銀河光速ハイウェイ公団立ち退き課

ヨシダケイ

前編・銀河の立ち退き

「課長! 今日こそあの爺さんをこの星から追い出してやりましょう!」


暖かな陽光と雲一つない青空の下、

どこまでも続く大草原を二人の男が歩いていた。


一人はガッチリとした中年で、もう一人は背の高い青年である。


宇宙服に身を包んだ彼らは銀河連邦の役人であり、

ある重大な任務を背負っていた。


「そうカッカするな、モウリ。怒ってばかりは身体によくないぞ」


怒れる青年を宥める中年男は、

名をアキヤマ・ジョンといった。


アキヤマは銀河連邦の外郭団体「銀河光速道路公団」の「立ち退き課」課長であり、この課へ配属されて5年目である。


「とっとと行政処分を出してれば良かったんですよ。そうすりゃあの爺さんをこの星から追い出せたのに!」


先ほどから愚痴をこぼす青年は名をモウリ・フィアンといい、アキヤマの部下である彼は、この課へ配属されて2年が経過していた。


しかしモウリは内心、不満だらけであった。


無理もない。


大学時代から会計学を専攻してきたモウリは、

在学中に銀河連邦最難関資格の

「銀河連邦公認会計士」と「アンドロメダMBA」

を取得したほどの頭脳の持ち主であり、

いわばエリート中のエリートであった。


そのため、モウリは連邦入省以前より、

出世コースの本省財務部を希望しており、

同期の誰もが、

「モウリは財務部へ行く」と考えていた。


しかし、どういう訳だか、

本省ではなく外郭団体の

しかも閑職の「立ち退き課」へ配属となってしまったのである。


噂では、


「妬んだ同僚からあらぬ中傷をアンドロメダ元老院議員に吹き込まれた」


と囁かれているが、真偽は定かではない。


またわかったところで何の解決にもならなかった。


「なんで俺がこんな課に……」


そんな気持ちをくすぶらせながら鬱屈とした日々を過ごしていたのである。


だからこそ、とっとと、この星での「任務」を終え、

一刻も早く連邦中央のエリートコースに戻りたかったのだ。


だが、その「任務」が果たせそうな見込みは未だにない……


「あの爺さんのせいで、連邦がどれだけの被害を被ってるか分かってますか? 3兆リョウですよ、3兆リョウ! 毎年それだけの費用がかさみ、300億人が待ってる工事をあの爺さん一人のせいで入れないんですからね!」


「だか一人でも星に住人がいるなら説得しない訳にはいかないだろう?」


「甘すぎます! そんなだから課長も私もこんな閑職に飛ばされてしまうんですよ。全く!」


ぶつくさと愚痴を言うモウリとそれを宥めるアキヤマであったが、二人がしばらく歩くと、大草原の中にポツリと建つ小さなログハウスが見えてきた。


このログハウスこそ二人の目的地であり、

先ほどから話に出ている「爺さん」こと「アフマド老人」の住まいであった。


「どうせ爺さんは、『ワシは出て行かんぞ』の一点張りですよ。それか2時間以上の説教のどちらかでしょうよ」

「分かった、分かった。いいからいくぞ」


アキヤマはモウリをたしなめ、歩みを進める。

二人が玄関に着くとアキヤマはブザーを押した。


ブザーッ。


間延びした呼び音が鳴る。


しばらく待つ二人であったが、返事は無かった。



「今まで41回も断られたんですよ? 無理に決まってますよ」

「42回目で気持ちが変わる可能性はゼロじゃないだろ?」


「限りなくゼロに近いと思いますけどね」


そう言ったモウリが再度ブザーを鳴らしたものの、

やはり中からの返事は無かった。


「お偉いさんはこんな田舎星の爺さんのことなんて考えちゃいませんよ。なんなら爺さんをふん縛って、この星脱出しちゃいましょう。そうなりゃアフマド爺さんも諦めがつきます。むしろ踏ん切りをつけさせてあげる良い機会です。連邦にはバレませんよ」


「アフマド老人誘拐計画」を生き生きと語るモウリだったが、アキヤマは大人の対応「聞き流し」をするだけであった。


そして再度ブザーを鳴らすアキヤマ。


だがはじめと同様、中から返事はなかった。


「ったく。居留守なんて無駄なのに。この星には俺らと爺さんしかいないのに」


モウリはそう吐き捨てると、

今度はドアをドンドンと叩きはじめる。


「アフマド爺さん、いるんだろ! 返事をしてくださいよ!」


口調と共にドアを激しく叩くモウリだったが、

その時、アキヤマはある事に気づいた。


それは腕に装着された呼吸探知機が、

一切反応を示していないことだった。


「おい、モウリ。ちょっと待て」


モウリはアキヤマの制止に従い、

ドアをノックするのをやめた。


そしてアキヤマが手をかざすと、

空中にホログラフ文字が浮かび上がる。


「生体反応なし」


その文字を見た途端、

モウリは腰からレーザー銃を取り出すと、

ドアのつなぎ部分に光線を発射した。


一方のアキヤマは、

つなぎが壊れたドアを無理やりこじ開けると、

急ぎ中に入っていく。



家に入ると、リビングでは41回の訪問時と同じように、

暖炉の火が赤々と燃えていた。


奥には、いつもと変わらない数十年間使われていない埃まみれのピアノと、

使い古されたソファが置かれている。


だが、

いつもは家に来るなり喚き散らすアフマド老人が、

その日はソファに横たわり静かに目を閉じていた。


遠い日の夢を見ている。


そのような穏やかな顔であった。


アキヤマはすべてを察し、

ゆっくりとアフマド老人の手首に触れると、

手首が氷のように冷たくなっているのが分かった。


アキヤマは目を閉じ首を左右に振った。



一方、モウリはあたりを見回した後、ボリボリと頭を掻きはじめる。



「終わった、終わった。これでこの星に住む人間はいなくなったわけです。やっとこの星も破壊出来ますね。そしたら任務完了! 我々も連邦中央へ帰れます」


ホッとした様子で話すモウリであったが、

一方のアキヤマは何やら腑に落ちない顔をしている。


「どうしたんです、課長?」


不思議に思ったモウリがアキヤマに尋ねると、

アキヤマはメモを差し出してきた。


「何です、それ?」

「このメモ、アフマド老人が書き残したメモだと思うんだが……」


「メモ?」

「頼みが書いてあるんだ」


「頼み!? この期に及んで頼みだなんて、どこまで人を困らせりゃ気が済むんだ、この爺さんは!」 


モウリはソファで眠るように死んでいるアフマド老人を一瞥し吐き捨てた。


「やっぱり脳だけ復活させて生きたいとかですか? 再三、我々が説得しましたよね。バックアップを取っていれば連邦の第三世界で人格をコピーし半永久的に生きられるって。それなのにあの爺さん『要らんお世話じゃ』の一点張り。でも最後は怖くなったって寸法ですよ。全く冗談じゃない」


「いや違うんだ、モウリ」

「違う? 何がですか」


「読んでみろ、声を出して・・・」

「ったく」


モウリは、アフマド老人が遺したメモを

アキヤマから受け取ると声を出して読みはじめた。


「アンタら二人には迷惑をかけた。だがワシはバアさんとの思い出が残るこの星を見捨てるわけにはいかなかった。もうワシは死ぬ。そしてこの星も。そこで最後の頼みがある。思い出のある「この星」と「ワシ」の『葬式』をお前たちの手でやってほしいのだ。これがワシの最後のワガママだ、頼んだぞ」


眠るように死んでいるアフマド老人のそばでメモを読み上げたモウリは、

アキヤマと同じ表情になった。


その顔は、難しい算数の問題を解けない子どもと同じ顔であった。


しばらくの沈黙の後、モウリはアキヤマに尋ねた。



「『葬式』って何ですかね?」


「分からん……」


二人は再度、沈黙を続けるしかなかった。



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