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 四月になってから春の陽気が本格的になり、新しく芽吹いた花の匂いが窓の隙間から部屋に入り部屋を満たしていく。その甘い香りは徐々に広がっていき、中学生としてはやや殺風景な部屋にも彩りをもたらしていた。


「やっぱりちょっと大きいよね」


 そんな自室の中で姿見に写る私は、新品のセーラー服に袖を通しいかにも新入生という出で立ちだった。

 しかし、『どうせすぐ大きくなるから』とお母さんが少し大きめのサイズを注文したことで実際の身体とは何処も一致していなくて、それが着せられている感覚を強めている。

 顔もまだ幼さが残り、どうにも納得しきれない容姿に鏡の自分を睨んでしまうがそれで何かが変わるわけでもなく、小さく唸り声を上げていた。


「ミノリ。早くご飯食べちゃいなさい」


 そんな私の気持ちをよそに、下の階からお母さんが大声で呼んでくる。それに反応して机の上の小さな時計に目を向けると、家を出るまであと三十分を切ろうとしていた。

 迫る入学式の時間に鞄と一緒に部屋を飛び出し、慌ててリビングへ駆けおりて朝御飯をかき込む。

 そのまま家を飛び出せば、暖かい空気が肌にほんのり伝わり心地良い日差しが新しい生活の始まりを迎えてくれていた。


「じゃあ、先行ってくるね」

「気を付けて行きなさいよ」


 後から来る母に挨拶をしてから、ゆっくりと学校までの道のりを歩き始める。

 住宅街の入り組んだ通りを抜けると、隣町にまで伸びる街道は桜並木でピンクに染まり、その上を私と同じ歳ぐらいの子が何人も歩いて列を作っていた。

 隣街に住んでいる子も何人か通ってくることもあって、目を凝らせば見覚えのない顔もちらほらと混ざっており、小学校の時と比べて更に賑やかになりそうだった。

 その人だかりの中から、あの時の女の子がいないか遠くから探してみる。

 しかし、そんな目立つような髪色の子なんて簡単には見つからず、仮にいたら今頃話題になっていそうだった。



 あの日から彼女は時々私の夢に出てくるようになり、桜並木と馴染む様子を見せている。それから目が覚めて外を歩く時は、すれ違う人全てに目を向けながら探してはみるけれど、未だにあの時と同じ姿の人を見つけたことはなかった。

 偶然出会っただけな上に、そもそも同じ学年なのかもちゃんとは知らない。あの時に感じた不思議な気持ちだけを頼りにしているから、簡単ではないことも分かってはいた。

 

 ——あの子をもう一度見かけたたら、今度は何て言って話しかけよう。


 それでも、この通学路の先であの子がいたらという勝手な期待を胸に、流れにのるように新入生たちの列に私も混ざっていく。

 宙を舞う花吹雪が、新しい生活へと赴く私たちのことを祝うかのように花弁を輝かせ、桃色の絨毯を更に広げていた。

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