ってきて。


「うわ、すごい量だね」


 リアカーに設置した大きなプラスチックケースに氷を敷き詰めて、ペットボトルを放り込んでいた歩君が、山ほどの箱を運び込む夢歌さん達の搬入を手伝ってくれる。


 こういうイベントの時って、男子の力がとってもありがたい。


 昨日も、お神輿に担ぎ棒を括りつけたり、その棒にさらしを巻いたりする時に、率先して作業してくれた。女子も人海戦術で対応しているけど、ボルトを締めたり、重い棒を持ち上げたりする時に、ひょいとやってくれて、ちょっと……結構かっこよかった。


 特に、社会人入学の男性。


 不破ふわ蓮人れんとさん、29歳。


 行事係じゃないのに、積極的に手伝ってくれて。現役の学生に比べたら年長だけど、がっしりした体格で、スポーツも得意で、……なんと元警察官! 思うところがあって、方向転換したそうなんだけど、イケメンだし頼りがいがあって、憧れている学生も多い。……でも奥さんも子供もいるけどね、実は。


 でも、既婚者なのにみんながキャーキャー言う気持ちも分からないではない。テキパキと采配を振るって、何を頼んでも笑顔で答えてくれるところなんて……うん、すてきだなって思う。


 まあ、歩君も、まあ頑張っていたけど。うん、頑張っていたし、見直したよ、実際。


 普段のチャラい感じは、まあ、そのままだけど。よく気が付くし、力仕事はすぐ変わってくれるし。


 この3ヶ月で、いいところ、たくさん見ちゃたし。

 

 

 ……うん、ちょっと、気になっている存在には、なったかも。

 

 荷物を運び終わって、笑顔で汗をぬぐう歩君を、ちょっとまぶしく見ている自分に、夢歌さんは気付いてしまった。


 うん、これはヤバイかも。


 ドキドキと心音も心なしか大きく聴こえて、歩君から目を逸らしたいのに逸らせない。

 

「夢歌ー! これどうすんの?」


 手伝いをしてくれていた他のクラスメートに呼ばれて、夢歌さんは何とか気持ちを振り切った。


「はいはーい、今行くー」


 クラスメートの元に向かいながら、深呼吸して必死で心臓を宥めようとするが。


「なになにー?」


 ちっとも小さくならない心音が周りに聞こえてしまわないように、大きく声を張り上げてみる。


 



 やがて、昼が過ぎ、集合時間を迎え。



 市民祭りが、始まった。

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