第6話 動き出す者達

 とある一室にて。


「失礼します、。こちらを」


「あら、ありがとう。ベン」


「それでは失礼します」


 そう呼ばれた男、ベンは数枚の紙を渡して部屋を出た。


「ふふっ、今年はシンが転生して8年。確か今は、ライナスっていう名字だったかしら」


 そう言って、陛下と呼ばれていた彼女は先程渡された紙にその名字を探した。

 そして、探し始めてから5分が経った。


「……嘘、嘘嘘嘘嘘、嘘よ。なんで、なんで無いの!?何で無いの!?転生の術式は完璧だった!設定もしっかりとできていた!そのはずなのに!何でないの!?」


 彼女は焦った。これでは彼に、シンに会えないと思ったからだ。

 と、その時に窓側から声がした。


「おや、珍しいですね。貴方がそんなに慌てるなんて。いえ、やっぱり変わっていませんね。すぐに慌てるところ」


「っ!?あ、貴方!?何でここにいるの!?シンが神聖樹になってからすぐに居なくなったはず!?」


「そりゃあ、シン様のいないこの国に価値はありませんし」


「な、何ですって!その言葉を撤回しなさい!」


 そこにいたのは、アルの前世のシンのの部下だった者。


!!」


「お久しぶりですね、第二皇女殿下。いえ、今は女皇陛下でしたか。おやおや、そんなに警戒せずとも、私は貴方を襲いに来たわけでもありませんよ?」


「怪しいわ!貴方は昔から信頼できないのよ!」


「そうですか。それは少し悲しいですね。まあ、今日こちらに伺ったのは他でもありません。その貴方が焦っている原因のシン様についてです」


「っ!?貴方、シンの何を知って、というよりも、何でシンが転生することを知って!?」


 そう、アリシアの口振はまるで、彼が転生するのを知っていたかのように。

 すると、彼女は口を三日月のように歪めてこう言い放った。


「それは、貴方の術式に干渉したからですよ。貴方、ついでに不老不死の術式も開発されていましたね。その努力は尊敬に値します。ですが、こちらの方が一枚上手だったようです」


「なっ!?あの術式に干渉した!?ありえないわ!?あの術式は干渉防止も含まれていたはずなのに!?」


「ああ、あれですか。それなら簡単に解けましたよ。協力者がいましたから。確かにあの術式はとても複雑ですごかったですが、私の戦略が優ったというだけです」


「貴方は今のシンについて何を知っているの!?」


「もう直ぐ貴方もわかるはずですよ。ほら、先程の執事が来ますよ」


 そう彼女が言うとすぐに部屋のドアが開かれた。


「失礼します、陛下。緊急事態です。悪魔がニュールンクに現れ、貴族街と平民街に被害が及んだとの連絡が…」


「なっ!?ニュールンクって確か…、でも悪魔って…はるか昔に滅んだはずじゃ!?」


「そうですよ?確かに悪魔は滅びました。1500年前くらいに…表面上は、ですが」


「っ!?表面上?……まさか、滅んだというのは嘘で…」


「いいえ?滅んだのは本当ですよ?そのが滅んだというだけで。この世界に来ていた奴だけが滅んだだけであって。実際にはまだ少数でしたが生きて居たんですよ」


「なっ!?」


「……陛下、先程からと喋っておらっしゃるのでしょうか?私からは何も見えませんが…」


「…え?」


 そう、ベンの目からはアリシアを見ることができていなかった。


「…ベン、まさか見えていないの?アリシアのことが」


「アリシア、という人がどなたか存じませんが、少なくとも、私からは陛下しかこの部屋にはいないということしかわかりません」


 そこへ、アリシアが話に割り込んできた。


「それはそうでしょう。だって、貴方にしか見えないようにしているんですから」


「なっ!?」


 彼女は直ぐに気づくべきだった。

 アリシアがいたのに、ベンが一切警戒していなかったことに。

 それほどまで、アリシアという存在に意識を向けていたことに。


「……ベン、部屋の前で待機していて」


「ですが」


「これは命令です」


「…わかりました」


 そう言って、ベンは退出した。

 そしてアリシアは防音魔術をこの部屋に張り巡らせた。


「これから話すことは私にとっても、貴方にとってもとても重要な案件となります。先程の執事に聞かれるわけにはいかなかったので助かりました」


「あっそ。で、その案件は何?」


「まず、私の正体からですね」


「え?人間じゃないの?貴方」


「ええ、先程の私の話を思い出してください」


「さっきの話?それって、悪魔が生きていたとかそこあたりのこと?」


「はい。思い出してください。そして質問です。何故、私は悪魔のことを知っていたのでしょうか?それが答えです」


「何故、悪魔のことを知っていたのか……っ!?」


 気づいた瞬間、彼女はアリシアに向かって風の魔術を放っていた。

 しかし、アリシアはそれをハエをはたき落とすが如く、それを弾いた。


「なっ!?」


「さすがですね。エルフの賢者様であり、そしてこの国を統べる女王様。こうも反射的に魔術が撃てるなんて」


「貴方、悪魔だったのね」


「ええ、そうですよ?」


「このことはシンは知っていたの?」


「もちろんですよ?逆に、シン様から正体を明かさないように、厳命されていましたから」


「なっ!?シンはそれを知った上で貴方と行動していたというの!?」


「ええ。逆に、私がいたから他の部下を取らなかったんですよ」


「……なるほどね。どうりでおかしいと思ったのよ」


 そう言いながら、彼女はまた魔術を放つ。

 しかしそれも直ぐに防がれてしまった。


「あらあら、昔から気性が荒いのは変わりませんね」


「うるさい!貴方が悪魔と分かった以上、ここで殺す!」


「それは困ります。これからシン様をお出迎えしなければならないので」


「っ!?やっぱり!ニュールンクを襲ったのは貴方の仕業だったのね!」


「いいえ、正確には私の部下ですよ。私、それなりの地位にいるんです」


「随分と出世したのね。貴方の元上司としては嬉しい限りだわ」


「あらあら、ありがとうございます」


「でも、だからといって負けるわけにはいかないのよ!」


 そういうと、彼女は火と土の混合魔術をアリシアに放った。

 これも直ぐに防がれてしまうが、彼女はそれを影に接近戦に臨んだ。

 しかし、横から妨害が入り、失敗に終わる。


「アリシア様。お時間です」


「あら、ありがとうございます。それでは陛下、いや、様私はこれで。……行きますよ、


「っ!?!?」


 その名は遥か昔にシンやエリとよく行動をしていた男の名だった。


 ***


 アリシアとガイルは悪魔達が住む、四次元世界に戻った。



「お疲れ様です。ですがよかったのですか?あそこで姿を表して」


「別に構わねえよ。もう俺は、人間じゃねえ。だ。人間のことなんざどうでもいいさ」


「そうですか」


 異次元世界にある、アリシアの家に二人は戻った。

 正確には家などというものではなく、なのだが。


「それはそうと、シンのやつ、いや、今はアルだったっけか?何でも、前世の記憶、シンの時の記憶がごっそり無くなってるってさっき報告が来てたぞ」


「そうですか。さすがシン様です。こんなことも予想していたなんて」


「ん?どういうことだ?」


「記憶復元の魔術、シン様はあらかじめ作っていたんですよ。その術式を私に教えてもらいました。まあ、王宮勤めだった時の話ですが」


「へえ、あの時期か」


「ええ。その時に教えてもらいました。これを使えば、恐らくは」


「分かった。俺の部下にそう伝えておく。今日はもう疲れたろ。明日はシンに会うという、お前にとっては大事な日だろ。休んどけ」


「……いえ、まだ終わっておりませんよ。というか今から会いに行きます……どうしました?そこをどいてください」


 アリシアの口から会いに行くという単語が出た瞬間、ガイルは直ぐに行く道を塞いだ。


「駄目だ。休んどけ」


「何ですか?このである私の前に立ち塞がるとは。覚悟はできているんでしょうね。分かったならさっさと退きなさい」


「何でそこまで行きたがる」


「そりゃあ、シン様が寝てるはずだから…」


「だから駄目だって言ってるだろ!あいつは今は疲れてるんだ。だから…」


「退け」


 アリシアがそう言った瞬間、ガイルは本能で退いてしまった。


「しまっ!?」


「後の作業はよろしくお願いしますよ。それでは」


 すれ違う瞬間にガイルにそう告げた。

 そして彼が目にしたのは、猛スピードで廊下を走るアリシアだった。


 ***


「ふむん、シンが復活したとな」


「うん、だから…」


「駄目だ」


「ええ!?」


 所変わってここは死の森と呼ばれる、ニュールンクとはかけ離れた場所にある所だ。

 そこには、森の主とされる狐の親子がいた。


「ねえねえ、いいでしょ?会いに行っても」


「駄目だ」


「何で!?」


「異次元世界にいるからだ」


「ええ…あそこ?ということは、まさか…」


「十中八九、アリシアが動いたな」


「嘘でしょ…あの女動くの早すぎない?」


「しょうがないだろう。シンのこととなると、あやつは誰よりも感情的そしてすぐに行動に移す」


「うう……早くシンに会いたい」


「……今度アリシアに連絡してみるか」


「ええ…だったら自分から会いに行くよ」


「正気か?異次元世界だぞ?」


「…頑張る」


「……はあ、分かった。行きたければ行け。全て自己責任だからな」


「ありがとう、お父さん!」


「(今度会ったら覚えておれよ、シン)」


「お父さん何かいった?」


「いいや、何でもないぞ」


 彼らが動き出す。

 それは新たな時代が今まさに始まろうとする瞬間だった。



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