第8話 東の魔女

ガラティアには、一つ心当たりがありました。

かつて自分も、その“姉”なる者と手合わせをしたことがあったから判る事。

言ったところで自分は『死せる賢者』―――つまり、ひ弱な印象を与える魔術師であり魔導士の類なのですが。

相手となったのは紛れもなく「戦士」……己の“拳”を―――“脚”を―――“技”を……神の域にまで達せさせた、最強の“姉”。


しかし―――そう……その者は“姉”なる者であるのです。

つまりは、“あと一人”……


「そぉ~れぇ~よぉ~りぃっ! ガラティア―――“様”じゃなくってぇ~~「お姉ちゃん」だろっ!」

「は―――はい……?」


「いい~かぁい?今後は、私の事「お姉ちゃん」て呼ばないと、あんたの事一生“ちゃん”づけで呼んであげるんだかんね!」

「ナニ……コノヒト―――ナニイッテンノ?」


「話の腰を折るな―――馬鹿者が……それに“へべれけ”になるまで呑みおって……。 女媧が戸惑っているだろうが。」

「あ~~~でも、それ―――私も賛成~~♪ それじゃ私も、今後は「お姉サマ」とお呼びなさいね?♪」


「ジ……ジィルガ様まで? あの……もし、呼ばなかった場合には?」

「フフ~~ン……こっから先の話し、一歩も進ませんよ―――?w」


「おのれらは……いい加減にせんと―――」

「そーう言うあんたは、どっちで呼んでもらいたいんだい?w」


「なっ―――何を抜かしおる!」

「ん゛~~とね―――こちらの手記によると……「おねいちゃん」と呼ばれたいらしいわよぉ?w」


「あ゛っ―――貴様……それはっ!!」



なんだか……本編とは関係のない事が妾の与りあずかり知らぬところで進行しておったとは……。

しかし―――これでゴネられても仕方のない事じゃし……呼び方一つで収まるのであれば、まあ良いか……。



そして「お姉ちゃん」と、つい呼んでしまい、やけに瞳を“”うるうるさせた次女と三女に“もみくちゃ”にされ、しかも長女は“プルプル”と震えている始末―――

これで良かったのか―――と、思ってしまった反面、ここでようやく話の路線は本線へと戻ってくることとなり……


「お、お姉……ちゃんは、その者達の事を知っておいでなのか?」


「(プッwククク……)あ……ああ~~知ってるも何もさあ……w」

「(プwプwプw)ちょっ……お姉サマ―――不謹慎ですわ……よッw」

「(プルプル~)なっ……ナレらも、いい加減にせんか……」

「(ふぐぐぐ……)――――……。」


「いっやあ~~ゴメンゴメン―――だってさあ~~この子ったら可愛いんだもんww」

「ほ~~んとねェ~~w 私達、ほんの軽っるぅ~い気持ちで言っただけなのにさぁw」


「まあ―――気を取り直すとして……女媧、あんたもその名を耳にした事くらいはあるだろう? 【拳帝神皇】と【破神壊帝】の事を―――」


少し揶揄われたからかわれた事に、顔を引き攣らひきつらせるも―――ようやくの本題へ。

そう……その“ふた”の存在の事は女媧も耳にしたことはあるのです。

まるで“鋼”―――まるで“金剛石”を思わせるまでに鍛え上げられた肉体を持ち、その上その“拳”―――“脚”から繰り出される技の数々は多彩を極め、他の追随を許さない。

彼の者が一度ひとたび“拳”や“脚”を振るえば対戦相手の肉片すら残されはしない―――と、噂される【拳帝神皇】に対し。


片や並外れた身体能力を持ち、“姉”なる者である【拳帝神皇】の様に多彩に亘る技こそ保有までもしないにはしても、その“拳”や“脚”こそが凶器そのもの……一度ひとたびその“拳”や“脚”が振るわれれば、今ある文明は意味をなさなくなるまでにさせることが出来ると言う、“破壊”の申し子―――【破神壊帝】。


実を言うと、この2人の参陣を誰よりも望んでいたのは、現魔王なのだとか……

しかし、やはりこの4人と同じく現在の魔族の有り方に疑問を抱いていた“姉”なる者により、断られた―――との経緯をジィルガから齎らもたらされたのです。


「彼の者達も5000年以上を生くる者達―――ゆえに、己に誇りがあるのだ。

なによりこのワレですらも、言い包めるくるめるには些かいささかに骨が折れたものだ。

―――で、あるのに……」


「いかがされたのじゃ。」


「学士殿はまこと、偉大であった―――あの堅物が、魔族最強の戦士とまで謳われた者が、闘いもせず膝を屈した姿をワレは初めて見た……。

それも、史上最弱とまで言われたひとに―――だ。」


「なーにが気に入らない……って、さ。

“強い”連中が徒党を組んだら、そりゃ強いに決まってる。

そんなんで?数で優るニンゲン共に勝ってなんになる……って言うんだい。

そんな奴らなんざ一人で叩き潰す―――そう言うのが爽快……ってなもんだろ。

まあ確かに、学士の言ってることにも矛盾はある。

言ったら、今の魔族連中とやってることは変わりないからねぇ……。」


「けれど、集まった力を、そう言う事に使うわけではない―――『総ての可能性の為に』……私は、あの論説を聞いた時、この身に電撃が迸しほとばしったわ。

そして思った―――この方の理想が絵空事にならないようにするには……と、ね。」


「そう言う事なのだ、我々が徒党を組むのを批難したい輩はさせておけばよい。 そのような連中は、彼の方の高潔な理想が一片ひとかけらとして理解できぬ凡愚であるのだからな。」


ミリティアも、どうにかして戦力―――武力としてのこのふたの存在を、自分達の内に取り込みたかった……

けれど、武一辺倒と思われていた“姉”なる者から、その論説の穴……つまり矛盾点を指摘されると、途端に口籠るしかなかったのです。

その事を学士に相談すると、学士自らがこの“姉”なる者―――『拳帝神皇』に会ってみたいと申し出てきた……

しかし、この方は自他ともに認める最弱の存在、その事はすぐにでも無双の長者たる者に看破られみやぶられてしまうだろう―――

そのミリティアの読みは、正しかった―――正しかった……の、でしたが。


ミリティアも、自らが自負する交渉の達人ではありました。

弁舌巧みに相手を言い包めるくるめる……そんな術を心得ていた。

なのに―――この自分でさえ言い包めるくるめることが出来なかった者を見事論破し、闘わずして勝利したその姿に、ミリティアもまた敗北を認めたのです。


        * * * * * * * * * *


これによって都合6人―――しかしミリティアは、“あと一人”仲間は欲しいと思っていました。

それに―――


「一応……ではあるが、『良い報せ』と『悪い報せ』がある。」

「聞こうじゃないか―――」


「ではまずは『良い』方から、我らが同胞はらからである【北の魔女】イセリアが、ニンゲンの王室に取り入る事に成功した。」

「ふぅ~ん……どう言う事由で?」


「心配はするな、目的は“そう言う事謀略目的”ではない。 どちらかと言えば学士からの頼みによるものだ。」


ミリティアからの『良い報せ』の内容に、過剰な反応を示すジィルガ―――

もし自分の思っている通りならば……と、慎重にいてみると、自分の肚にある事を見透かせたようにせせら笑うミリティア―――

そう、ニンゲンの王室に魔族が“取り入る”と言う事は、はかりごと以ってもってニンゲンの勢力の弱体を謀るはかる―――“それ”なのか……と、思っていたのです。

しかし、その事を完全否定するミリティアの言葉……そもそも、イセリアがニンゲンの王に取り入ったのはそんな些細な事ではなく―――寧ろその逆……

そして、驚くべき事実を、ミリティアは公表したのです。


「彼のニンゲンの王は、学士の想いと同じく、ニンゲンと魔族との戦争を止めたいそうだ……。」


それは……衝撃の告白―――

学士自身も、こうなる以前からその事を模索し、ある時には街頭へ出るなどして演説を行ったものでしたが、皆、誰も耳を貸さなかった……聞き入れてもらえなかった…………

それなのに、互いを見ず知らずのニンゲンの王に、そこまでの思いに至っている者が居ようなどとは、さしもののガラティアにジィルガも意表を衝かれすぎて言葉を失なっていたのです。


ただ―――……


「そして、ここからが『悪い』方だ……。 イセリアは、このニンゲンの王と、“友誼の契り”を交わした―――」

「(?)おかしくはなかろうか?それのどこが―――……」

「もしかすると……王ご自身は、イセリア殿の事を―――……」


「フッ、察しが良いな。 いかにも、“魔族”と知った上での話しのようだ。」

「そう言う事かい―――全体的に見れば、よろこばしい事なんだが……。」


「ああ……“我ら”には相応しくはない―――」

「―――なぜ?」


「まだ判らぬか、その状況ではニンゲンと相通じてあいつうじているのだ。 それがもし、我らの一派の一員と知れてみよ、学士の立場は途端に危うくなる。」


そう―――イセリアが、交流があったミリティアに認めたしたためたふみ”にはそこまでの事が書かれてあったのです。

その事に当初ミリティアは、『いかばかりか無念な事なのだろう』と、思ってはいましたが、その“ふみ”以降に送られてくる“ふみ”には、そんな未練すら伺えない内容ばかりのモノだった……。

確かに以前の価値観ならば、自分も知ったる者が組織しようとしている処に参加できないでいるのには、無念ばかりが残るのだろう……しかし―――その事を払拭させる種の価値を……“宝”を手に入れたのだ―――と、ミリティアはそう感じたのです。


とは言え、“あと一人”の人選は、難航するものか……と、思いきや―――


「ふむ―――ならば、妾も知る【東の魔女】はいかがであろう?」

「【東の魔女】―――彼の者は依然としてあまり知られておらぬな……。」


「一度、お会いしてみるがよろしかろう。 彼の方は、この妾以上にお優しい……お優しく、“自然じねん”に通ずる力をお持ちである。」

「(!)まさか―――『ドルイド』!?」


「ガラティアお姉様はご存知でありましたか。 いかにも、彼のお方こそ、我らが保有する魔力にて力を行使するに非ずあらず―――この“自然じねん”に宿る力を、その発生はっしょうもとにされるすべを持ち合わせておるのじゃ。」


「して、その御方の名は―――?」

「【ユリア】―――またの名を【エニグマ】と、そう呼ばれておる。」


『誰にも知られない智を持つ者』―――事実、東の魔女の固有領域には種々様々な草花が咲き乱れ、その穏やかな雰囲気は、立ち処に総てを包み込む―――

“敵意”を―――“戦意”を―――“善意”や“悪意”でさえも……ゆえに、そこには争いとは無縁の園が拡がり、総ては彼の者に呑み込まれ取り込まれるところとなる……。


つまる話し―――彼の者こそも、手強き存在であるのです。



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