第6話 冒険者としての一歩



 そして、訓練を開始してから一か月後――。



 「じゃあ、行ってくるよ。レーウッドさん」

 

 まだ空に月が残る早朝。エルステインの西側門を通った俺は、衛兵のおじさん――レーウッドさんに振り返った。

 

 「本当に1人で行くのか?」

 「ああ。そのために俺はこれまで頑張ってきたんだからな」

 「そうか…………まあ、男がやるって決めたんだ。それを引き止めるのは野暮やぼってモンだよな。おらっ」

 

 言葉尻と同時にレーウッドさんは何かを俺に投げつける。大きな草の葉で封じられた小包こづつみみたいなもの。これは?

 

 「餞別せんべつだ。レーウッド手製の特製干し肉。どうせロクなもん食ってねえんだろ? 昼にでも食えばいいさ」

 「あっ、ありがとうございます!」

 

 「いいってことよ」とレーウッドさんはニカっと笑った。

 

 街の中であらぬ噂が立ち始め、職質されることが増えてきた俺は、エルステイン外の草原をもっぱら鍛錬の場として活用していた。そのためには門を通らなければならず、その度に門衛の人たちから嫌味や嘲笑ちょうしょうを受けなければならなかった。

 

 だけど、何度も何度も顔を合わせ続ければ、それなりに交流というものは生まれてくるもので。

 

 最初は冷たかったレーウッドさんたちも、キャルロットが指導する鍛錬で毎日、バテバテになって帰ってくる俺を見て、思うところがあったのだろう。次第に水や食べ物を分けてくれたり、効率的なトレーニングのやり方を教えてくれるようになった。

 レーウッドさんに至っては、剣術の練習相手になってくれたりもした。実戦経験がほとんどない俺にとって、これが一番ありがたかった。本当にレーウッドさんには足を向けて寝られない。

 

 人と出会い、関係を築くことの意味は、こういうことなんだと。

 密かに、ララキアが言ってたことを噛み締めてみたり。

 

 「はえーモンだな。このガキが冒険者として旅立つ時が来るなんてよぉ」

 「なあ? この間までひーこら言ってたと思ってたのに。やっぱ子どもの成長ってのは早いもんだぜ。イヤだねー」

 「ははは! その通りだな! いつを上げて故郷に帰るか、皆で賭けてたのによぉ。ついに今日までやり遂げやがった。大損こいたよクソッタレめ!」

 

 快活かいかつに笑ったレーウッドさんは、バン! と俺の背中を叩いて言った。

 

 「こうなったら最後まで突っ走ってけ! 大丈夫! お前ならやれるさ!」

 「はい! これまでありがとうございました! 行ってきます!」

 

 レーウッドさんに感謝の意を込めて頭を下げ、いただいた干し肉を手提てさげの巾着きんちゃくに詰め込んだ俺は、門衛たちに見守られながら歩き出す。

 

 英雄たちの付き添いじゃない。正真正銘の冒険者としての、この道を。

 

 「エリオン! 絶対に生きて帰ってこいよ! みんなここで待ってるからなー!」

 「おおーっ!」

 

 

 遠くで手を振り続ける門衛たちに拳をかかげる。放った雄叫びは、澄み切った白い空にどこまでも響いていった。

 

 

 

 ◇◆◇

 



 それからしばらく歩き、森の前で立ち止まる。

 

 『導きの森』……冒険者になった多くの者が最初に通る、魔物出現地域の一つ。

 そして、俺がアルフォードのパーティから追放された因縁の場所だ。

 

 「よし……全員! 集合!」

 

 周囲に人の気配が無いことを確認した俺は、虚空こくうに向かって叫んだ。すると、俺の全身が光り、四つの光の筋が発生する。それらはキャルロット、フローダ、リズ、ララキアの4人に早変わりし、俺の周囲に降り立った。

 

 「いよいよですね! ご主人様!」

 

 相変わらずの元気の良さで、キャルロットがふんすと鼻を鳴らす。これまでの鍛錬が実を結ぶかどうかの日でもあるので、意気込んでいるのだろう。

 

 「ああ。ようやく戻ってこれたよ……この森に」

 「以前は入ったばかりの頃にパーティから追い出されたものねぇ」

 

 そうだな。まあ、奥地に行く前だったからこそ、遭遇した魔物がジャイアントベアの一頭だけだった、と考えることもできるが。ってことは、あのタイミングでの離脱はむしろ結果オーライだったのかな。

 

 「早く、ご主人様に非道ひどうな行いをしたあの連中たちを追いかけましょう」

 

 キャルロットが少しだけ調子を落とした声で言う。当時の事を思い出して、今さらいきどおりを覚えたようだ。

 

 「そうだな。まだあいつらはエルステインに帰還していない。この先に今も滞在しているはずだ」

 「でも、追いついたとして、それでどーするのですか~? まさか、あの方たちに戦いでも挑むと?」

 

 宙に浮かぶララキアが、どこか試すような目付きで俺を見下ろす。はっ。思わず吹き出してしまった。

 

 「バカ言え。たとえ不意打ちしたって、今の俺じゃあアルフォードに傷一つつけることなんてできないさ。ただ、認めさせてやるんだ」

 「認めさせる?」

 

 「ああ」と頷き、俺は帯刀する剣の柄をギュッと握り締めた。

 

 「アルフォードの腰ぎんちゃく……役立たず……ずっとそう言われ続けてきた。でも、こんな俺でも冒険者になれると。この『』をクリアして……そう、ヤツらに認めさせてやるんだ」

 「…………そうですか」

 

 俺の答えを聞いたララキアは、パッといつもの天使の微笑みを灯らせる。

 

 「よかったのです~。ちょ~~~っと強くなったくらいでご主人様がチョーシに乗ってしまうんじゃないかと心配してましたが、安心しましたー」

 「なんだよ心配って」

 「だって~。ご主人様が死んでしまうとララキアたちも消滅してしまうのですから~。ちゃあんと身の丈に合った考えをもっててよかったのです。これもララキアたちのおかげですね!」

 

 ンなわけあるか!

 

 「まあ。気付いていなかったのですか? 今までララキアたちがご主人様につらく当たっていたわけを。全ては正しい方向に導くため。ララキアたちはご主人様の幸せを第一に考えてるのですよ~」

 「その割には街に流れる悪評で苦しむ俺を喜悦きえつの表情で眺めていたよな?」

 「まさか。とってもとっても可愛そうで、それを隠すためにあえて笑顔だったのです~。心では泣いていたのですよ~。しくしく」

 「そう……わたしも、あんな事はしたくなかったけど……全てはエリオンのため」

 「ほう? 熟睡してる俺の口にポーションのビンを突っ込んだのは俺のためと? そうして泣き叫びのたうち回る俺を放置してレポートを書きながら部屋を出ていったのも俺のためだと?」

 「……男の子は、泣いてる姿を……女の子に見られたくない生き物だから……」

 「泣かせた張本人が何言ってんだコラぁ!」

 「はいは~い。お喋りはその辺にしましょう。日が暮れちゃうわぁ」

 

 俺たちの言い争いを、リズがパンパンと手を鳴らして止める。確かに、この森を抜けるのに、休憩も含めて半日は掛かるからな。早いうちに出発しないと、夜の森は危険度が跳ね上がるし。

 

 「それじゃあ、出発しよう。俺とキャルロットが並んで先頭を歩く。フローダはその後ろについてきてくれ」

 「はい!」

 「うん……」

 「で、ララキアは空から俺たちのナビゲートと索敵さくてきだ。よろしくな」

 「やれやれ。幸運のスキルにそんな能力は無いのですよ~」

 

 ブツブツと文句を言いながらも、上空へと舞い上がっていくララキア。

 

 「リズは、悪いが休憩の時まで出番なしだ」

 「しょうがないわねぇ。お姉さんは戦うことができないから。その代わり、お昼には期待しててね?」

 

 少し悔しそうに微笑んだリズは、パッと光の粒になって消える。

 

 「よし、それじゃあ出発だ!」

 

 そして、残った俺たちは森の中に足を踏み入れた。

 


 

 それからしばらく森の中を整地された道なりに歩いていると、頭上から声が降りてくる。

 

 「ご主人さまーっ。複数の魔物らしき影が近づいてますよー」

 「ん、来たか。よし、全員戦闘態勢だ!」

 

 俺とキャルロットは剣を抜き出し、フローダは魔法書を開いて身構えた。

 

 数秒後、目の前のしげみが揺れ、そこから狼の集団が飛び出してくる。『ローウルフ』という、下級の魔物だ。

 

 数は7匹。臭いを辿って俺たちの許に辿り着いたのか。ガルルル、とうなり声を上げ、一斉に俺たちに向かって走り出した!

 

 「よし、見せてやれキャルロット! 俺たちの特訓の成果を!」

 「はい!」

 

 すかさず俺はキャルロットに指示を飛ばす。それを受けてキャルロットは走り出し、左右に展開する集団の中に突入した。

 

 普通に考えれば、群れの中に飛び込むなど自殺行為に等しい。だが、を覚えた今の彼女ならば、その危険地帯は絶好のポジションとなる。

 

 そして、敵陣の真っただ中に踏み入った少女を目がけ、ローウルフたちが飛び掛かった!

 

 対して、キャルロットはロングソードの柄を両手で持ち、後ろに低く構える。

 

 「天!」

 

 ローウルフを十分に引き寄せ、間合いに入った瞬間、右足を軸とした一回転。

 

 「竜!」

 

 その回転切りによって発生した光の渦が、斬撃をまとってローウルフたちを1か所に押し詰める。

 

 「けえええぇぇんっっ!!」

 

 そうして密集するローウルフたちは、飛び上がりながら放つキャルロットの振り上げの一閃によって切り裂かれながら吹っ飛んだ。


 

 『天竜剣けんりゅうけん』――1か月にも及ぶ鍛錬の果てに体得した、たった一つの剣技。

 まず回転斬りを繰り出して複数の敵を一か所に集め、飛び上がりながらの斬撃で一網打尽にする、必殺の技。

 

 「――――ちっ。二匹、逃しました」

 

 だが、やはりまだ覚えたての技。本来なら一か所に纏めた全ての敵を一刀の元に断ち切るはずだが、二匹だけ致命傷を負うことなくキャルロットの太刀を回避する。

 

 そうして地面に着地したローウルフは、一旦は追撃の構えを見せる。しかし、その耳がピクリと動いた瞬間、なぜか二匹とも茂みの中に逃げ込んでいった。

 

 「なんだ?」

 「ご主人様ー。今度はそちらに大型の生物が迫ってます~」

 「大型の生物?」

 

 ララキアの報告が降りてきたその時、ドシンと足の裏に伝わる地響きが鳴る。

 

 音の発生源は、ローウルフたちが逃げていった方向とは真逆の方角。やがて、鬱蒼うっそうとした森の中から全身が焦茶こげちゃの生物がのそりと姿を現す。

 

 「…………会いたかったぜ、お前にな」

 

 なるほど……ローウルフたちはお前の気配を察知したってわけか。

 

 貫禄かんろくのある四足歩行。ナイフのような爪に、長く太い牙。見る者を威圧する巨体。

 

 ――ジャイアントベア。

 

 「ご主人様!」

 「下がってろ。こいつは……俺が相手をする」

 

 加勢に来ようとするキャルロットを手で制し、俺は剣をそいつに構えた。

 

 「ガアアアアアアアア!!」

 

 剣の輝きが闘争本能を刺激するのか。はたまた、俺をあの日に食いそびれたエサだと認識しているのか。

 猛々たけだけしく咆哮ほうこうしたジャイアントベアは、猛烈な勢いで俺に突進してくる。

 

 「ふっ!」

 

 俺はすぐさまジャンプし、その焦茶の弾丸を飛び越えた。そして、着地と同時に地を蹴り、無防備な背中に剣を振り下ろす!

 

 「グオオ!」

 「ぐっ……?」

 

 しかし、すんでのところでジャイアントベアは振り返り、その鋭利な爪で俺の一撃を受け止めた。ならばと体重をかけて刃を肉に刺し込もうと試みるが、膂力りょりょくの差は歴然で、俺の剣はどんどん押し返されていく。

 

 「……っ、やっぱ、純粋な……力比べじゃ、勝てねえか……!」

 「グオオオオオ!!」

 「ううっ!」

 

 そして、キィン! と剣が爪に弾かれ、俺は後ろに大きくバランスを崩した。

 

 そこを好機と見たか――ジャイアントベアが両手を広げて迫ってくる。

 

 「はっ、さすがに剣術だけじゃまだお前に敵わねえか……だが!」

 

 喉笛のどぶえを狙う鋭い牙が肉薄にくはくする絶体絶命の瞬間。されど俺は、右手を突き出し、強く笑う。

 

 「今の俺にはこれがあるんだよ! 『爆炎弾フレイムバレット』!!」

 

 右腕に魔力を溜め、叫びながら撃ち出したのは火の弾丸。フローダとの特訓(という名のポーション地獄)で身に付けた、火属性の下級魔法だ。

 

 それは隙だらけのジャイアントベアの胸元に着弾し、その瞬間、目がくらむような紅蓮がほとばしる!

 

 「ギャアアアアアアアア?!」

 

 その爆風をまともに浴び、ジャイアントベアは大きく後ろに吹き飛んだ。

 

 しかし、致命傷にはなり得なかったようだ。やがて、胸部から黒い煙を立ち上らせるジャイアントベアはムクリと起き上がると、忌々いまいましそうに俺を一睨ひとにらみし、覚束ない足取りで森の中へと消えていった。

 

 「………………はぁ~~~~……」

 

 その後姿が闇の中に溶けていったのを見て、俺は肺に溜まった空気を全て吐き出した。

 震える指先は、恐怖の証か、武者震いの余韻か。だけど、決して悪い気はしない。

 

 「…………仕留めきることはできなかった、か」

 「はい。ですが、追い払うことはできました。ご主人様の勝利です」

 「……そう、だな……」

 

 『天竜剣』。『爆炎弾フレイムバレット』。どちらも初歩中の初歩の技。才能がある者なら一週間くらいでマスターできるだろう。


 それを、二つとはいえ会得するのに一か月も掛かってしまうのだから、改めて自分の才の無さを思い知らされる。

 

 でも……それでも俺は、ジャイアントベアに勝った。もう、たった1人で森の中に置き去りにされる俺じゃない。冒険者、エリオン=アズロードとして、ヤツらと同じ舞台に今、俺は上がったんだ!

 


 「絶対に認めさせてやる……! 待ってろよアルフォード!! レイシア!!」


 

 みなぎる自信を声に換えて、俺は今一度、俺に誓う。

 

 そして、キャルロットとフローダを引き連れて、さらに森の奥へと進んでいった。 

 




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