4、バッドエンド(2)

 俺がかつて書いた青春の残滓とはだいぶ違う。前半内容こそほとんど変わっていないが文章も構成も言い回しから何まで、全てが別物だった。後半部分に至っては展開の仕方までまるっきり変わっている。安藤の青春の残滓では、主人公は盗撮したデータを高値で売却し、その後自殺している。救いのないバッドエンドだ。俺が書いた青春の残滓の主人公は、最後親友ができて終わるのだ。事実をそのまま書いたノンフィクション小説だったから、そういう終わり方しかなかった。


 そこで俺は、かつて俺の青春の残滓を読んで安藤が言っていた感想を思い出した。


『どうにもオチが気に入らないな』

『こんな主人公バッドエンドの方がお似合いだ』


 そう言って笑っていた安藤の顔まで頭をよぎる。高校の時の安藤との思い出があふれ出てくる。この安藤が書いた『青春の残滓』が、一体どういう意味を持っているのか。繋がっていく。過去と、現在が、フィクションとノンフィクションが、繋がっていく。


 そうか、これが。これがあの時安藤が言っていた『あれ』なのではないか。


 そうだ。俺は彼らを盗撮していた。ずっとその行為を、安藤と佐倉の二人が落とした青春を……盗んでいたんだ。だから、安藤も。


 頭の中で答えが出た時、佐倉が同時に答えを提示してきた。


「これ、『盗作』ってことでしょ?」


 そう、つまりこれが安藤の『仕返し』だった。あの時冗談交じりに笑って言っていた『いつか絶対仕返ししてやる』というあの言葉を、あいつは忘れてはいなかったのだ。


 ただ佐倉にバレてしまうということまで計算だったのか。いや、さすがの安藤もそこまでは予想していなかっただろう。計算外のことが起きて、安藤もきっと焦ったに違いない。焦った安藤の顔が俺には鮮明に目に浮かんだ。


 佐倉が俺の過去の罪を知っていたのもこの盗作が原因だったということか。この作品を読んで、そして佐倉はこの物語に出るサクラが、自分自身であることを察した。そして、俺を訪ねてここまでやって来た。なんのためにやって来たのか、かつての盗撮行為を糾弾しにきただけではなさそうだし、ましてや安藤の盗作行為を密告しに来たわけでもないだろう。


「清嶋君は……中学の頃から考えるとだいぶ変わったと思うけど……本当にあの清嶋君なんだよね?」


 俺が当たり前だと頷くと、佐倉は何か合点が言ったのか「そういうことね」と佐倉も二回頷いた。


 そして佐倉は『青春の残滓』と、現実の俺とをまるで答えあわせしていくように俺に質疑を繰り返す。どうやら佐倉は安藤にも既に会っていたらしく、安藤の証言とも照らし合わせをしているようだった。


「安藤君が嘘をついているのかと思ったんだけど……どうも違うみたい。清嶋君も安藤君んも……二人とも同じことを言ってるし……」


「今更嘘をつく必要がないしな……そんなことをしに来たのか」


「ううん、それだけじゃない。私は清嶋君のデータを壊しにここに来たの」


 中学の頃に俺が盗撮したデータのことだった。聞くと佐倉は俺同様に昔の自分をなかったことにしたいとのことだ。そのためには昔の自分を完全に消し去る必要があり、かつての自分が映っている映像がこの世界にまだ存在しているのであれば、佐倉はそれを回収したいと言う。佐倉が今日俺の家に訪れたのはそれが理由だった。

俺にはこの気持ちが痛い程理解できた。


「安藤君は清嶋君のことを死んだなんて嘘をついていたから……結局彼がどこまで本当のことを言っていてどこまでが嘘なのか……私にはわからなくなっちゃって。だから清嶋君本人に本当のことを言ってもらうしかないって思ったの」


「ああ……なるほど。そういうことか」


「うん、でもね……何となくわかった。安藤君が言っていたこともあながち嘘ってわけじゃなかったんだね。わかるよ……私も、昔の自分のことは自分で殺したから、ね」


 そういって佐倉はふふふと笑っていた。


 俺が佐倉の笑顔を独り占めしたのは……この時が初めてだった。いつもその笑顔は安藤に向けられていて、俺がそれを見ることができるのはカメラに付いた小さなスクリーンの中だけだった。こうして数年の時を経て、佐倉は今俺の目の前にいる。お互い外見も性格もだいぶ様変わりしてしまったけれど。もしかしたら俺はずっとこの時を待っていたのかもしれない。この時のために変わったのかもしれない。全ては今日のために、今までがあったのかもしれない。


 昔の自分が死んだからと言って、昔から続くこの想いまでもが消えるわけじゃない。完璧に過去を消せるわけなんてないのだ。昔の思い出と昔の自分とがあって、今の自分がいる。どれだけ変わろうと、俺は俺だし、佐倉は佐倉だ。確かに佐倉は変わった。でも俺はそんな変わった部分でさえ、佐倉のことを愛おしく思えた。今まで通りに。


 安藤版『青春の残滓』をカバンの中にしまい、「それじゃあ」と佐倉は部屋を去ろうとする。俺はその佐倉の背中に呼び掛けた。


「あの、佐倉さん」


 あの時は何回呼んでも振り向くことも返事すらもしてくれなかった。そんな佐倉が今ではすぐに俺の方を向いてくれる。佐倉に話を聞いてもらいたくて中学の時は安藤の話を振った。でも今はそんな必要もない。ただ俺は目の前にいる佐倉に対して、俺の言葉で、俺なりに言いたいことを言えばいい。


 あの時みたいに、俺は青春にしがみつこうとした。惨めに、愚かに、滑稽に。


 あの時の後悔があるから、今俺はこうしてこの言葉を言うことができるのだ。あの時必死に青春にしがみつこうとしていた僕は……今の俺のためにある。


 俺は佐倉の目を見て、そしてこう言った。


「俺はずっと前から……サクラのことが好きだ」

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