02 正論で憎しみは抑えられない

 次に目が覚めたときには、積み上げられた藁の上に横たわっていた。


 …ここは…いったい?

 辺りを見渡すと木でできた納屋の中だと分かった。

 周囲には乱雑に農具が置かれており、頭上でランタンの炎が弱々しく明滅している。


 激しい頭痛に襲われながらも、不明瞭な頭で必死に何があったか思い出そうとする。


 …すると突然、目の前の扉が開く。


「あれ…目が覚めたんですね。大丈夫ですか?」

 目の前にはみすぼらしい格好ですすけた薄緑色のエプロンを付けた少女が、心配そうにこちらを覗き込む。


「ここは…どこだ?」

 俺はかすれた喉から、その一言を絞り出すだけで精一杯だった。


「よかった、目が覚めたんだね。お水を持ってくるからちょっと待ってて!」

 彼女は安堵の表情を見せると納屋の外へ出ていった。


 体を起こそうと力を入れるが、思うように立ち上がれなかった。


 くそっ…、何も思い出せない!

 俺は言い知れぬ焦燥感に狩られ、次第に苛立ってきた。


 そんな折、先程出ていったばかりの薄緑色のエプロンの少女が水差し瓶を持って戻ってきた。

「どうぞ」

 彼女は満面の笑みを浮かべ、水差し瓶と木の器を差し出す。


 俺は上半身だけ起こし、水差し瓶だけ手に取り、直接口へと流し込む。そんな俺の態度などさして気にもとめず彼女は笑みを湛えたままだった。


「あなたエウリオ王国の騎士さんなんだよね…お名前は?」


「なまえ…」

 俺がそう言いかけたところで激しい頭痛に襲われる。


「ぐっ…ダメだ思い出せない!」


「ちょっと大丈夫?」

 彼女は慌てた様子で俺の背中を支えゆっくりと寝かせる。


「もう少し安静にしないと。あなた雷に打たれたのよ?全く…英雄だかなんだか知らないけど、自軍の兵士ごと雷を落とすなんて考えられないわよね!」


 彼女のその一言で微かに記憶が甦る。


 あの時、確かに俺たちの小隊は砦の付近まで辿り着いていた。しかし、奇襲に入る直前で空に無数の光が閃いた…。


 俺は雷に打たれたのか…。 


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 数日後、俺は彼女の看病のおかげですっかり体力を取り戻していた。…記憶は相変わらず朧げだったが、何故か雷に打たれたというのにほぼ無傷であった。


 彼女との会話で判明したことは、ここは風鳴かざなき砦でエウリオ軍の落雷により陥落。既に占領下にあるということだ。


 俺を看病してくれた少女はリアスといい、薄緑色のボブに処々黄緑色のメッシュが入っており、透き通るような青緑の瞳が特徴的だ。


目が覚めた時はよく見てないなかったが、

改めて見ると結構かわいい。


 宿屋のメイドとのことで優しく献身的だ。今は客室がエウリオ軍の騎士で埋まっている為、納屋しか空き部屋がなく俺はここで看病されていたそうだ。


 俺以外に雷を受けて生き延びた者がいないため、砦内は死者か無傷の者しかおらず唯一の怪我人は俺だけと…その事を話すリアスは複雑そうな表情を浮かべていた。


 更に数日が経ち、納屋に置いてあるハチェットを眺めながら少しずつ記憶の整理しいていると、リアスがいつものように俺の様子を見に来た。


「こんばんは!調子は良さそうね。…でも、相変わらず名前は思い出せないの?

今、宿屋の食堂でエウリオ軍が夕飯を食べてるから、アナタも今晩は食堂の方でご飯を食べたら?あなたの事を知ってる人がいるかもよ」


「…そうだな」

 結局、俺が思い出せた記憶はエウリオ王国で木こりをしていた事と騎士に志願したことだけだった。


 名前や出生については一切覚えていない…。

 ただ…それ以上にわからないのはリアスが敵である俺を甲斐甲斐しく看病する理由わけだ。


 リアスに促されるまま俺は宿屋の食堂へと向かった。宿屋は簡素なレンガ造りだが、掃除はしっかりと行き届いており、家具も手入れされている。


 そんな雰囲気をぶち壊すように酒と勝利に酔ったエウリオ軍の騎士たちが騒いでいた。


 俺はリアスに促されるまま隅のテーブル前の椅子に腰を下ろす。


 改めて知った顔がいないか食堂内を見渡すと、そこには英雄ダルホスが部下たちと酒を組み交わしている。例え記憶が曖昧になろうがダルホスの顔だけははっきりと覚えていた。


 ダルホスを目にすると、なんとも形容し難い不快感に襲われる。


 そんな折にダルホスと騎士たちの笑い声が耳に入ってきた。

「しっかし、さすがダルホス様ですな。この難攻不落の風鳴かざなき砦を僅か一小隊の犠牲だけで陥落させるとは」


「そんなこと今更口に出すことでもないだろ。バカなガキを焚き付けるだけの簡単な作戦だよ」


「まったくですな。何の取り柄もない少年兵など騎士と呼ぶのもおこがましいわ。彼らも戦を勝利に導けたのだから死んで本望よ」

そう言うとハゲ頭で大柄の男は木のジョッキを手に持ち中の酒を一気に飲み干す。


「そうだね。僕の雷を落とす為に避雷針を砦まで届けたんだ。英雄に憧れたガキ共だが、星天になって名もなき英雄になれたじゃないか」


 ダルボスとその部下らしき騎士は下卑た笑みを浮かべ会話を弾ませていた。


 バカなガキ…小隊の犠牲…避雷針…落雷。

 …まさか!


 俺は抜け落ちた記憶が繋がり野営地での記憶が蘇る。


 そうか、俺たちはダルホスの落雷を落とす為に捨て駒にされたんだ。

 赤毛の少女も…そばかすの少年も…捨て駒に…。


 気付けば俺は拳を握り締め、爪がてのひらに食い込み手から血が滴り落ちていた。


 ダルホスの策はエウリオ軍としては、最良の戦果をもたらした。それに…勝利に犠牲はつきもので、ダルホスはと引き換えに自軍の犠牲を最小限に抑えた。


 これは軍にとっては正しい。そんなことは百も承知だ。それでも俺は…ダルホスが許せない!


 ダルホスから勝利の為に犠牲になってくれと頼まれたら迷わず引き受けただろうか。それとも、俺たちの犠牲に心を痛めていたらこの復讐の炎は鎮めれただろうか。


 俺たちの結末は同じだとしても…これが戦を知らない子どものエゴだとしても…。


 俺が椅子から立ち上がったと同時に食事を運んできたリアスがダルホスの直ぐ真横を通りかかる。


 その瞬間、リアスがバランスを崩し手に持っていた酒瓶が揺れ、ダルホスの衣服に少量の酒がかかった。


「小娘、貴様!」

 ダルホスが反応するより先に一緒に飲んでいた大柄の騎士がリアスに怒鳴る。

 そんな騎士をダルホスが手で制し、黙らせた。


「まったく…僕の剣が汚れるのは嫌だから借りるよ」


 ダルホスはそう言うと大柄な騎士の腰から剣を引き抜き…突然リアスを斬りつけた!


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


「ダルホス!」


 俺はダルホスの元へ駆け、左手を振り上げる。

 同時にハチェットが食堂の壁を突き破りどこからともなく現れ、気付けば俺の左手に握られていた。


 そのままの勢いでダルホスにハチェットを振り下ろす。

 ダルホスは落ち着き払った様子で、手にしていた剣で俺の一撃をいとも容易く受け止めた。


「なんだい…キミは、この娘の許嫁かなにかかい?」


 コイツはやっぱり屑だ。捨て駒の顔なんざ覚えてすらいない。


 俺の憎悪が最高潮になったその瞬間。

 風が起こる。


 ハチェットを受け止めていたダルホスが突如回転しながら吹き飛んだ。

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