第5話 高島さんの送別会<2219.03.25>

 2219年3月23日火曜日、都内の自宅の荷物を引っ越し業者に引き渡した後、川崎市に一人暮らししている末弟の家に立ち寄った。

 夕食を食べた後、仮眠から目が覚めたら日付が変わる少し前だった。

「やっぱりもう行く」

「泊まっていくかと思ってたよ」

「あっ、あー………」

「もう遅いから朝出発すれば?」

「ありがとう。でもやっぱり行く」

「どうしても?」

「すまん、どうしても行かないと」

「そっか、何かあるんだな………」

 あまり強引に物事をすすめる性格ではないものの、どうしても最終便で行く必要があった。

「どうしても行くのか」

「あぁ、すまない」

 弟に対して後ろ髪を引かれる思いをしたのはこれが最初で最後。”高島さんの送別会”に間に合わないから行くとは口が裂けても言えない。僕が参加することのできるシンキロウの最初のイベントだ。どうしても参加したかった。

「ありがとう。世話になったな。」

「あぁ………じゃあな」

 ひとり見送る弟の寂し気な、とても寂し気なそんな表情をした弟に見送られて、タクシーに乗り込み羽田へ。あたりが暗かったのもあるのだろうが、「やっぱり泊まっていこうか」と言いたくなる気持ちを抑えに抑えて、前を向いた。


(すまん、またな)


走り出した車中で一度だけ後ろを振り向いて手を振った。そのあとはもう車中の人となった。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 東京都青ヶ島村。

 青ヶ島はその昔、世界的にめずらしい二重式火山の島として有名だったと歴史の授業で学習した。しかし2039年の爆発的噴火から、その後数十年にわたって繰り返された噴火によって、面積は北海道につぐ大きさの島にまで成長し青ヶ島本島と言われるようになった。

 2100年代に入って入植がはじまるが、東京都から独立した5つの県が置かれていた。

 入植は国家プロジェクトとして厳格な管理下で行われた。これほど巨大な島に自由に入植させたのでは、日本各地の人口が大きく流出してしまい、経済など多方面に問題のおこることが必死だと考えられたからだ。

 僕の故郷は島の最南端に位置する南青ヶ島県。

 南青ヶ島県は8つの地域(市)にわけられ、僕の住む海青市かいせいしは南青ヶ島県の中でも最南端に位置する。

 海青市の人口は10万人に満たない。しかも市の中心部南寄りに青ヶ島本島で最大の海南湖かいなんこがあり南北に細長い。

 広大な面積があるうえ、中央に南北に長大な湖があるため、湖をまたぐ移動は時間がかかる不便な地域である。その一方、本島最南端の位置する温暖な地域になる。

 面積が広大なため、市を7つの地域(区)にわけ、それぞれに一般人が居住していい地域(居住地域)が厳しく制限されている。もっとも、居住地域を離れたのではインフラが整備されておらず、常識的には居住すること自体が不可能であるし、監視カメラ、ドローン、人工衛星などによって24時間監視されているため、とても立ち入れるような場所ではない。

 僕の住む星野区ほしのくは海青市の北西に位置している。

 羽田空港の最終便に搭乗して、海青市星野区の実家には2219年3月24日水曜日の夜になった。

 実家に到着するとすぐに就寝した。とても疲れていたようで、目が覚めたのは25日の夕方だった。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 2219年3月25日木曜日夜、高島さんの送別会当日。

 高島さんは転勤のため、星野区から車で片道3時間ほどかかる青野区おのくに転居することになっていた。

 こうした事情はあらかじめ土井君から聞いていたので知っていた。転勤で転居し車で片道3時間かかるような青野区に引っ越す高島さんが、その後も「しんきろう」で一緒に活動すると思って何も疑わなかった当時の僕は、ある意味すごいと思う。今にして思うと、どうやったらそうポジティブに考えられるのか不思議でならない。

 暗くなってから送別会会場に入った。それが何時からだったのかは覚えてはいない。

 集まってくる人のほとんどは知らない人ばかり・・・・。


 (そういえば僕の歓迎会は………まっ、それはいいか)


 先日挨拶に行ったときに会った人の倍の人数はいただろうか。中には、この日の午前中まではいたけど、午前中で市外に引っ越した人もいた。

 この日、高島さんはもとより誰と何を会話したのかまったく覚えていない。

 当日の集合写真を見ることが出てきた。参加者の中に僕と高島さんとのかかわりに重要な関係のある戸塚氏(僕より1歳年上の男性)が写っている。

 戸塚氏は12月にあった子供向けイベントのスタッフとして参加していたものの、この送別会を最後にシンキロウでは見掛けることはなくなった。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 高島さんは引っ越すにあたって、事前に転勤先の青野区内に転居先を探しに行っている。

 高島さんは、一人で考えて、一人で結論を出して、一人で行動して結果をだすことにこだわる性格。誰かに何かを相談することはない。

 つまり、この場合、物件を選ぶのに他人に相談する必要はないわけで、そのために土井君に同行してもらったわけでないことがわかる。

 そんなこだわりのある性格の高島さんが、この時、土井君にこの転居先選びに同行してもらっているのには、ほかに理由がある。

 高島さんは、1度気になったら解決するまであきらめることがない。この物件選びで土井君に同行してもらったのは、先日あった合コンのことを聞き出すためだと考えるのが合理的な結論になる。

 ただ、こうした高島さんの性格を当時の僕は知らない。


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