糾弾ホームルーム! ―ぼくたち、わたしたちの主張―

鬼霧宗作

#1 毒殺における最低限の憶測【プロローグ】1

「えー、それでは出席をとりまぁぁす。これはぁ、私の自己満足であるがゆえぇ、返事は結構」


 低く、野太く、それでいて通る声が教室に響く。教壇に立った男は、出席名簿を片手に教室を見回す。ひょろりとした体型に、日本人の平均的なパーツを集めたのではないかと思うほど特徴のない顔。ただし、明らかに大人がやるには可愛らしいすぎる坊ちゃん刈りがアンバランスすぎて、妙な特徴を作り出していた。彼の名前は姫乙ひめつばといった。


「ではぁ、安藤奏多あんどうかなたくーん」


 真っ先に自分の名前が呼ばれたものだから、きっと反射だったのであろう。彼は思わず返事をしてしまう。すると姫乙が呆れたかのように溜め息を漏らす。


「返事は結構と言ったはずですぅ。諸君らはぁ、大人しく出席を取られているだけでよろしい」


 姫乙が言うと、どこからか舌打ちが聞こえた。それは、姫乙に向けられたものだったのか。それとも、間抜けにも返事をしてしまった自分に向けられたものなのか。安藤は姫乙のほうを見据えつつ、改めて現状を呪った。


「えーっとぉ、続けますぅ。五十嵐小雪いがらしこゆきさーん。伊勢崎中いせざきあたるくーん。磯部舞友いそべまゆさーん……は亡くなったので欠席扱いですぅ」


 無意識に舞友の机のほうに視線をやる。机の上には花瓶に入った一本の菊の花が添えられているだけで、本人の姿はない。


大槻芽衣おおつきめいさーん。柿本千奈美かきもとちなみさーん。片桐政武かたぎりまさたけくーん……も亡くなってますから飛ばしますぅ」


 安藤の中で渦巻いていたものが、ぐるぐると心をかき混ぜる。片桐は唯一の親友だった。だからこそ、いまだに死んだことが信じられない。いいや、今置かれている状況そのものが、信じられないものの連続なのであるが――。そんなことは知ったことではないと言わんばかりに、姫乙は自己満足の出席確認を続けた。


「続いて越井香純こしいかすみさーん。小巻澤友華こまきざわともかさーん。小宮山大輔こみやまだいすけくーん。坂崎朝陽さかざきあさひくーん。郷野郷さとのごうくーん。進藤舞しんどうまいさーん」


 郷野は元より不登校だし、出席なんてとる意味がない。誰もが安藤と同じようなことを思っているのだろうが、しかし誰も異議は唱えなかった。こんな状況だから仕方がない。


曽根崎結城そねざきゆうきくーんと、田中伊乃理たなかいのりさーんは、残念ながら亡くなったために二人とも欠席と――。って、このクラス死人ばっかりやないかぁぁぁい!」


 教室は相変わらず静まり返っている。みんなが姫乙の一挙手一投足に注目し、目を離そうとしなかった。死亡したと告げられるクラスメイトの机には、ことごとく花瓶に挿された菊の花が開いていた。


「あー、今のところ実は笑うところね。えー、滑ったので、続けますぅ」


 格好は黒のスーツで決めているくせに、独特の間延びした喋り方と、やはり坊ちゃん刈りがアンバランスで、その存在自体が不気味である。何よりも死んでしまったクラスメイトのことを笑い者にするような態度が恐ろしかった。人を人と思っていないとしか考えられない。それでも、まだまだ姫乙の出席確認は続く。


津幡央つばたおうくーん……も、死んでるのかぁ。いやいやぁ、ちょっと初っ端から飛ばしすぎじゃないかなぁ? きっと今回の事件を起こした復讐者は、随分とこのクラスを恨んでいたに違いありませんねぇ」


 異様だった。全てが異様だった。そもそも、姫乙は安藤達のクラス担任でもなんでもないのだ。それに、二ヶ所ある教室の出入口、姫乙の隣、そして教室の後ろがわの奥には、武装した兵隊みたいな格好の人間が立っている。これが当たり前になってること自体が異常である。


 迷彩服に黒の目出し帽をかぶり、そして頭には白いヘルメットをかぶっている。足元はアーミーブーツであり、小銃のようなものを構えていた。その小銃が本物であることは間違いなさそうだ。つまり、本物の銃を持った兵隊みたいな連中が出入り口を封鎖し、それどころか怪しい動きは許さんとばかりに配置についている。そんな非日常的な空間の中で姫乙が出席確認の真似事をしているのだ。これを異様と言わずして、何を異様と言うのだろうか。


中山春人なかやまはるひとくーん、沼田友希ぬまたゆきさーん……も死んでるとか、ちょっと死に過ぎだろぅ。――飛ばし過ぎじゃねぇ? ちょっとアベンジャー復讐者の奴、復讐し過ぎじゃねぇ? いくらやりたい放題できるからって、やり過ぎじゃねぇぇ?」


 姫乙はそこで一瞬だけ真顔を見せると、スイッチが入ったかのように笑い出した。手を叩きながら、狂ったかのように続く引き笑いは、果たしてどれだけ続いただろうか。ようやく落ち着いた姫乙は、胸ポケットから懐中時計らしきものを取り出し、咳払いをしてから口を開いた。


「えーっと、私が静かになるまで5分もかかりましたぁ」


 それは本来、教師が生徒に向けて言う台詞なのではないか。全く掴み所がなく、しかし確実に狂人だと思われる姫乙は、本当に恐ろしい存在であると思う。まるで、このような馬鹿げたシチュエーションのために生まれてきたようなものだ。


「続けますぅ。根津善ねづぜんくーん。番場純也ばんばじゅんやくーん。福岡纏ふくおかまといさーん。おぉ、この辺りは無事ぃ。いい具合に無事ぃ。星野崎龍斗ほしのさきりゅうとくーん。本田一馬ほんだかずまくーん。真下真綾ましたまあやさーん。渡辺淳平わたなべじゅんぺいくーん。おぉ、誰一人として死んでなぁぁい。五十音の後半最強説浮上じゃねぇかぁ」


 何が嬉しいのか分からないが、姫乙は満足そうに頷く。そして、人数を数えるかのごとく、教室全体を遠い目で眺めながら、親指から人差し指、人差し指から中指という具合に指を折り曲げる。全ての指を折り曲げると、今度は小指から薬指――といった具合に、順番に指を立てる。全ての指を立てたら、また折り返して親指から指を折る――。そのような行為を繰り返し、最終的に親指と人差し指を折ったままの状態で「間違いなく全員いますねぇ。死んだ生徒達以外」と呟いた。


 このような状況に、誰か文句のひとつでも言ってくれればいいものの、やはり兵隊みたいな連中が本物を銃を持っているからなのだろう。クラスで一番喧嘩っ早い本田ですら、面白くなさそうな顔をしながら黙っているしかないようだった。あくまでも牽制という建前であり、命までは取られないらしいが、誰だって小銃で撃たれ、痛い思いをしたいとは思わない。


「さてぇ、諸君らもご存知の通り、このクラスから死人が出てしまいましたぁ。もちろん、自然に亡くなったわけではありません。アベンジャーによって復讐されたのですぅ」


 姫乙はそう言うと、花瓶の置かれた机のほうを一瞥いちべつし、それから改めて周囲を見回した。

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