第6話 クエスト 命の灯火

 ユーリアの冬は厳しい。

 大陸でも北方に位置し、ユーリア山脈の裾野に居を構える様な形で栄えた街。

 厳しい寒さに晒されるが故にユーリアの街は、商業も農業も狩猟も、それこそ何もかも全て街一つで完結出来る様になっており、ユーリア領初代領主ランサーが非常に先見の明があったと言われているのも、全てユーリア山脈を取り巻く大自然を利用し自給自足を成り立たした事にあると言われている。


 だがそんなユーリアの街にも、唯一足りない物がある。

 それが塩だった。

 塩は料理に使用するのは勿論の事、凍結の防止剤として使用したり、ユーリアの名物である酒、その酒を入れる瓶の仕上げ磨きに使われたり、野獣の解体作業後の臭い取りに使われたり、掃除にも使われ、あげくは医療にも使われていたりとその使用方法は多岐に渉っている。

 ユーリアの街にとって、塩とは命であり塩を切らす事が人々の生活から利便性と潤いを無くす事になり、またその先には街の人々の命の火を消す結果が待っていると言い伝えられて来た。

 過去に一度塩を切らすと言う、過ちを犯した歴史があるらしく、その悲惨さはまことしやかに囁かれ、代々領主には塩を切らす事無かれとの言が受け継がれている。

 そして塩を切らして以来、冬季になると月に一度必ず命の灯火のクエストが冒険者ギルドに依頼されるようになったと言う。


「それにしても寒い。お前もそう思うだろブリミャック?」


 ―――――ブルルッルル。


 タイムの声掛けに答えるかの様にブリミャックと呼ばれた馬は嘶いた。

 何時も命の灯火のクエスト時にタイムは、デルと呼ばれている馬面の主人が営む厩で雪原でも足を取られないスパイックホースを借りる。

 スパイックホースは普通の馬より毛並みが長く、そして足が倍ほどの太さがある。

 背の高さはそれ程変わらないが、雪原に対応したためか少し身体がふっくらしており、何となく愛嬌のある顔に仕上がっている。

 特にブリミャックはタイムのお気に入りで、他のスパイックホースより鼻が上向いており、何処かオーク顔である。


「聖女様も何を想ってこんな雪ばっかりの場所に遊びに来るのかね。全く、もう少し後に来てくれりゃ定期のクエストで対応出来たのに――――っよっと」


 灯火の魔道具に、タイムは馬上から聖火と呼ばれる魔道具で火を灯す。

 ぼうっと空気が膨らむ音が辺りに広がると、周囲に光が広がって行く。


「あと22個か」


 灯火の魔道具は全部で28箇所2対で56本あり、その全てが等間隔に街道の際に立てられている。

 月に一度、月末の頃合いになると街に商団がやって来る。

 その為に商業組合、農業組合、酒造などからゴールドを募ってクエストを発注している。

 命の灯火のクエスト自体危険性が少なく、かといって誰でも出来るクエストでは無い。

 まず地理に詳しく、不測の事態に臨機応変に対応出来る能力、そして冒険者ギルドからの信用が厚く、ギルドからの推薦を受けられないと受注自体出来ない。

 言ってみれば指名依頼の様な物だ。

 大体はBランクからCランクの冒険者が持ち回りで受注しているのだが、タイムは例外として冒険者ギルドの信も厚いと言う事でクエストを受けている。

 この事に関して大体の冒険者は意を唱えないのだが、ラルの様な永らくユーリアの街で冒険者として生活する一部の者からは依怙贔屓では無いかとの声が、稀に上がる事もある。

 それでもタイムがこのクエストを受けるのには意味が在った。


 魔道具である聖火に火を灯すにはかなりの量の魔力が必要だったからだ。

 それこそ熟練の魔導師レベルの魔力量が必要とされていた。

 そしてタイムにはそれが在った。

 どこか自分に負い目を感じているタイムにとって、このクエストは自分の矜恃を保つには最適で、また『』そんな想いをタイムに抱かせるには十分だった。

 

「半日で全数回るとか、全くもって面倒この上ないが、俺としては有難い。魔法も使えないの上、戦闘もそれ程得意じゃ無い。こちとら生活魔法程度とこの収納スキルしか取り柄が無いのにな」


 正直タイムとしては、この灯火のクエストだけで一ヶ月は楽に食べていける。

 命の灯火のクエストを受けれる冒険者はタイムを含めて現在、ユーリアの街には4名しか居ない。

 4名で受け持ち代わる代わるクエストを受けたとしても、猛烈に吹雪くような期間は2ヶ月程。

 そうなると、常設であるこのクエストがタイムに回ってくるのは年に2回ほどだ。

 それだけだと流石に食ってはいけないの。

 だが今回はグリンからの氏名依頼。

 冬季のこういった言った指名依頼はボーナスの様な物だ。


 今回の様に、天気が崩れる前に出ておけばトラブルが起る事なんてほぼ無い。

 ユーリアの街周辺は、魔獣が出没したりもするが、出てくる魔獣も低ランクのボアが殆どで、迷惑と言うよりはどちらかと言うと、魔獣が街の住人達には貴重なタンパク源となっており、ありがたがられている風潮すら在る。

 またタイムはボア狩りを得意としており、タイムの狩ったボアはそれだけで高値が付く傾向すらある程だった。


 街道を黙々とひた走り、灯火を点火すると言う作業を繰り返す。

 そして――――残りの灯火の点火があと4つと言う所まで来た時だった。


 ガダゴトガタゴトガダゴット―――――――


 石畳を叩く様に走る馬車の音が前方から聞こえて来た。


「おいおいおいおい、ありゃ何事だブリミャック?お上品な馬車が土煙上げながらこっちに向かってきてるぜ?」


 タイムはブリミャックの首筋を軽く叩くと、向かってくる馬車に道を譲る様に街道の外へと移動した。

 最初遠目では分らなかったが、コチラに近づいてくるにつれて馬車のシルエットが良く見える様になってきた。

 爆走する馬車のコーチ部分は、紫を基調とした見るからに豪華な造りになっており、またそれを引く馬も見るからに立派な装身具をつけておりそれなりの立場の人が乗っていると推測される。


ガダゴトガタゴトガダゴトガタガタゴト―――――――


 ただ激しく揺れる馬車の様子に、どれだけ高貴な身分の人が乗っていたとしてもきっとタダでは済んでいないだろうな、などとタイムはのんきに思っていた。


「―――――けてっ!!た、助けて下さい!!」


 少女の叫び声を聞くまでは―――――。



 



 

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