第40話「熱」「狂」

アルベール北区——


この地区で上がった″火の粉″は、図らずとも——その炎を次第に大きくさせ、それは取り返しのつかない事態にまで、進展していた……



「連中を殺せ!!やられる前に、やるんだ!!」



それは、ある種の極限状態だったのだ。



「…難民どもは魔法を使うぞ!

我々の見たことのないような、魔法をな!!」


無論、その状況を作り出した男——


″ガルド騎士団″幹部のウィルバー・カニンガム……


彼の非道な——少なくとも、非エストリア国民である難民達にとっては、あまりに理不尽な仕打ち……

それによって、この″混乱″は作り出された。



「やめてください!!今殺し合いをしている場合ですか!?」


負傷者を治療していた″院長″が、カニンガム達を制止しようとする。


メリンダ中央病院…

地震被害によって搬送された者の中には、エストリア国民ではない″外国人″の難民も大勢いたが、「外国人を治療する必要はない」と豪語するカニンガムによって、難民達が殺害されたのだ…


結果。″魔法使い″でもある難民達は、自らの生死をかけて…カニンガム達″ガルド騎士団″に抵抗せざるを得なかった。


「院長!この難民魔法使いどもは、我々エストリア人に対して攻撃を仕掛けているのだぞ!?

今戦わねば、皆殺しにされるだろう!!」


カニンガムは言いながら難民達に応戦し…銃を放つ。


「……!!カニンガム様!

それは、元はと言えばあなたが…!!」


そう。カニンガムが引き起こしたことだ。


難民達は、ただ治療を受けていただけだったのに。

…しかし難民達はもはや″命の危機″に瀕したこの状況下において、冷静な思考を保つことは困難であった。


「うおおおお!!!」


難民の一人が放った″炎″の魔法…その火炎が、ガルド騎士に放たれる。


「ぎゃあああ!!!」


灼熱に焼かれ、悲鳴をあげるガルド騎士。


「…このクズ魔法使いが!死ねぇ!!」


カニンガムが反撃し、攻撃してきた難民の首を剣で刎ね飛ばす。


「はっはぁ!!こいつら難民の分際で、我々に刃向かうつもりだぞ!


お前たち容赦するな!!皆殺しにしろ!!」


カニンガムが部下たちに叫ぶ。


…ガルド騎士達は、″発煙弾″を難民達に投げ込む。

…煙が周囲一帯を覆い尽くし、難民達の視界を奪った。

「うぅ……!目が……!」


医師達も煙の巻き添えを食らい、視界が奪われる。


「撃てぇ!!」


カニンガムが命じると、ガルド騎士団の銃手達が、激しい一斉射撃を、難民達に見舞った。


「うわああ!!」

「きゃあああ!!」


銃弾の雨を食らって、床に転がる難民達。



「はぁ…!はぁ…!」


ガルド騎士団の放った発煙弾による″煙″が、ようやく晴れた時…


″院長″の目の前に広がっていた光景に…

彼は絶句する。



「あ……あぁ……!!」



そして、絶望した。


…そこに広がっていたのは、ガルド騎士団の銃撃によって死亡した″難民達″の死体の山である。


子どもが、老人が。男が、女が…


一人残らず、死んでいた。


「あぁ…!あぁ…!!なんてことだ…!!


なんて…、なんて酷いことを…!!」


…院長は涙を流しながら、絶望の嘆きをあげる。


…″医者″として…


ただ、助けたかっただけなのに…

なぜ、殺されなければならなかったのか。



「カニンガム…!貴様ぁ…!!」


カニンガムに掴みかかる院長。


「なぜだ……!彼らに何の罪が……!?」


服の襟を掴み、震える院長の手を、カニンガムは振り払った。


「…なぜか、だと?

シャーロット王女の命令を遂行しただけだ。


″外国人は見捨てろ″。


…その″命令″を遂行しようとした結果。

この難民どもは牙を剥いて、我々に攻撃を仕掛けたきたのだ。」


悪びれもなくそう言うカニンガムに、院長は言葉を絞り出す。



「それは……お前達ガルド騎士団が、難民達を殺してまわったからじゃないか…!」


″外国人は見捨てろ″という王女の命令を…


極めて恣意的に、拡大解釈したカニンガムは、容赦なく難民達を射殺したのだ。


…結果、難民達は″反撃″し、かような「惨劇」が生み出された。


「こんなことは許されんぞ…カニンガム…!」


「…くく……

許されない、だと?

我々が応戦しなければ。…院長殿、お前だってあの″暴走した″難民達に焼き殺されていたかもしれんのだぞ?


…そもそもの話。″エストリア王国民″でもない連中に、なぜ″救いの手″を差し向ける必要がある?


院長殿。全ての人間が、自分と同じような″博愛理想主義者″だとは思わないほうがいい…」


…カニンガムはそう言うと、配下のガルド騎士や医師達に指示を送る。


「…動ける者は、負傷している騎士団員の手当てを!火の手が上がっている箇所は、早急に鎮火作業を急げ!


さあ、さあ!医者達も、自分の仕事を続けるのだ!」


膝をつき、悲しさから苦悶の声をあげる院長を尻目に…

カニンガムは、意気揚々としていた。


″平時″ならば、「法」の縛りが上。忌み嫌う難民達を殺害するなど、もっての他。


…しかし、地震による大被害に見舞われた現在の首都の状況下では…

あらゆる″行為″がうやむやにされるだろう。


…その状況をカニンガムは利用し、あくまで

″自衛″のためだと理由をつけて、この″難民抹殺″を正当化するつもりでいた。


…しかし、カニンガムの思惑は…


想定以上の「余波」を作り出していたのだ。








「はぁ…!はぁ…!大変だ…!!」


カニンガム達ガルド騎士団による「難民殺害」から、なんとか逃げ出した難民の青年がいた。


「…サイードか。

お前も手伝ってくれ。さっきの地震で建物が多く倒壊しちまって、負傷者が…」


「それどころじゃない!!


…エストリア人が…


″騎士団″の連中が、病院に現れて…

俺たち″難民外国人″を、無差別に発砲しやがった!!

早くここから離れないと、難民街だって襲われるかもしれないぞ!!」


「!!?」



…ガルド騎士団による凶行は、必然的に…


首都アルベールに点在する、全ての″難民街″へと伝わったのだ。


「北区の病院で、″騎士団″の連中が難民達を殺し回っているって!」


「騎士団の野郎、何だって突然そんなことを!許せねぇ…!!」


「加勢に行こう!仲間達を助けるんだ!!」


難民街では、自分達と同じ立場である魔法使い達が、結束し。

″騎士団″による…

正確に言うと、ガルド騎士団による難民虐殺に対抗せんと。いざ″抵抗″に向かわんとしていたのだ。





「…おい、何だよ…!あの集団は…!」


市街に詰める民衆は、その結束し″行進″する難民の集団を見て、驚く。


「仲間を助けろ!!」


「騎士団と戦え!!」


…彼らは武器を持っていなかった…

いや、″持つ必要″は、なかった。


「魔法」こそが彼らの武器であり、防衛手段だからだ。



「お前ら何だ!?街中が地震の影響で、酷いことになってるこの状況に…!

何考えてやがる!!

何だって今、救助活動にあたっている″騎士団″と戦おうとしてやがるんだ!?」


ガルド騎士団による″難民外国人の殺害″事案について知らない、市民の一人が…

その難民達による″行進″の前に立ちはだかり、連中を制止しようとした。


「そこをどけぇ!!俺達は同胞を助けに行くんだ!

…どかなければ、力ずくでもどかせるぞ!!」


難民の一人が、手から″閃光″を迸らせ…

眼前に立っている市民の男を、″魔法″の力を垣間見せて、脅しつける。


「ひっ…!」


男は本能的に感じた。


…彼らの邪魔をしたら、殺されると。


「…どかないなら、お前も騎士団の味方だ!

ここで殺してやる!!」


「ひぃ…!!」


怖気ついた男は、難民の一団から逃げ出した。



(…あいつらの目、明らかに普通じゃねえ…!!)


″騎士団″への敵意をたぎらして行進しているその″難民″の一団は…

異常な熱気に包まれているのが、目に見て明らかだった。

…それはまさに、油が注がれて″より大きく″燃え上がる火のように…

熱気が増すごとに、「それ」はより消すことの不可能な″火焔″となっている。



「け、警備兵!!衛兵ーー!!


難民街の難民外国人達が…!″暴動″を起こすつもりだ!!


あいつらを止めてくれー…!!」


難民の一団から逃げ出す男が、叫ぶ。

その言葉が、難民達をより″刺激″させてしまった。


「暴動だぁ!?

俺達は仲間を助けに行くだけだ!!

ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ!!

てめえも、俺ら難民達を始末しようとする敵だろぉ!?」


難民の男が…″怒り″に身を任せて、兵士を呼ぼうとするその男に、魔法で攻撃した。

男の手から、強烈な″雷撃″が放たれたかと思うと…その攻撃は、鮮やかな閃光と共に、男の体を一瞬で″丸焦げ″にした。


「…があっ…!!」


市民は倒れ、白目を剥きながら…

もはやその肉体を動かすことも出来ず、息絶えるのだった。


「ひっ…!!」


その様子を目にした他の市民も…

目の前で、難民による「魔法」で人が殺された恐怖で…

声にもならぬ声で、一目散にその場を逃げ出す。


「助けてくれぇ!!」


「あの難民の野郎共!市民を殺しやがった!!」


逃げ出す市民達を前に…

先陣を切っていた難民の一団が、″異様な″高揚感に包まれていた。


「はっはぁ!逃げやがれ王国民共!


今まで散々俺たちのことを見下しやがって!!

どっちのほうが立場が上なのか、思い知らせてやるよ!!」


男はそう叫ぶと、逃げ惑う難民達に攻撃を加える。

空気の″波動″のような技が、逃げようとする市民数名の肉体に触れた時…


市民達の体は、一瞬で″炎″に覆い尽くされた。



「きゃあああ!!」


「うわあああ!!」


魔法の技を受けて、全身が燃え盛り″焼き″殺される男や女達。



「やめろ!無抵抗な市民は殺すんじゃない!」


難民の一人が、憤怒と″興奮″で我を忘れている難民達を、制止しようとする。


…無抵抗の人間を、殺してはいけない。


そんなことをしてしまえば…


市民達の「怒り」の導火線にも、火がついてしまう。



「あいつら…!許さねぇぞ…!」


目の前で妻を焼き殺された市民の男が…

棒を握りしめて、難民達に復讐せんと向かって行く。


「何だお前!俺らとやるってのか!?


だったら容赦しねえぞ!!」


難民達は容赦なく…向かってくる男に魔法の攻撃を浴びせる。

その魔法の技を受けた、男の肉体は…

やはりいとも容易く、″爆散″して粉々になった。



「難民の″暴徒″達を止めろ!!」


市民達も、″怒り″が恐怖を超越し…

剣やら斧やらを手にして、難民達に立ち向かっていく。


しかし戦力差は、明らかだった。


所詮、即席の武器でしか武装していない市民に比べ、″魔法″を扱える難民達のほうが、圧倒的に優位であったのだ。


「おら!こいつを食らえ!!」


難民の放った″水魔法″が、その水の形状を″刃″に変える。無数の″刃物″と化した魔法が、市民達の肉体を貫いた。

血飛沫が道に飛散し、一気に6名の人間が″死体″となって、地面に転がる。


「俺達に勝てるとでも思ってんのかぁ!?」


風の魔法を起こし、″空気″が″刃″となる。

風の″斬撃″が、市民達を容赦なく斬りつける。


その″風の斬撃″は、市民達の腕を切断し、首を斬り落とし…

道に「血の池」と言わんばかりの惨状を作り出す…


「あぁ…!あああ…!!!」


胴体と下半身が″切り離された″男が、血塗れになりながら、苦痛と恐怖に悶える。


「はーはっは!!気持ちいいぜぇ!!」


難民達は、自分達の″魔法″に成す術のない市民達を見て、歪な高揚感に包まれていた

彼ら、彼女らは、貧困に喘ぎ。″中流層″以上のアルベール市民から、常に見下されて生きてきた。

その鬱屈とした負の感情が…


まさに今、この時。爆発していたのだ。

極めて、最悪な形で。



「やめろ!!これ以上″無関係″な市民を殺すんじゃない!彼らは騎士団じゃないんだぞ!!」


中には、良心を見せる難民もいた。

″怒り″で我を忘れずに、冷静な判断が出来る者が。


…しかしそれらの者達の声は、殺戮のもたらす″興奮″と″高揚″に掻き消され…


もはやその「勢い」を、誰にも止めることは出来なかった。



「お前達、暴走を止めるんだ!!」


銃を携えた警備隊が間に合い。難民の一団の前に立ち塞がる。


「…今すぐに攻撃をやめて、投降しろ!

さもなくば…」


…しかし、警備隊の呼びかけは、もはや無意味であった。



「武器を持っているぞ!俺達を殺すつもりだ!」


「構わねえ、警備隊も全滅させちまえ!!」


難民達は、警備隊にも怖気ずに、攻撃を加える。

難民の一人が放った魔法…

煙のような″紫″の線が、一瞬″宙″を舞ったかと思うと…その紫の線は、空中で凝縮して…


あっという間に、5メートル大はあろうかという程の巨大な″球体″となり、風船が割れるかの如く一気に弾けた。


「!!?」


弾けた球体から、″紫″の無数の雨が降る。



「ぎゃあああ!!!!」


その″紫の雨″を、その身に受けた警備兵達の体は…その肌、皮膚が、まるで「硫酸」でも浴びたかのように、焼けただれ。

その皮、筋肉、骨を「溶かして」いた。


「あああ…!!撃て!!撃つんだ!!」


もはや敵意を一切隠すことなく、攻撃してくる難民達に…警備兵は容赦なく銃撃する。


「ぐあぁ!!」


警備兵達の放つ銃弾が、難民団の前列にいた者達に命中する。


「銃を持っている奴を殺せ!反撃させるな!!」


雷撃、氷術魔法、炎の炎弾…


難民達は、自分達の持てる″魔法″の力を、ありったけ叩き込む。


炎の塊が建物に被弾し、屋根や壁が炎上する。

雷術魔法として天から落ちた雷が、兵士達を襲う。

風を利用した魔法が、巨大な竜巻を引き起こし、警備兵達を、逃げ惑う市民達を。巨大なハリケーンの渦に巻き込んで、その命を容赦なく奪う。



「がっ…はあっ……!」


″空気″を利用した魔法により、一部の空間のみ、酸素が″消失″する。


(息が、できない…!!)



そして他方では、空中から降りかかった″光線″の数々が…レーザーのように、兵士の体を容赦なく貫いている…


「だめだ!まるで敵わない…!」


いかに銃を手にした警備兵達といえども…

やはり戦力差は、圧倒的。

…それは「魔法」という名の破壊兵器そのもの。


兵士達はいまだかつて。″このような″攻撃的な魔法の数々は、見たことがなかった。


雷撃はより激しく、地獄の雷火となり。


炎は″生き物″のようにあらゆる形を作り、肥大し、人々を襲う。


水は弾丸のように強固し、肉体を貫く。


風は″刃″となり、人間の体を容赦なく切り裂き…



難民達の使うあらゆる魔法が、極めて「攻撃的」で「殺傷」を伴うものだったからだ。

…無論それは、至極当然だろう。


難民達は「傷つける」つもりで今、魔法を使っているのだから。


しかしそれは、魔法の「戦争利用」を禁じた

″魔法抑止法″によって制御されている現在のエストリア社会を生きている者達にとって…


信じられない光景が、今そこに作り出されていたのだ。


50年前に起きた、人間と魔法使い達による内戦。

その内戦後、″危険な″魔法が法によって禁止された。


魔法抑止法とはすなはち、″攻撃用″の魔法を封じる法であるため、エストリア王国内の魔法学校では、かような危険な魔法を教えることがない。そのため魔法学校卒業生の″魔道士″達は、攻撃に転じることが出来るような「危険な」魔法は扱えない。扱い方を、知らない。


…しかし、難民達には関係ないのだ。


彼らは″東″にある、魔法使いのいる国々からやって来た難民達。

「魔法抑止法」に明記されていないような魔法を、彼らは知っている。

…つまり、大多数のエストリア王国民が知らない、″恐ろしく″攻撃的な魔法を…



「駄目だ!逃げろぉ!!」


難民達の魔法攻撃の前に、なす術のない警備隊は……そのうち複数名が、逃亡を始めた。


「はっはぁ!!逃がせねえよ!!」


逃亡する警備兵達に、容赦なく魔法攻撃を加える男。


風を″鋭利″な刃に変質させ…その刃が、兵士達の″首″を容赦なく斬り落とした。

首と胴体を切り離された死体から、血飛沫が地面に撒き散らされる…


「進め!進めぇ!!市民は容赦なく殺せ!!」


もはや怒りと興奮で我を忘れていた難民達は…

商店を破壊し、民家を破壊し…

止まることのない″無差別攻撃″を、繰り返していた。

…中には、略奪を働く者までいたのだ…


「やめるんだお前達!!無抵抗の者まで殺したら、騎士団の思う壺だぞ!!

俺達を″始末″する口実を、与えるようなもんだ!!」


″暴走″する難民の一団の中では…自制心を働かせるまともな者もいたが…


「お前…何を言っている?

これは″チャンス″じゃないか…俺達の″力″を示すための!


俺達を、劣悪な″難民街″に押し込んだのは、どこの誰だ?


…薄汚い″社会のゴミ″だ何だのと罵られて…

散々俺達を馬鹿にしてきた連中に、復讐する絶好の機会なんだぞ!!」



「…だからと言って、何をしても許されるというのか?」



「それは…」


目の前に広がる光景。老人、子ども…

そこには″無差別″に殺害された、死体の数々があった。それを見た一部の者達は、一瞬我に返ったかのように″はっと″した。


しかしそんな一瞬の躊躇も…


その轟音乱れる激闘の最中にはあっては、すぐにかき消されてしまった。


「くそぉ…!あの″危険″な難民どもを殺せぇ!

容赦するな、撃てぇ…!!」


やはり市民を殺され、仲間を殺された″衝撃″に支配された警備兵達が…

難民達の″怒り″に呼応するように…


彼らもまた、″怒り″で応えるのだった。



「ぐああ!!」


警備兵達が、反撃の一斉斉射を難民達に浴びせる。


「くそ!弟が殺られた!

兵士共を皆殺しにしろ!!」


…警備兵達の反撃に、よりいきり立つ難民達。…この″熱狂″の渦を。もはや、誰にも止めることは出来ない。


「奴らを焼き払うんだ!!」


次点。難民達による、魔法攻撃。


建物一帯を覆い尽くさんばかりの炎の″波″が…

通り一帯を焼き払い、その炎の″波″に巻き込まれた警備兵達は…

皮膚を焼かれ、骨を溶かし…地獄の苦しみに苛まれた悲鳴をあげる。


「ぎゃああああ…!!熱い…!!

熱い……!!」


″焼き″殺されるという、しごく残酷な死に方…

40名以上もの警備兵達が、炎の波に呑まれて、その肉体が″黒焦げた″死体と化す。


「殺せ!!殺せ!!

やらなきゃこっちが殺されるぞ!!」


難民達の勢いは、凄まじかった。

彼らは出し惜しみなく…自らの魔法の力を振るっていた。


「ひいいい!!!」


巨大な氷の氷柱が、教会の建物を貫き。

中にいた信徒達を、圧死させる。


″念力″によって動かされた岩の塊が、幼子を抱える母親に激突し、親子共々、岩に押し潰されて死亡する。



「おお、神よ…!!」


市民の一人が、この地獄のような″殺戮″の光景を前に…膝をついて、神に祈った。

…しかしそんな彼も、押し迫る難民達の魔法攻撃によって、その身は″灰″と化した。



「駄目だ!ここはもう持ち堪えられない!!

市民達を避難させて、撤退するんだ!!」


難民団の魔法技に圧倒され、兵士達は徹底を始めた。



「はっはぁ!!見ろ!奴ら尻尾をまいて逃げていくぞ!!」


難民達が、勝利を確信し、喜びに沸き立つ。


「俺達の力を思い知ったか!!」


横たわる警備兵の死体を踏みつけながら、勝利の興奮に酔いしれる男…


「おい、見ろ!この商店、金や宝石がたんまりあるぜ!」


「奪え奪え!どうせ″みんな″逃げ出したんだ。

金目のものは、ありったけ持っていけ!」


警備兵や市民達を追い払った難民達は、ついには″略奪″を始めた。


「何をしてるんだお前たち!

″盗み″をやめろ!そんな程度の低いことはやめるんだ!!」


自制心を完全に失っている難民達に、呼びかける僅かな良心…

しかし、そんな声もかき消されて…あるいは、無視され…


難民達は、これまで抑圧されてきた鬱憤を晴らすかのように…やりたい放題をしていた。


「いやあ!やめてえ!!」


「へっへ…いいじゃねえかお嬢ちゃん。


″一発″やるだけだ…


どうせ、お前のお仲間達はみんな逃げたか、死んだんだからな…

誰も助けちゃくれねえよ?」


難民の一人が。逃げ遅れた、年若い女性を犯そうとしていた…


「やめてぇ!!」


「暴れんじゃねえ!お前も魔法で焼き殺してやろうか!?」


「いやぁ!!」


女性の服を、魔法の力で焼き払い…

その柔肌が、あらわになる。


「へっへ…こりゃ上物だ…


じゃあさっそく、楽しませて…」


男が、女性を犯そうとした、その時。



「……?」


男の″意識″が、途切れた。


(あ、れ…?)


視界が、真っ暗になる。


何が、起きた?


何が起こったのか、理解できない。


…いや、理解するという″思考″すら、働かせることは出来ない。


…なぜなら、彼の首と胴体が″分離″し…


命の線を、切断されたからだ。


…つまりそれは…


彼の首が、一瞬のうちに″斬り″落とされたということ…



「…遅かったようです…」



そう声を漏らすのは…


男の首を″斬り″落とした、その本人。


豪奢な金髪を揺らし、透き通るように清涼な声を持つ、その人物…


″この場″には決して不釣り合いな、美しさと優雅さ。


その美しさと相反するような…

″血″の付いた剣を手にする彼女。



「な………」


難民達は、その人物を見て、硬直した。


それは、驚きに近い″恐怖″だっただろう。



…突如として降り立った彼女は…


その一瞬の″一振り″で…

誰の目にも止まらぬ速さで…

男の首を斬り落としたのだから…



しかしそれは図らずとも…


この目の前にいる金髪の女性が、″自分達″の敵であることは、誰もが理解した。


彼女が誰なのか知っている男が…

静かに声を漏らす。



「シャーロット……王女……」



エストニア王国の国家元首。


エストニア王国最強の精鋭達を束ねる、

″エストリア騎士団″の団長。



「…あなた達が、やったのですね…?」



シャーロット王女は、そこかしこに横たわっている、都市市民の無残な死体を目にしながら…

静かに、難民達に尋ねる。


…その美しく、宝石のように蒼い瞳が…

難民達を、直視する。


しかし、その蒼い瞳は…まるで闇に覆われたかのごとく…生気を失った目だった…


「ひ……」


難民達は、王女の″氷″のように冷たい目を見て…現しようのない″恐怖″を感じた。



「……もう一度聞きます。

″あなた方″が、我がエストリア王国の市民達を、殺したのですね?」  



返答など無意味だ。


そんなことは、ここにいる誰もがわかっていた。


…彼女は…


シャーロット王女は……


ここにいる″全員″を、殺すつもりだ。



「こ……」


王女の圧力に…


その恐怖に耐えきれなくなった難民の一人が、露骨に言葉を放つ。


「殺せぇ…!!シャーロット王女だ!!


こいつを殺…」


ザシュ


…しかし、男が言葉を言い終わるよりも前に…

男の首が″斬り″落とされた。



「ひっ…!!」


一瞬で距離を詰めて、一太刀で首を落とす。


…誰一人として、彼女の速さをその目で捉えられた者はいなかった。



「ぜ…全員でかかれぇ!!」


難民達が一斉に…シャーロット王女目掛けて、魔法攻撃を仕掛ける。


…否。仕掛けようとした際…


魔法攻撃を仕掛ける際の予備動作…


その僅か″刹那″のような一瞬で…


難民達10名の首が、斬り落とされていた。


「え……?」


難民達はもはや……

何も理解できなかった。

理解が追いつかなかった。


″瞬き″をしたその一瞬で…

目の前の仲間の首が、″なくなって″いるのだから。


「ちょ…待……!」


そしてまた。


1秒も経たないうちに。新たに″10名″以上の死体が出来ている。


(は、速……!)


ザシュ


一瞬で距離を詰めて、その首を斬り飛ばす。


…至極単純な原理ではある。


敵が攻撃を仕掛けるよりも早く…

″速く″動いて、敵の急所を狙う。


しかしシャーロット王女の速さは、あまりにも規格外だった。


風の吹く一瞬のように…光の速さのように…

彼女は動き…その正確な剣撃によって…

敵の命を奪う。


難民達は、反撃をしようにも…

瞬きの一瞬。その次には「死」が待っている。


攻撃を仕掛けようとしても、そもそも″攻撃すらさせてくれない″…


…時間にして、30秒にも満たないだろう。


100名を超える難民達の死体が、地面に″血″の川を作っていた。



「あ……あ……」


先程難民の男に″犯され″そうになっていた女性は…自らの″救世主″たる、そのシャーロット王女の剣技に……言いようのない恐怖を感じていた。

…この世の光景とは思えない…

そのあまりに圧倒的な、強さに……



「…早く、この場から逃げなさい…」


王女は、静かにそう告げる。



「あ、ありがとうございます…

″我ら″の王女様…!」


女性は一言。感謝の言葉を告げ…走り、この場を離れた。



「…さて……」


シャーロット王女は、改めて難民達に向かい直す。



「…エストリア市民に、攻撃を向けた。


あなた方を許すことは出来ません……」


そう静かに告げるシャーロット王女の声には…明確な″怒り″が滲まれていた。




「なので、全員死んでください」
































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