第17話 幽子ちゃん② 後編
「なあ、
最初は適当に相槌を打ちながら聞いていたのだが、やれ今年の生徒会はケチだの会長は石頭だのと、放って置けば永遠グチを聞かされそうな上、下校時間が過ぎた事も有り流石に静止を掛ける。
「えっ、あっ! すいません、つい熱くなってしまいました」
慌てて頭を下げる蘆屋、勢い良く下げたので髪の毛がバサリと宙に舞い、小さな顔を覆い隠す。
「いや、部の為を思って頑張ってるんだ。蘆屋は大したもんだよ」
小さな身体に似合わずバイタリティに溢れる蘆屋の姿は、後輩ながら尊敬出来るし素直に応援もしたくなる。
だが今日の所はここまでだ。
「では帰るとしましょう。
「ん? 蘆屋、幽子ちゃんも一緒に帰るのか?」
「そうですが?」
「何処へ帰るんだ?」
「私の家ですが何か?」
「一緒に住んでるのかよ!」
蘆屋が肩をビクリと震わせ、首をすくめる。
てっきり部室で寝泊まり(?)していると思い込んでいたので、ついつい大きな声で聞き返してしまった。
「あ、いやすまん。つい大声出しちまった。余りにも意外な答えだったんでな」
「いえ大丈夫です、私も説明不足でした。晴明さんが言った『一緒に住んでる』と言うのは、やや語弊が有りますね。
幽子ちゃんは私に憑いてるので、基本的には行動を共にしています。
勿論四六時中一緒と言う訳では有りません、幽子ちゃんの意思で離れる事も出来ますので学校に居る時は部室に居てもらってます。まあ大丈夫だとは思いますが、他に“視える”人が居たら騒ぎになってしまいますから念の為……」
幽子ちゃんは蘆屋に取り憑いていると言う事らしい。幽霊に取り憑かれていても、特に健康被害みたいな物が出ていないのは蘆屋を見ていれば分かるが、イメージ的にはどうしても良い事とは思えない。
「それって大丈夫……なんだよな? あー幽子ちゃん気を悪くしないでくれ」
「ええ、私は平気ですよ? 普通に考えて幽霊に取り憑かれるなんて、異常な事ですよね。幽霊初心者の私でもその辺は理解しています、でも今の私は
確かに全く気にした様子など見せず、いつも通り穏やかな笑顔を浮かべる幽子ちゃん。
いくら本人が気にしていないとは言え、やはり言葉には気を付けんとな。「存在を保っていられる」と言うのも気になるが、その辺は突っ込んで聞いても良い事なんだろうか……
「あ〜晴明さん、また顔に出てますよ〜。私の事を気に掛けてくれるのは嬉しいですが、本当に気にしないで下さいね。でも、その気持ちは素直に嬉しいです」
そう言ってエヘヘと照れ笑いを浮かべる幽子ちゃん。
「私も別段問題ありません。取り憑かれていると言っても、それによって衰弱したりと言った事は有りませんから。幽子ちゃんもプライベートな部分では気を使ってくれますので然程息苦しさも有りませんし、何より私は幽子ちゃんの“居場所”ですから」
「居場所?」
さっき幽子ちゃんが言ってた「存在を保てる」って言うのと関係が有るのかな?
「はい。私は幽子ちゃんを見付けて、名前まで付けています。そのまま放置していれば名も無い浮遊霊として時間と共に消失するか、地縛霊化してその場から動けなくなるかだった筈ですが、そんな彼女に私は別のアイデンティティを与えたんです。
私に取り憑く『幽子ちゃん』としてのアイデンティティを」
つまりは、蘆屋のお陰で今の幽子ちゃんが在ると言う事らしい。蘆屋も先輩達が卒業してからは話し相手になって貰ってたと言っていたので、ある意味共存関係が生まれたと言って良いだろう。
「さあ、そろそろ部室を閉めますから外に出て下さい」
蘆屋にグイグイと背中を押され、半ば追い出される形で部室から出る。
「ああ、後最後に一つ聞いて良いか?」
部室の扉を閉め、施錠確認を行なっている背中に話し掛けると蘆屋と幽子ちゃんが同時に振り返る。
「構いませんよ、何ですか?」
「蘆屋が座ってる席の後ろに置いてある革張りの本、ありゃ何の本なんだ?」
「あれですか……アレはオカ研に代々伝わる『魔導書』……と言われています」
魔導書? ……って何だ? それに「言われてる」ってどう言う……
「鍵は私が持っています。その内晴明さんにもお見せしますよ」
✳︎
「ただい……」
「お兄ちゃんお帰りー!」
玄関を開けるなり、お気に入りのネコ柄パジャマを着た
どうやら身体の方はすっかり回復した様で安心したが、少し落ち着きなさい。
「おいおい、そんなにプリンが待ち遠しかったのか?」
グリグリと腹に顔を擦り付けて来る梨花の頭を撫でながら、もう片方の手に持ったコンビニ袋をプラプラさせる。
「梨花お兄ちゃん居なくて寂しかったよ〜でも良い子にしてたんだよー」
何故だか幼児返りしたような梨花が異様に甘えて来る。
病気になると気が弱くなると言うが、その反動だろうか?
「よしよし、じゃあ飯食ったら一緒に食べような」
「うにゃ〜〜」
頭を撫で続けると、心地良さそうに目を細めおかしな鳴き声まで上げて来る。まるで本当のネコみたいだ。
その後もいつも以上にベタベタしてくる梨花を引っぺがし、食事と風呂を手早く済ませる。
少しでも離れると寂しいを連呼し、風呂にまで突撃して来そうな勢いだったからだ。
もう高校生なのだから少し兄離れして欲しい所だが、そんな風に甘えて来る妹を可愛いと思ってしまう晴明自身、まだまだ妹離れ出来ていないのかな? とも思う。
「梨花入るぞ」
「どうぞー」
ドアをノックし声を掛けると直ぐにドアが開き、中から満面の笑みを浮かべた梨花が顔を出す。
「ささ、入って入って!」
梨花は晴明の腕を掴み部屋に引っ張り込むと、自分はベットに腰を掛けた。
「お兄ちゃんもこっち座りなよ」
床に胡座をかいて座った晴明に自分の隣をポンポン叩きながら言う梨花だったが、晴明は大きく被りを振る。
「そんな所で食って布団汚そうもんなら、母さんに大目玉食うぞ。今テーブル出してやるからこっちで食べなさい」
「は〜〜いチッ!」
何やら舌打ちのようなものが聞こえた気がしたが、きっと何かの聞き間違いと言う事にし折り畳みの小さなテーブルと座布団を用意する晴明。
「ほれ」と言ってテーブルについた梨花の前に、容器に入ったプリンと紙皿それに使い捨てのスプーンを置く。
「んふふ〜お兄ちゃん分かってるね〜」
「そりゃな、何年お前の兄貴やってると思ってんだ」
「お兄ちゃんもやってみたら? こっちの方が美味しいよ?」
嬉々として紙皿の上にひっくり返したプリンを置き容器の底に付いた突起を折ると、中身がつるりと滑り落ち紙皿の上でプルンっと震える。
その光景を見ると容器のまま食べるプリンは確かに味気なく思えて来る。
「そうだな、次はやってみるか……」
「そうしなよ、いっただきまーす……ん〜〜〜」
スプーンですくい取ったプリンを一口食べた梨花は、声にならない歓喜の声をあげながら身を震わせる。
僅かな出費で幸せそうな妹の姿を見る事が出来るなら、プリン位いくらでも買って来てやろうと思う、やはり妹離れには程遠い晴明であった。
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