第31話 後詰め

 「准尉、いよいよですかね」


 第四特別遊撃小隊で副官を務めているタダイに、タダイと同じく抜刀隊出身のホールデン一等陸兵がそう声をかけてきた。歳は三十歳になるタダイの五歳下となる二十五歳のはずだった。


「まあ、そうだろうな。ダリスタ基地を奪取したら、要塞都市グリビア奪還戦……決戦ってやつだな」


 思えば、自分と同じ竜人種であるホールデンとも長い付き合いになるとタダイは思っていた。自分が抜刀隊に所属していた頃からだから、丸三年か……。


 お互いによく生き残ってきたものだと思う。死線を潜り抜けたのは一度や二度ではない。そして、何の因果か死ぬことが前提となる小隊でも一緒になるとは……。


「准尉、俺たちは別にいいですよ。自分たちが死ぬことでイスダリア教国の奴らを殺せるのなら、命なんていくらでも投げ出すつもりでこの小隊に来ていますからね」


 ホールデンが言おうとしていることはよく分かる。

 この小隊に所属している者たちはイスダリア教国に大きな恨みを抱いている者たちだ。家族を殺された、仲間を殺された、種族全体を根絶やしにされそうになったなど、恨みを数え上げれば切りがない。


 自分たち竜人種にしてもイスダリア教国によって迫害されて、種族全体が絶滅の危機にあったのだった。


 そんな自分たちであれば例え死ぬことが前提だとしても戦う理由があるのかもしれなかったが、人族はそうではない。人族が死ぬためだけに戦う理由はないように思えた。しかもまだ子供なのだ。


「あいつらが命を投げ出さなきゃならない理由なんてない気がしますよ……」

「まあな。ただそうは言ったって、人族はこの国では三等国民だ。であれば、それなりの理由もあるんじゃないのか?」


 タダイの言葉にホールデンは首を捻る。


「だったら尚更ですよ。そんな三等国民なんかにした国のためにあいつらが命を投げ出す必要なんてないでしょうって話です」

「まあな。ただ彼らにもそれなりの理由があるんだろう。そして、それはきっと国のためなんかじゃない。でも、いずれにしても……酷い話だ」

「そうですよ。だって、まだ子供ですよ」


 ホールデンが苦虫を噛み潰したような顔をしてみせる。


 彼らは何を望んで自ら死ぬことを覚悟したのだろうかとタダイは思う。

 もちろん彼らの中にも近しい人をこの戦争で失った者がいるかもしれない。自分たちと同じようにイスダリア教国を恨んでのことなのかもしれない。


 そうだとすればまだタダイにも理解はできる。だが志願兵となった理由がそうではなかったら……流石に哀れすぎるのではないだろうか。

 タダイはそう思い、暗澹たる気分になる自分を感じていた。


「あんな子供を連れて行って、そこで死ねと言うんだ。俺たちは地獄行きだな」


 タダイは自嘲気味に言う。


「そうでしょうね。でも、俺はイスダリア教国の奴らを少しでも多く殺せるなら、地獄行きでも構いませんよ。種族の恨みを少しでも晴らせるのならね」


 ホールデンの言葉を聞いてタダイは、それに対して肯定も否定もすることもなく口を閉じたのだった。


 ……様々な思いが交錯する中でその日の夜、第四特別遊撃小隊に急遽、出撃命令が降った。それは後詰めとしてダリスタ基地奪還戦への出撃であった。





 二千の後詰め本隊と共に第四特別遊撃小隊は、夜半にジルク補給基地を出立した。二千の中に特別遊撃小隊はボルドたち以外に含まれてはいなかった。


 その時が来れば、第四特別小隊に在籍する志願兵の誰かが犠牲になるということか。あるいはその全員か。

 ボルドの口に苦い味が広がっていく。


「戦況はどうなのでしょうか」


 第四特別遊撃小隊で副官を務めている竜人種のタダイ准尉が呟くように訊いてきた。抜刀隊出身であるダタイはその背に身の丈近くある長剣を背負っている。


「先発している本隊にいた第三、第六遊撃小隊は戦端が開かれる前に、敵からの遠距離魔法でほぼ壊滅状態になったとのことだ。だとすれば、いきなり切り札を失って攻めあぐねているんだろうな」


 攻めあぐねていると言えばまだ聞こえがいいが、要はイ号作戦抜きではダリスタ基地を奪還する戦力がないということなのだろう。


「……死ぬ駒がいなくなったから、お前らが死んで来いということですかね」

「言い過ぎだ、タダイ」


 ボルドはそう諫めたものの、タダイと同じ思いを自分が抱いることを否定できなかった。


「少尉、分かっていたことですが、やるせないです」


「ああ……俺も同じだ」


 自分たちでどうにかできる話ではないのだ。だからこそやるせないのだ。

 どうにかしたいと思っても結局、思考は右往左往した挙句に彼らの思いを昇華させることにどうしても行きついてしまうようだった。


「タダイ、俺たちは彼らの思いを遂げさせる。それだけだ」


 今度はタダイが無言で頷くのだった。

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