第10話 ルーシーの爆弾発言

 ルーシーはまるで、ゴキブリでも発見したみたいな目で、私とピエトロを交互に見た。


「なんでここにいるの?」と私とルーシーの口から、同じ質問が同時に出る。


「私はその……ピエトロが家間違えちゃって。

 あ、そっか。ルーシーもパーティー行くとか言ってたけど、ここだったんだね。すごい偶然。

 そういえば、ルーシーはピエトロと初対面だよね。こちら、ピエトロ。それから、こっちがルーシー」


 知らない人のパーティーにまぎれこんでる気まずさから、早口にまくしたてて、ピエトロとルーシーをお互いに紹介した。でも、ルーシーの顔はこわばったままで、ピエトロも黙っている。


「えっと。あの、ごめんね。よその人の家に無断で入ってきて。家を間違えちゃったんだ。もうすぐ出るし。ねぇ、ピエトロ?」


 なんだか変な雰囲気になってて、居心地の悪さから、さらに早口で付け加える。


「初対面じゃないよ。」とルーシーが少し尖った声をだした。

「会ったことある。まあ、あんたはきっと私のこと覚えてないだろうけど」ルーシーは私じゃなくてピエトロに言った。

「覚えてるよ」とピエトロが肩をすくめる。

「私の誕生日パーティーにも来てたもんね。呼ばれてもないのに」

「あれは……」とピエトロが言いかけたところで、

「興味ない」とルーシーが言い捨てた。

 ルーシーは靴を履いていなかった。脱いだハイヒールが草の上に乱雑に転がっている。

「しずか、行こう」そう言って、ルーシーが私の腕をつかんだとき、プンとお酒の匂いがした。


 ルーシーは強引に私の手を引いて歩き出した。足元がふらふらしている。


「ルーシー、靴!」と私が言うと、ルーシーは元に戻ってハイヒールを拾う。バランスを崩したルーシーを、ピエトロがとっさに支えた。

「触らないで!」とルーシーが一喝する。ピエトロはルーシーから離れて一歩下がった。


「ねえ、ルーシー。もしかして、めちゃくちゃ酔ってる?」と顔を覗きこむと、ルーシーは私の腕をつかんで、また歩き出した。靴は履かずに、左手で持ったままだ。


「ピエトロ、ごめん。私ルーシーを送って、そのまま家に帰るね」


 なにがなんだか、ちっともわからない。混乱した頭のまま、とにかくルーシーを家まで送ることにした。


「ルーシー、足元気を付けて。ガラスとかあるかも」


 こんな千鳥足だとハイヒールじゃ歩けないから、ルーシーは裸足でコンクリートの道を歩いた。幸い、私たちの家は歩いて五分もかからないところにある。


 家に帰ると、ルーシーをとりあえずソファーに座らせてから、キッチンでコップに水を入れて、ルーシーに手渡す。

「ありがとう。」と言って水を飲む口元から、水が一筋垂れる。膝上のワンピースはずり上がり、胸元もはだけてブラのレースがのぞいている。セクシーを通りこして、少し心配になってしまうような格好だ。ルーシーがカラにしたコップを取り上げて、ブランケットをかけてあげた。


「しずか、あいつはダメだよ」そう言うルーシーの目は少し赤みを帯びて、トロンしている。

「あいつって、ピエトロのこと?」私がそう言うと、ルーシーはふっと笑った。

「ピエトロって、あいつ、ピーターじゃん」

「知ってるの?」私が驚いてルーシーの目を見ると、ルーシーは目をそらして、肩をすくめた。


「なにがあったの? ピエトロ……その、ピーターと」

「昔の話だけど」そう言うと、ルーシーは黙り込んでしまった。

「なにがあったの?」しびれを切らしてもう一度聞いてみた。

「……吐く」

「え?」


 ルーシーはヨロヨロとトイレに行って、胃の中のものを便器に吐いた。私はルーシーの髪の毛が便器に入らないように手で持ってあげながら、背中をさする。中のものをあらかた吐き出してしまった後、ルーシーの顔色はいくらかよくなった。


「ルーシー、今日はもう寝なよ。明日また話そう」そう言うと、ルーシーは素直にうなずいた。


 私がルーシーをベッドまで連れて行くと、ルーシーはパーティーに着て行ったワンピースのまま、ブラだけ器用に外してベッドに横たわった。ルーシーの顔から、だらんと力が抜けて、ルーシーは目を閉じた。


「おやすみ。」と小声で行ってから、電気を消す。ドアを閉めるとき、背後から「ジェシー」と私を呼ぶ声がして、振り向いた。


愛してるアイ・ラヴ・ユー」目をつむったままルーシーが言った。

私も愛してるよアイ・ラヴ・ユー・トゥー」と返してから、ドアを閉める。友だちに「愛してる」と言うのは、めずらしいことじゃない。でも、「愛してる」なんて言ってもらえるくらい仲良くなった友だちは、ルーシーが初めてだな、と思った。


 ピエトロにメールで、ルーシーの家にはとりあえず来ないほうがいいと告げて、私も眠った。自分のベッドで眠るのは、久しぶりだった。


(つぐく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る