第17話 罪人薄幸の日

王が率いるニンゲンの軍が、魔王軍との戦争に勝利し、都への凱旋をしている帰途きと―――突如として王自身が行方不明になるも、無用の混乱を避ける為そのまま全軍は都へと撤収をしました。


が―――……依然いぜんようとして王の行方は知れるところとならず、『もしかすると王は、既に亡くなられたのでは』……との風聞が、そこかしこで聞こえた時―――。


「(未だ真実も定まらぬのに、もうそのような事を流布する者が……!)

イセリア殿!!」


「うむ……この状況は些かいささかまずい。

だが、こうする事によってえきを得る者は、こうなる事を織り込み済みで行動をしているものだ。」



やはり……と、言うべきか、知恵のある者は考え方が違う―――

直情的に物事を考えてしまう自分では、とてもそこまでの考えには至れることが出来ない、けれどこの魔族の女性は―――……



自分達ニンゲンとは違う魔族の識者は、謀略を巡らせられる立ち場になって考えていられる事に、セシルは感心したのです。

けれど事態としては好転する兆しすら見えず、欲しい情報も得られないままでは、このまま王を亡き者にしようとした者の思惑通りと成ってしまう。

それに折角世の混乱を収める為に……と、一念発起して起こした戦も、王が居なくなっては元の木阿弥……本末転倒―――

また戦争で一儲けを企んでいる者に、いいようにされてしまう―――と、心ある者が憂慮していたその時。


「(……ん? ――――あれは……馬?)」


何者かが、たった一人で……馬に騎乗し、この都城の大門に近づいてきた。

一体何者が―――と、確かめていると……


「(!)王―――!!」


「セシル、イセリア―――出迎えご苦労だ。」


「王よ……無事……なのですか?」


「ああ、大した問題はない。」


「それで……今までどこに?」


その……宮廷魔術師からの質問に、王は応答こたえようとはしなかった―――

応答こたえようとはしませんでした―――が……どこか強い意志が宿っているのが垣間見れた。


それより驚くべきは―――


「帰還早々ではあるが、私にはやらねばならぬことがある。

宰相に財務大臣、軍務大臣と商務大臣とを、玉座の間に呼びつけよ。

『大切な話しがある』―――と、称してな。

それと、セシルとイセリアも同席してくれないか。」


宰相を含める主要三大臣を、王が鎮座する「玉座の間」へと呼び、これから何をするつもりなのか……

それにこの四名は、予てかねてから“ある疑い”を持たれていたのです。


          * * * * * * * *


そして―――王からの呼びつけにより玉座の間へと赴いた者達は、生きた心地がしていませんでした。

なのに―――王からかけられたお言葉とは、意外にも……


「大儀であったな―――。

魔王を討ち果たし、ここに我々の戦争は一応の決着を見た。

お前達にも随分と酷いことを言ってきた私の不明を、許してくれ……。」



……はあ? 何を仰って―――

私達はてっきり、この者達を糾弾する為に呼びつけたものだと……

そして……私達には『その事を見届けよ―――』と、思っていましたのに……



王の忠臣である近衛長セシルは、王からのその言葉に違和感しか覚えませんでした。

そう―――確かではないものの、この四名は魔族との『主戦論者』であり、これまで幾度となく王の事を蔑ろないがしろにしてきた経緯があると言うのに……



なぜ……変わられた―――?

あなた様が行方を眩ませたこの一両日、何があったと……?



魔族でもある宮廷魔術師イセリアも、この時ばかりは王のげんに耳を疑うばかりでした。

『まるで人が違う』―――王自身もこの四名からの嫌がらせにも似たような事に、その頭や胸を痛めていたものだったのに……それを、手の平を返すかのように慰撫いぶする言葉。



だ・が―――



フ―――フフフ……なんだ、驚かせおって……

やはり所詮小娘、多寡だか王家に生まれ、王と言う地位に収まっただけの者。

ようやく我らの必要性に気付いたものと見られる……

ああ……そうだ、そう言う事だよ! お前は“神輿”だ―――“神輿”であらねばならんのだ!



佞臣は―――謀臣達は、当初王に呼びつけられた事に冷や汗こそ流しはしたものの、その口より紡がれた、自分達を慰撫いぶ言葉に、ここにきてようやく王が自分達の傀儡に成り下がるモノだと思ってしまったのです。


ところが……ある異変に気付いた宮廷魔術師は―――



う……ん? なんだ?あの方の眼は……―――



まるで……まるで―――下劣な汚物を、それも見下すかのような眼差し……

口で紡がれる言葉こそは、その者達を慰撫いぶしているかのように思われたのですが……


「それにしても―――この私も不覚を取ったものだ……。

魔王を討ち取り、勝利をこの手に掴み取ったからとて油断をしておったようだ。

いや、まこと、『この(私の)城に帰還をするまでが出師』―――とは、よく言ったモノだ!


なあ、聞いてくれるか?セシルにイセリアよ―――私は勝利に奢ったおごった余り、魔族の卑怯な手に掛かってな、いずことも知れぬ場所で、多くの魔族の刺客共に殺されるところであったわ!


……だが、その悉くことごとくを返り討ちにしてやった―――証拠を見たいか。」


瞬時に、玉座の間は、冥府の王の裁きの間と変わる―――


まさしく王は、冥府にいるとされている「裁きの王」の如くの声質に変わり、その場にいた4人もの罪人に、その罪状を言い渡しているかのようだった……

その笑い声も、いつもの軽やかな……鈴を転がすかのような心地の良いモノではなく、まるで下劣―――まるで愚劣極まる者にこそ似つかわしい、“嘲笑”……

それは、『すべてお見通しだ』―――と、言わんばかりに……


そして、4人もの罪人の目の前に投げ入れられる、魔族の刺客のものと思われる馘……

それを見て、青褪め―――縮み上がる者達……


「うん―――? どうした……? 顔色があまり優れないな? どうした―――嘲えわらえ……嘲えわらえと言っている!

それともなにか……? この私が、おめおめと生きて返ってきたことが、不思議でならないか―――!!!」



『総て……お見通しでいらっしゃる―――』



4人の内の誰かが、そう“ぽつり”と呟いたつぶやいた……


すると、王の口より罪人の肚に響き渡るが如くに―――


「以下の者に死を給わるたまわる―――財務・軍務・商務大臣……己らは王である私を蔑ろないがしろにし、国を私物化しようとした、どうだ……反論はあるか―――!!」


突如としての「死の宣告」に、一同は震え上がる……程度の言い訳も赦さぬとばかりの王の畏怖に、「死の宣告」を受けた三名は力なく項垂れうなだれ……王の命を受けた衛兵により連行されて行きました。



ただ―――……

そう……ただ―――この陰謀を主導していたとみられる一名のみには……


「今回に限り、そなたの事は不問と処す―――これが何を意味するか、改めてそなた自身に問え。

そして……“次”はない―――そう思え……」


確かに王は、見ない内にすっかりと変わってしまわれた……

以前までは年相応の、未だあどけなさが残る齢16・7の少女だった者が……

この一両日の内に、真の王者としての風格を纏っていた……

謀臣のはかりごと悉くことごとく看破りみやぶり剰えあまつさえ処断する―――と言う、決断力……

あんなにまで自身の不甲斐なさを呪い、常に涕くれていた者が……


その事は頼もしくもありましたが、ならばこそ知りたくもなって来る―――と言うのは、人の真理と言うモノで。


「王……よくぞご英断を―――」


「済まない……少しばかり一人にしてくれないか―――」


無理もない、この国に蔓延はびころうとしている悪の芽を未然に潰したのだ。

若い―――とは言え、その心労は計り知れない処がある……。

そう思い、セシルとイセリアは王の意向とするままに王のそばから離れました。



これで……一つ成し遂げられたか―――

どうだ……見ていてくれたか? 私の内に微睡むまどろむ“もう一人の私”よ……



         ―――――――――……………………。



王は、自分の内に呼びかけましたが、もう“その存在”からの返事は、ありませんでした……。


孤独な王が、寂しがり屋の君が―――ようやく独り立ちし、何かを成し遂げたかを見届けるかのように……

今まで一番に励ましてくれた者が、いなくなってしまっていた……


その事は今少し寂しくあるものの、やおらすると王は―――


「(……)済まなかったな、入ってくれ―――」

「それにしても、大した者だな、お前は。」


「うん―――?」


「あの三人の処分、実に見事だったぞ。 あれを見せられては宰相も―――」

「セシル、さすがにそれはないのではないか?」


「(う……ん?!)」


「―――は??」


セシルもイセリアも、王の内に潜む「意識イデア」のリリアの事は知っていました。

それに、その者自身が宰相が巡らせた陰謀を暴いてあばいてみせた事があるのを知っていたことから、今回の一件もてっきりその者が入れ替わって為したモノだと思っていたのです。


ところ……が―――?


「“友”だからこそ馴れ馴れしくしたい……そこは判る―――が、しかし……だ。

そなたの今の態度、そなた自身の主君に相応しくない……そうは思わぬか?」


「(……)もしかすると―――王ご本人か??」


「イセリア―――そなたまでもか!?」


「そっ……でっ、では―――先程の裁きは??」


「私自身だ―――」


「(ヒイィッ!)こっ……これは大変なご不敬を―――」

「失礼を承知で申しあげます。 一体いつから「意識イデア」の者は……」


「判らぬ……あやつはここ最近微睡まどろんでばかりであったからな。

それが、この私がようやく独りで立てる事が出来たのを見届けたからか……居なくなっていた―――

お前達二人に問おう、私は―――誇らしき王に……民達に相応しき王と、成れただろうか……。」


思えば王は、“先代”から王位を継ぐにしても未だ十分とは言えるまでもないままに―――つまり、王と成る勉強の途中で、新たなる王位に就かざるを余儀なくされていました。


早過ぎた“先代”の死―――ゆえに、国政の何たるかを知らない……

だからこそ、佞臣・謀臣の格好の“神輿えじき”と成る処だった……


そんな時に、立て続けに起こった出来事―――今では既に正体は判っているものの、当初は知るはずもなかった“魔族”―――北の魔女の「宮廷魔術師」就任……「近衛長」との開襟―――そして、“もう一人の自分”との出会い……

この三名からの支え合いによって、ようやく独り立ちが出来るまでになった……

それに、数々の難題・難関を突破することにより、付いてきた自信―――


そしてついには、王の国に蔓延はびこる「獅子身中の虫」共を一掃するなどして、王のしんにもその威光を知らしめることが出来た……。


それを見届けるかのように、自分の内より去って行った、“もう一人の自分”―――……

王は、他の誰から褒められるより、その“もう一人の自分”から褒めてもらいたかったものでしたが、最早それは叶わぬ願い……

けれどその代り、喜んでくれている二人の“友”の存在のかくたる事に、後ろは振り向かずにいたのです。



しかし―――この後、事態は思わぬ展開に……



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