第10話 それぞれの思い

「ハンナ一等兵、俺からも訊いていいか?」

「どうぞ。それと、ハンナでいいですよ」


 そう言って彼女はその端正な顔に微笑を浮かべた。


「何故、ハンナはこの作戦に志願したんだ?」


 ボルドの問いを受けて彼女は少しの間だけ考える素振りを見せた。


「私はエルフ種です。人族の境遇に同情はしますが、それ以上の感情は残念ながら何もありません。でも、種族に関係なく子供が戦地で過酷な運命を担うとなった時、私の中でその話は別でした。彼らの過酷な運命を私には変えてあげることはできないけれども、彼らが決意した過酷な運命を全うするための力になりたいとそう思ったんです」

「……そうか。率直な意見だな。それにハンナ、君は優しいのだな」

「ふふっ。少尉、多分あなたも優しいんですよ。理由は知りませんが、片腕で戦場に立とうというのですからね」


 ハンナはそう言って一礼すると踵を返した。

 ボルドは一つ大きく溜息を吐くと、椅子に腰を下ろした。ハンナとの会話を終えて心がざわついていた。


 自分は何故ここに来たのか。

 自分は彼ら志願兵に何ができるのか。

 そして、自分は何をすべきなのか。


 まだ答えは出ていなかった。そして、この答えは出るのだろうかとも思う。ボルドは自分の小隊に配属された志願兵の顔を思い浮かべた。


 どこにでもいる普通の少年少女だ。そう、まだ子供なのだ。彼らが志願兵に応じた理由は知らないし、知るつもりも、知りたいとも思わない。だが、彼らが国を思って志願したのではないことだけは容易に想像できた。


 三等国民として日々の生活の中で、様々な理由で虐げられている彼らに愛国心などがあるはずもないだろう。彼らが志願した理由は家族や仲間のため、身近な人たちのためであることは明らかだった。


 魔族の中で育ったボルドは人族についてあれこれと考えたことはあまりなかった。母親が人族であり、自分にもその血が流れていること。魔族の社会の中で人族の血が流れていると少しだけ生きづらいこと。これら以外のことで、人族ということについて自分が思い悩んだことはないというのが正直なところだ。ボルド自身の軸足は常に魔族側にあった。


 人族が三等国民として帝国内で社会的に虐げられているのは知っていた。しかし所詮は他人ごとでしかなくて、それを己のこととして捉えるものではなかったのだった。


 ボルドが共感するのは常に魔族側の物事であり、自分の共感が人族側となることは決してなかった。

 まあいい、とボルドは思う。ここで答えを急ぐ必要はないのだ。そもそも答えがあるのかも分らないのだから。


 ボルドは再び大きく溜息を吐くのだった。





 第四特別遊撃小隊が三度目となる補給部隊の護衛を終えて補給基地に戻った時、意外な人物が補給基地を訪れていた。


「珍しいですね。幕僚本部の人間が補給基地とはいえ前線にくるなどとは」


 天幕に呼ばれたボルドがそう言うと、カイネルは少しだけ顔を歪めて見せた。自分をこの状況に追いやった原因となる人物だ。ボルドとしては嫌味の一つでも言いたくなる。


「会ってそうそう嫌味を言うな、ボルド・テオドール少尉」

「で、大佐が直々に何用でいらっしゃったのですか? まあ、大体の想像はつきますが」


 まあ座れとカイネルに促されボルドは椅子に腰を下ろした。


「どうだ、隊の様子は?」

「どうでしょうかね。戦場に幾分かは慣れてきたと思いますが」


 事実、それがボルドの率直な感想だった。実際に銃弾が飛び交ったり、敵兵の顔が見えたりの突発的な遭遇戦のような戦闘も起こってはいない。


 だが、さして遠くない距離で見える爆音や爆炎。運び込まれて来る負傷兵を目にしていれば、何よりも身近に戦場というものを彼らも感じているはずだった。まだ十四、五歳の子供なのだ。例え泣きながら逃げ出したとしても、それも無理はないとも思う戦場の中であるというののに。


「幾分かは慣れたとは言っても、戦場を肌身に感じるのと、敵味方の銃弾が飛び交う中に飛び込んで行くことは違いますからね」


 その時の状況がどうであれ自爆とは結局、そういうことなのだとボルドは思っていた。


「そうか。それでボルド少尉は彼らがそれをできるまで、どれぐらいの日数が必要だと考える?」

「さあ、どうでしょう。半年か、一年か。ただそうなるためにはこちらにも相応の犠牲が出るかと」


 当然だった。最前線に身を置けば置くほど、被害を受ける可能性は高くなる。戦場に慣れていくのはいいが、下手をすれば遠距離魔法一発で小隊ごと全滅ということだってあり得ない話ではない。


「他の小隊にいる隊長たちも同意見だった。半年や一年はかかるだろうし、相応の犠牲もあると」

「それで、幕僚本部のお偉いさんはどうお考えで」

「いい加減、嫌味は止めろ」


 カイネルが煙たげな顔をして見せた。


「批判を覚悟で率直に言うが、彼らは兵器だ」


 ボルドは頷いた。その言葉に間違いはない。どう言い繕うにせよ彼らの本質は紛れもなく自爆する為の兵器なのだった。


「しかも代替が利く消耗品じゃない」


 戦場に慣れてもらわないと困るが、負傷や戦死してもらっては困るということなのだろう。しかし、戦場での経験値と死傷率は正比例する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る