第37話 遠い日の約束

「ハイセンとエリシャ殿の子供だ。こんな戦争で死ぬことは許さん」


 ハイセンとはボルドの父親で、五年前にイスダリア教国との戦闘で戦死していた。現在、家督はボルドとは腹違いとなる兄が継いでいる。それにしても、軍部の最高位に座る人物がこの戦争をこんな戦争と表現してしまってよいものなのだろうかとカイネルは思う。


 もっとも、カイネル自身もボルドを無駄に死なせるつもりなどはなかった。


 そのためにもボルドの傍らには優秀な護衛兵をつけている。彼女であれば銃弾、魔法が飛び交う戦場でもボルドを守れるはずだった。勿論、それでも絶対ということはないのだったが。


 そんなことを自分がしていると知れば、ボルドは怒るのだろうか? 


 いや、考えるまでもなく、間違いなくあいつは怒るなとカイネルは思う。だが、例えボルドがどれだけ怒ったとしてもカイネルはボルドを死なせるつもりはなかった。


「わかっていますよ、父上。ボルドは私にとっても弟同然です。無駄に死なせはしません」


 カイネルの言葉を聞いて、ウィルクスは少しだけ溜息を吐いた。


「人族の地位向上か。あの子を再び前線に立たせたのは、それにも関係しているのだろう?」


 ウィルクスの問いにカイネルは薄っすらと微笑む。


「そうですね。それだけでことがなるとは思っていませんが、大事な一手だと考えています」

「人族か……」


 ウィルクスは座っていた椅子に深く腰掛け直すと、宙を見据えてそう呟いた。


「父上、私はエリシャ様と約束したのですよ。まだ小さいボルドをよろしくと。自分のせいで人族の血を引いてしまったあの子の面倒をこれからもずっと見てあげて、守ってあげてとエリシャ様に言われましたので」


 そうなのだとカイネルは改めて思う。ボルドのことだけではない。自分はエリシャ様の思いも託されたのだ。


「……エリシャ殿か。人族だったとはいえ、優しく聡明な方だった。それこそハイセンなんぞには勿体ないほどのな。人族の身でありながらも恵まれた環境にいる自分を常に恥じていた。そして、日々迫害される続ける人族には常に心を痛めてもいた」


 ウィルクスは遠くを見るような目でそう言いながら言葉を続けた。


「早くに母親を亡くしたお前をエリシャ殿は実の子のように可愛がってくれた」

「はい、今でも感謝しています。ボルドが生まれた時、弟ができたようで嬉しかったことと、エリシャ様を取られたような気がして嫉妬したのを覚えております」


 カイネルの言葉にウィルクスは愉快そうに笑った。


「人族の地位を向上させること。これはハイセンとエリシャ殿の願いだった」

「そうですね」


 カイネルは頷く。


「もっともあのウィルクスの言う通りにするのは癪でもあるのだがな。だが、志半ばで死んでしまったウィルクスの思いだ。それに何よりもエリシャ殿の願いでもある以上、それは汲み取ってあげたいと私は本気で思っている」


 ウィルクスの言葉にカイネルは頷いた。


「父上には感謝しております。この戦争を終える際と、さらにその後にも必ず父上の後押しが必要となります。その時は大いに力をお貸しください」


 ウィルクスは頷くと、その顔に笑みを浮かべた。その笑みの意味がわからず、カイネルは不審な顔をする。


「ボルドの兄、ロスラフも同じようなことを先日、言っていた。人族の未来のためにもボルドを、弟を頼みますとな」

「それは意外ですね。ロスラフはボルドにも、ましてや人族にも興味がないと思っていましたが」


 カイネルは自分よりも二つ歳上となるロスラフの顔を思い浮かべながらそう言った。


「母親が違うとは言え、あれはあれで弟のことを心配している。決してボルドを嫌っているわけではない」


 ウィルクスがそう苦言を呈するとカイネルは即座に反論した。


「知っていますよ。当然、ロスラフは私とも幼馴染ですからね。母親が違う弟に兵役の義務を押しつけたなどとは思っていません」


 カイネルの辛辣な言葉にハイセンは苦い表情を浮かべた。

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