第6話 垂れ込める暗雲

自分に偽る事を止めた王は、今まで自分の心の奥にしまって置いた大切なことをそこで吐露することにしました。

そのきっかけとして、王リリア自身が知っている宮廷魔術師イセリアの正体―――本当は魔族である彼女を、友に迎え入れたかった……。


それにしても、なぜ―――?


そんな事を、今ここで公表したところで誰も得をしない……いや、そればかりか―――

ですが、イセリアのそんな思惑とは裏腹に、リリアは胸中を語り始めたのです。


「……え? い―――今なんと……?」


「「―――……。」」


「お答えください、王よ。今、何と仰られたのです!」


「どう言うつもりだ……王よ―――なぜ……なぜなのですか。」

「そ、そうですよ……なぜイセリア殿が魔族などと……お戯れを……」


しかし王の口からは、それ以上語られることはありませんでした。

その沈黙が、逆に怖かった……けれど判らない事と言えば、ならば魔族であるイセリアが、この国の為にと発展への寄与・努力をしてきたのは、どう言う事なのか。

『魔族はニンゲンの敵対勢力』―――この事は、この国の子供にさえも浸透している事実。 なのに、その“敵”が、自分達ニンゲンを助ける道理などあるはずがない。 これは、冗談なのだ―――ただ、性質たちの悪い冗談なのではあろうが……。



まさか……こういう幕引きになろうとは―――

この私すらも、この展開は読めなかった……

これで、この世は一気に―――



セシル・イセリア両者の思考が錯綜し合い、その場は一種の“混沌”に充ちようとしていました。

すると、やおらして機を見計らったかの様に王の口から―――


「いや―――真実だ。 宮廷魔術師イセリアは、魔族である……と共に、私の大事な“友”だ。」


そして再び、衝撃は迸るほとばしる―――

その真実が語られる以前までは、宮廷魔術師であるイセリアが『魔族である』以外の真実は語られないままでしたが。

ここにきて、異種属であるはずの彼女の事を、自身の新たなる“友”に迎え入れる事をセシルの前で公表したのです。


しかし―――この突発的な真実の公表を前に、さすがの魔族も……


「えっ―――? いや……ちょっと待って頂きたい?あなたは、私が魔族であることを公表し、それを理由に罷免ひめん……それと共に魔族との全面戦争に逸るはやるものかと思いましたのに―――」

「私には、そんな度胸なんてないよ……。 第一、軍を動かした事なんて、これまでにも一度たりとてない。」

「でっ―――ではなぜ、イセリア殿を魔族などと……」


この、読めなかった展開に、これから一気にこの世は先の見えない混乱・戦乱の時代へと突入し、出口の見えない迷路に迷い込んでしまうのだろう……と、イセリアは思ってしまいました。

そしてセシルも、自身の推薦人が―――恩のある人物だと思っていたのが、まさかの魔族だったとは……思いも寄らなかった事だった。

けれど実は、この真実の公表でさえも、単なる前振りでしかなかったのです。

その証拠として、次なる王の主張を聞いた時イセリアは―――……


「私は―――もう、魔族との戦争を、止めにしたいんだ……。」


今にして甦るよみがえる―――学士が提唱した説……

ニンゲンと、魔族との間の、戦争の即時停止―――



彼の方だけではなかった……?

ニンゲンのなかにもこの想いに至った者が……?

それも、支配階級である王ご自身が……?

フフ……いや―――大したものだ……学士殿。

あなた様の読みは、間違えてなどいなかった……

ここに―――ここにその「可能性」があるではありませんか!



“自分達”が思っていた事を代弁―――いや、実行に移そうとしている2人がいる……

宮廷魔術師は―――イセリアは―――その嬉しさのあまり、感涙に咽んむせんでいました。


はや―――俗世に見限りをつけ、見放して何百年……長き生を得た事を悲観に呉れ、現実を直視しないように好きなことに没頭してきた“自分達”……

それを救ってくれる主が、ついに現れた―――

このよろこび事に、なみだしなくて生きている甲斐性などあるものか……そうとでも言いたげに、一頻りひとしきり泣いた魔族は。


「大丈夫か?」

「フフ……申し訳ございません―――嬉しさの余り、つい感極まり泣いてしまいました……。」


「しかし……どうしてまた、魔族との戦争をお止めになられたいと?」

「逆に問おう―――セシル。 今の市井しせいの者達の暮らしぶりはどうなのだ。」


「恥ずかしい話ではありますが……私には―――」

「それは私の方からお話しを。 正直良くないですね、経済としての活性率は殆どゼロ。 ですが、一部の富裕層については……。」


「それで結構だ。 それ以上は私も耳が痛い。 これで判ってくれただろう、こんなモノ戦争を続けていたって良い事の一つもない。 そんなのは、私は嫌なんだ―――」


「(……)『同じ』―――ですね……。」


「えっ?」

「うん?」


「この私が正体を偽り、あなた様に近づいたのも、そもそもは“そこ”からなのです。」

「なに? どう言う事なのだ?」


王がそうした考え戦争の即時停止に至った動機こそ、イセリア自身に啓発を促せた人物と『同じ』だった……。

『無益な戦争を止めにしたい』……単にそれだけではない。

あの緋の瞳の奥には、“私達”ですら至らなかったような思いが、凝縮されているのだろう……。

けれど、“魔族我々”が現体制のままでは―――……


次代の魔王と、当代のニンゲンの王の思惑は、ここに両者互いの姿を見ずのままに一致をみました。

が……現在の魔族の体制では通じるモノではない―――

恐らく一度や二度は征伐の遠征が組まれるであろうことは、予測しなければなりませんでした。

しかし、それまでにやっておきたい事―――……


「では改めまして……我が名は、【北の魔女】とも呼ばれている、イセリアと申し上げます。」

「【北の魔女】? 有力な魔族ではありませんか―――!?」


「だが、私が修めた学もそう大したものではない……それに―――この私をここまで動かせた人物もそうなのであるが……。

今は【学士】と呼ばれている人物が提唱する説に従い、この私が……リリア―――あなたがどのような人物なのかを見定める為に近づいたのです。」


「それはまた―――何のために……?」

「王リリア―――今まさにあなた様が言い置かれたですよ。」


「(!!!)それは本当なのか!?」

「この私の信念に誓って―――そして今一つ……その学士なる方は、次代の魔王と成られるお考えである―――と、言う事です。」


今度ばかりは、リリアやセシルが驚いた―――驚くしか、なかった……

なにも示し合わせたわけでもないのに、次代の魔王候補者と、当代のニンゲンの王である者が、その先にあるものに同調シンクロしていた……

けれど、これが実現すれば、或いは―――……


       * * * * * * * * * *

しかしながら、事が事だけに、この計画は慎重に行う必要があるのです。

その為にも―――……


「それでは、これより会議を始める―――皆、忌憚のない意見を申し述べるがよい。」


「では、私めから―――王よ、そろそろ魔王軍との決着をつける為に、国家を挙げての動員をするべきだと思うのです。」

「またその話しか……『宰相ゼンウ』。 お前の話しも判らないではないが、戦争を起こすにしても“タダ”と言う訳にはいかないのだぞ。」


「その事は、重々承知しております―――ですから私めは、お待ち申し上げたのです。 財務大臣―――」

「はっ―――前回の出師より大凡おおよそ10年……ようやく今回分の出師が出来る手筈が整いました。 つきましては―――……」


リリアが、自分の父親である“前王”より王位を継いで、はや10年―――けれど、依然いぜんとして変わらない立場……。

国の実権は、相も変わらず宰相であるゼンウなる者の一派が牛耳っており、とても王だけでは太刀打ち出来なかったのです。

それでも、“友”である2人の前で言い放ったこともある―――これは極力回避させる方向性でいかないと……だからこそ、そこでは珍しく抵抗をしたのです。

とは言え、露骨な反対は出来ない―――だからなるべく柔らかい表情で……でしたが―――


この会議が終わった後で実は―――



やれやれ―――どうにか抑えられることが出来たな……。



出師に反対する王一人に対し、賛成派はほぼ全員だった―――こんな圧倒的な不利な立場を、それでも可決までにさせなかったのは、案の“承認”が王でなければならなかったから―――

だから、王を除く全員が賛成をしたとしても王がその案を“善し”としなければ、見送ることが出来ていたのです。


しかし―――“それ”が精一杯だった……王位に就いているとはいえ、所詮は齢22歳の小娘に過ぎない……。

それが大の大人―――老獪なる策謀の師相手に、どれほどの抵抗が出来るだろうか……少なく見積もっても、“あと一回”くらいが限界だった……。


そう思っていた処に―――……


{ムッカァ~~! 頭にくるなあ―――ア・イ・ツぅ~~!!}

「またお前か―――どうしたのだ、いつになく“熱い”ようだが。」


{え? ああ―――だってさあ、アイツ本当に気に食わないんだもん!!}

「お前は……そう言えば、あの宰相の名前を知った時からそうだったものな。 なにかあったのか?」


{えっ、あっ……まあ~~ちょっとねw}


今回の、魔族との決戦の是非で、案を提出した宰相に思う処があった姿の見えないリリア―――そう……忘れたくても忘れられない“あの名前”。

それがなぜか、現実離れしているこの世界での“もう一人の自分”の配下……だったとは。

その事も気に食わない一因ではあったようなのですが、やはり本質的には―――


リ:{それより、何が気に食わないのってさ……戦争をやりたがる人間が全員、戦場には赴かおもむかないんだよ? あんたにも覚えがあるだろう……絶対あいつ、戦争が始まったら『私は国内の事が大事ですので、都に残ります。』とかなんとか言って、はぐらかすに決まってる!!}

「……凄いな―――お前……ひょっとすると「予言者」なのか??」


{予言……なんて、大層なもんじゃなくて、そう言うモノなの。

私も、私の先生から教わった事なんだけどさ、とやかくは言えないけれど……。

戦争を始める時はね、挙ってこぞって『命より大切なものがあるかもしれない』って言う人たちが大勢いて、それで結局、終わる時には『命より大切なものはない』で締めくくられるんだって。

それが、『繰り返される戦争の論理』……なんだって。

だから、私が何が言いたいか―――って、そもそもが戦争したがるヤツって、大体あんなヤツ……って事だよ!}


殊の外ご立腹の様相―――なのには、やはりそうした原因があったからなのでした。

それに、王リリアも気付いてはいたのです。



私の父上―――前王が存命中の時代でも数度に亘る出征を繰り返していた……ものの、不思議と出征を口にした宰相自身は従軍すらせず、戦場とは縁のない遠い都にてぜい貪ってむさぼっていた……。

私の父上ですら、戦場に立っていると言うのに―――……


それなのに、この国の実情には乏しいモノと思われていた、姿の見えぬ“もう一人の自分”からの指摘に、王は思う処となったのです。



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