【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

二年生 前期

1 王女様は暇つぶしをご所望


「暇ですわねぇ…」


放課後のどこか弛緩した空気が漂う中、少し低めで艶のある声が聞こえる。


ここはメネティス王立魔法学園の中庭。

夏の名残りの百日紅が、所々でピンク色の花房を覗かせている。


私は読んでいた本から顔を上げた。

お気に入りの大きな木の根本に座っているのだけど、その後ろに東屋があって、声はそこから聞こえたようだ。


あの声は、同じクラスのアマーリエ第三王女殿下だ。

と、いうことは…


「二年生になって魔法の勉強が本格的になったのに、暇だなんて余裕ですね、アマーリエ殿下。

明日の授業の予習でもされたら如何ですか?」


ちょっと皮肉めいたことを言う声は、宰相閣下の嫡男ユラン・ハイベルグ公爵令息だろう。


ストレートの長い金髪を後ろでひとつに結び、瞳は珍しいブルーグレー、美しく整った顔は滅多に笑わないせいで冷たい印象を受ける。


「やなこと言うなよユラン」


ユラン様の言ったことに、おそらく顔を顰めているだろう声は、名門公爵家嫡男のエルダー・シュトレ公爵令息。


癖のある艶やかな黒髪に紫の瞳で、明るく社交的な可愛い系美少年。


「暇なのか? アマーリエ、午後の訓練一緒にやるか?」


意味不明なお誘いをしているのは、騎士団長嫡男のライリー・トリスタン伯爵令息。


短く切り揃えた赤い髪に橙色の瞳。

二メートル近い身長に鍛え上げられた屈強な身体、彫りの深い男らしい顔に、狼の耳と尻尾を持つ獣人族だ。


この御三方はアマーリエ様の婚約者候補で、学園卒業時に正式決定されるアマーリエ様の降嫁先をめぐるライバルだ。

お互いを牽制するあまり、常に一緒に行動しているという…私の中では[王女様とお取り巻き]


まあ、ライリー様が常に一緒にいるのは、アマーリエ様の騎士であり護衛だからっていうのもあるだろうけど。


皆様、私と同じ二年生でAクラス。

成績優秀者が集まるクラスだ。


一年生の時も同じクラスだったけど、身分が違い過ぎて挨拶くらいしかしたことはない。


四人は、東屋の裏の大きな木の後ろにいる私のことには気付いていないらしい。



「嫌よ。ライリーの訓練、次の日体中痛くなって大変なんですもの」


アマーリエ第三王女殿下は、緩やかに波打つ腰まである銀色の髪に、血のような紅い瞳の超絶美女だ。

まだ十四歳なのに、すでに出る所ががっつり出ていて羨ましい。


ちょっとした仕草のひとつひとつがすごく優雅で美しく、女生徒達のお手本だ。


ザ・王女様って感じなのに、

訓練…したんだ。

思ってたイメージとちょっと違ったな。


王族といえば、王太子のレオナルド殿下も同じクラスにいる。

レオナルド殿下とライリー様は、私と同じ二年生だけど年齢はふたつ上になる。


留年した訳ではなくて、先に二年制の騎士学校を卒業してから、この魔法学園に入学したのだ。

魔法騎士を目指す人や王族男子はこのコースを取ることが多い。


お陰で同じ学年の同じクラスに王族が二人いることになった。

あのクラス、身分の高い人が多くて恐れ多すぎる。


ちなみにレオナルド殿下は王妃様の子供で、アマーリエ様は側妃様の子供だけど、普通に仲が良い。

平和で何よりだ。


「違うのよ!わたくしが求めているのは、明日の予習でも鍛錬でもありませんわ!」


違うんだ。


「じゃあ何だよ」


「こう…ドキドキワクワクするような……甘酸っぱくて、キュンッとする…」


「何の話しですか?」


「もう!貴方達、本当にわたくしの婚約者候補なんですの?!朴念仁にも程がありますわ!」


「アマーリエ様、恋がしたいなら僕としたらいいよ。心臓が止まるくらいドキドキさせてあげるから」


心臓止めちゃダメだろう。


エルダー様の言葉に、心の中でこっそりツッコミ入れてたら、アマーリエ様が焦れたように言った。


「わたくしが恋をしたいのではありません!誰かが恋に落ちる、その瞬間を見て楽しみたいのです!」


「何だよソレ」


うん。何だソレ。


「そうですわ!いいことを思い付きました。

貴方達、入学からずっと学年首位をキープしているシェリル・マクウェン男爵令嬢はご存知でしょう?」


んん?


「同じクラスだよな?喋ったことはないけど」


「身分が違うから、あちらから話しかけてくることはないですしね」


「金髪に緑の目のちっちゃい子だよね。休み時間も勉強してて、話しかける隙がないんだよね」


……ちっちゃい子?


「そう、あの勉強しか興味のないシェリル・マクウェン男爵令嬢に、貴方達が恋を教えるのです!」


「「「ええ?!」」」


ええ?!

どういうこと?!


「何を仰っているのか良く分かりません。恋について講義でもしろと言うのですか?」


「もう!違いますわ!彼女が貴方達に恋をするように仕向けるのです。つまりゲームですわ!もちろん、勝った人にはご褒美を差し上げましてよ」


「俺達はお前の婚約者候補だぞ?何で他の女を口説かなきゃならないんだ?」


そうだよね?!

いくら暇だからって、自分の婚約者候補に他の女子を口説かせるっておかしいよね?


「あら、わたくしの無聊を慰めるのも、婚約者候補である貴方達の大切な役目でしょう?」


混乱する私の耳に、アマーリエ様の艶のある声が響いた。


「とにかく、これは命令よ!あのガリ勉女を恋に落としなさい!」


「「「ええー!!」」」





え、えええっと…


学年首位のガリ勉女

シェリル・マクウェン男爵令嬢


って、私………のことだよね?

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