第2話


 その衝撃的ともいえる出会いから三日。アイツは見事なまでの美少年――いや王子様っぷりを発揮しているというわけだ。


「志藤眞己くん?」


 アイツとルームメイトにさえならなかったらどんなに平和な学園生活が送れたことだろう。


「ちょっと、志藤眞己くん?」


 そして、なんでアイツが男子として振舞っているのかも理由があったのだ。


「ちょっと、志藤眞己くん。聞いてる?」


「あん?」


 その声に呼び戻されるように、眞己は現実を直視した。

 目の前には、ひどく人好きのする笑顔があった。はっきりと好青年である。


あきら……?」


「うん」


「いつからいたの、お前?」


「いや、はじめからいたからね、僕」


 思いっきり苦笑された。そうすると切れ長な一重の目も柔らかな弧を描き、より柔和な笑みとなる。


「僕の話、全然聞いてなかったでしょう?」


「ああ、まったく」


 そう言うと、玲はさらに苦笑を深めた。


「ダメだよ。人の話はちゃんと聞かないと。なんていったって情報は――力なんだからね」


 そう微笑する彼の笑みは先程と違い、ほんのちょっと黒くて底の知れない笑みだったりする。


「そうかい」


 嘆息とともにそう返してやる。

 このやり取りでどのくらいの人にわかってもらえたのか疑問だが、こいつは超一級の情報バカなのだ。情報は正確にという信念から、人をフルネームで呼ぶ癖があるほどだ。


 なんというか、例えるとゲームの中にいるような情報屋のような存在なのである。まあ、ゲームやマンガの世界いるぶんには、そんな気にならないのだが、現実に存在されると、ものすごくイヤだ。


 どれぐらいイヤだって? 例として、この一連の出来事を紹介しよう。


 この春に全学年一斉実力テストがあったりしたのだ。そしてそのテストが返ってくる。もうそのときには全学年のテスト結果を把握していたりしたのだ。


 どうやって? 眞己はそう訊いた。そして、そのときの答えは――


『ねえ、志藤眞己くん。もうすでにこの世は電子社会。パソコンとインターネット回線、そしてちょっとした知識さえあれば、それくらいの情報はわかるものなんだよ』


 そのときの彼の笑みったら、もう黒すぎて、どう表現していいかわからない。


『例えば、志藤眞己。三歳のころから孤児院で育つ。現在、十五歳。誕生日は一月三十日。身長一九五センチメートル、体重六五キログラムの長身痩躯。視力が左右あわせても〇・一なくメガネが手放せない模様。給付型奨学金を申請して私立帝一学園に入学。入試の成績は歴代五位と、きわめて優秀と言える。さらには特徴として前髪を長く伸ばしているが、これは生来の目つきの悪さを隠すためと噂されている。事実、その眼光のせいで喧嘩を売られること多数。中学時代はちまたの喧嘩王と呼ばれていたとのこと。ただ中学校側にはバレておらず内申点には影響しなかった様子。また当学園はアルバイト等は禁止であるのにもかかわらず、深夜にコンビニでアルバイトをしている。このことを学校に報告すれば――』


 もちろんこの時点で、勘弁してくださいと土下座をした。彼が常に携帯しているノートパソコンにには世界中のありとあらゆる情報が納められている。もう一種のパンドラの箱と言ってもいいだろう。それを持っている彼の腹黒さを特筆しておくことにする。


 ちなみに眞己は、玲の苗字を知らない。忘れているのではなく、玲が苗字を明かしていないからだ。

 自己紹介の時に彼はこう言い放ったのだ。


『僕の名前は、あきらです。家名は第一級の個人情報のため開示できませんのであしからず。どうぞ気軽に玲と呼んでください』


 まあ第一印象はなんだこいつ、だった。学校で苗字を名乗らないでいるなんてできるわけないだろう、と思っていたのだが、結果から言うと──できた。

 お得意の、パソコンとちょっとした知識を使って学校側の弱みを握っているのか、はたまた何らかの権力でも働いているのか不明だが、先生からも認められている。もちろんテストの答案の名前欄も『玲』だけで提出しているし、学校の公的書類にも彼の苗字の記載はない。ここまでくるとちょっと怖い。


「で、話を戻すけど、謎なんだよね」


「あん、なにが?」


「姫宮燐について」


 そのとき、本気で勘弁してくれ、と思った眞己を誰も責めることはできないだろう。


「姫宮燐、あの知らぬ人はいないといわれる姫宮コンツェルンの跡取り息子。そうあの世界を裏から牛耳っているとも噂されている企業複合体のだ」


 息子じゃなくて娘なんだけどね。なんでも姫宮家は代々直系の男子が継ぐらしいのだが、彼女の場合はわけありで、男の振りをしているらしい。


「だから、そんな簡単に情報が手に入るとは思ってなかったけど、それでも全然わからないのはおかしいんだ。なにかとんでもない秘密があるんだと睨んでるんだけど」


 いいカンしてるよ、お前。でも知らないにこしたことはないと思うぞ。知った瞬間にこの世から消されるかもしれないんだから。


 そう。あのとき、眞己は姫宮燐が女であることを知ってしまったばかりに殺されそうになったのだ。跡継ぎは男と決まっているので、当然、女であることが露見してしまうと、跡継ぎとしての権利を失ってしまうからだ。


「僕にもわからない情報があるなんて、まだまだ未熟という証拠かな」


 付け加えると、彼女は姫宮家を継ぎたいわけではないらしい。そして、リンには腹違いの弟がいて将来は彼が跡を継ぐことになるのだという。


 ではなぜ現在、彼女が跡継ぎという地位に固執しているかといえば、その跡を継ぐはずの弟というのはまだ幼く、彼が家の政略に巻き込まれても耐えられる年齢になるまでは、跡継ぎである男を演じるという決意をしたのだという。


「だけど、僕はあきらめないよ。絶対に手に入れてみせるから」


 そうさわやかな笑みで玲は言う。はっきりとやめてほしい。

 彼女──リンはそう説明したあと、こう続けたのだから。


 『そう、だからね、ボクが女だどということをばらしたら――キミを殺して、ボクも死んであげる』


 笑い飛ばしたい台詞だったが、できなかった。彼女の目は、これでもかっていうほどマジだったからだ。


 『だから、ばれないように協力してくれるよね?』


 イヤとは言えなかった。だって、そのときには包丁が咽喉もとに突きつけられていたのだから。


 そうこのときから、眞己はリンと運命共同体にされたのだ。彼女が女だとばれたら――即、死が待っている。

 なのに、こいつときたら――


「今日は、姫宮コンツェルンのメインサーバーのほうに浸入してみようと思ってるんだけど」


「おまえ、それ犯罪だから」


 すると、彼はおそろしいほどさわやかな笑みでこう返してきた。


「なにを言っているんだい志藤眞己くん? 立証できない悪行は犯罪じゃないんだよ。僕が浸入の形跡なんて、残すわけないじゃないか」


 ダメだこいつ。腹黒すぎて改心させることもできやしない。


「でも、今回も徒労に終わりそうな気がするんだよね」


 そりゃ結構。


「でさ、協力してほしいことがあるんだけ――」


「断る」


「まあ、そんなこと言わずに、これを部屋の目立たないところに置いてくれるだけでいいんだ」


 そうして渡されたのは、なんか小さい――消しゴムぐらいの大きさの――機械って、


「なんだこれ?」


「盗聴器」


「犯罪だボケェっ!」


 思いっきり床に叩きつけた。


「あァ……」


 壊れた盗聴器を見下ろしながら、玲が苦笑した。


「これだけ小型に作るのって結構大変なんだよ」


「しかも自作かいっ?」


 もうイヤだ、こいつ。眞己はため息をつきながら痛むこめかみをグリグリと押した。


 そんなときだった、やわらかい女子の声が割ってはいったのは。


「相変わらずですねぇ、お二人さん」


 その声のほうに視線をやると、黒髪をみつ編みにした可愛らしい少女がいた。これでメガネをかけていたら一昔前の文学少女である。


「……琴葉ことは?」


「ごきげんよう。眞己さん、玲さん」


 お嬢様然とした品のある動作で挨拶をされた。ただ、やわらかい笑顔の中、玲を見る目だけがどこか冷ややかだった。


「それにしても、玲さん。人の秘密や生活を暴こうだなんて、いい趣味とはいえませんよ。それこそプライバシーの侵害です」


 それを玲は鼻でわらった。


「なにを言っているんだい? 僕たちと姫宮燐くんは親友だよ」


「あなたこそ、なにを言っているんですか? 親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないんですか?」


 見ての通り二人は仲が悪い。なぜこんなに仲が悪いのか、眞己も考えたことがあるが、結論は近親憎悪だろうというところに落ち着いた。そう二人は似ているのだ、整った容姿に人当たりのよさ、性格から、――その趣味までもが。はい、そうです。この娘も玲と同類です。この娘の苗字をもちろん知りません。

 ちなみに自己紹介の時に彼女はこう宣った。


琴葉ことはと申します。苗字は、うふふふ、秘密です。理由は業腹ではございますが、そこの玲さんと同じ理由でございます。学校にも了承をいただいておりますので皆さまも深く考えず、ご気軽に『琴葉ちゃん』とお呼びくださいね」


 第一印象は、なんだこいつ──以下略──だった。


 まあ、なにはともあれ、せっかく彼女か玲に矛先を向けているのだから、


「そうだぞ、玲」


 ここぞとばかりに琴葉の味方をした。


「そうです。ですからそういう趣味は控えてくださいまし」


「そうだそうだ」


「わかっていただけますか?」


「ああ、わかるとも」


「そうですか。ではこれを」


 きれいな笑みを浮かべながら、あるモノを渡された。それは小さい消しゴムぐらいの大きさの――


「……これは?」


「盗聴器です」


「お前もかいッ!」


 叩き壊した。


「あぁ、高かったですのに……」


「こんなヤツ等ばっかり……」


 先にも説明したが、この一見無害で可愛らしい少女は、玲の女版である。違いは、玲はパソコンなどのハード面に特化しているのに対して、琴葉は人との繋がりから情報を得るというソフト面に特化しているという点だ。携帯電話スマホをいくつも持っていて、そのアドレス帳には裏世界の住人から、財界の大物、そこらの噂好きの主婦まで登録されているという。その他は何からなにまで一緒だ。厄介さから、その腹黒さまで何もかも。


「もうイヤだ……」


 リンに振り回されるだけでも、心身を疲労しているのに、この二人にまで、いい様に扱われている。


 そもそも、この二人とことん仲が悪いくせに、ひとを不幸に落とすときに限って協力し合ったりするのだから、余計にたちが悪い。


 この二人の企みのせいで、学級委員などをやらされることになったのだ。ただでさえリンの世話をしなければいけないのに、なんの役得もなく面倒ごとばかり押し付けられ時間ばかりを無駄に過ごしてしまう役職を。


 泣きたい。いや、もう泣いてもいいだろうこの状況。


「こらこら、琴葉。あまり眞己を困らせてあげるなよ」


 そんなとき、明るい声が彼女をいさめた。


「あら、おけいさん」


 琴葉がその言葉に振り返った。

 蛇足だが、彼女は玲と違いフルネーム呼びはしない主義だそうだ。


「あ、あねご……」


 眞己も面を上げて呟いた。

 彼女の名は、赤坂恵あかさかけい。もちろん、本当の姉ではない。だが、その頼りになる性格から、そう呼んでいるのである。


「たすけて」


「おう、まかせろい」


 そう言って彼女は軽快に笑い、握りこぶしから親指をぐっと突き出した。後ろで一つにまとめられた髪が馬のしっぽのように元気に揺れている。


 あぁ、救いの女神だ。眞己はこれで立ち直れる気がした。


「あのな、眞己は――、クラスみんなの玩具なんだから、虐めすぎるなよ。あたし達が遊べなくなるだろう」


 眞己は再び崩れ落ちた。このクラスにまともなヤツはいない。


「あ、あの……、眞己くん。大丈夫……?」


 ダメです。そう答えていたことだろう、訊いてきたのが彼女──小桜こざくらかれんでさえなかったら。


「もちろん大丈夫だ」


 一瞬で立ち直り、彼女の手をとった。ついでにずれたメガネを直しておくことを忘れない。


「ごめん、忘れてたよ。こんなグダグダのクラスだけど、かれんちゃんがいたんだよね」


 まさに、掃き溜めに鶴。

 ゆるく波うつ亜麻色の髪と、ふわふわと形容するのがぴったりなやわらかな笑みを特徴とする――そう、かれんという名の通りに可憐な少女なのだ。


 眞己が学級委員という役職を未だに耐えていられるのは、彼女がもう一人の学級委員――相方であるからだ。

 彼女がいれば、眞己は地獄でも耐えられる自信があった。


「あ、あはは……」


 そんな彼女は眞己の反応に苦笑を浮かべるている。


 いや、可愛いすぎる。むしろここで結婚してくれとプロポーズすべきだろうか。


 そんなことを考えていると、眞己の左耳に刺激が走った。男にしては長い髪に隠れて見えないが、そこにはリンが左耳にしているピアスと同じものが存在している。それら二つはリンクしていて、互いの行動や居場所、果ては危機に陥っているなどの情報が脳裏に送られてくるのだ。どういう原理でそれらが作られているのか、わからないが明らかにオーバーテクノロジーだろう。さすがは世界を裏から牛耳るという姫宮コンツェルンの科学力といういうべきだろうか。


 それらの反応に眞己は顔を顰めた。リンが助けを求めているのだ。


「ああ、またかよ……」


 眞己はため息を吐きながら、ごめんちょっと、そう言い残し、かれんから離れた。


 そして、ざわざわと騒がしい昼休みの喧騒をぬけながら、リンの反応のある場所に向かって歩く。目的地は中庭。まあ、ピアスがなくても、リンがどこにいるかなど一目でわかった。なぜならリンはいつも女子たちに囲まれているのだから。


 まあ、これは仕方ない。あいつの美貌だ。女が集まらないほうがおかしい。だが、人と接すれば接するだけ、リンが女だと露見する可能性は高くなる。そして得てして女というのは観察眼が鋭いものなのだから。適当なところで引き離してやらないといけないのだが――


 眞己はため息をひとつ吐き覚悟を決めると、それらの女性の輪に割って入っていった。


「はいはい、ちょっと失礼」


 人波をかき分けるたびに、そこらじゅうで非難の声が上がるが、これらは断固無視する。そうしないと自分のか弱い神経が磨耗してしまうからだ。


「おい、リン。行くぞ」


 そう言って、リンの腕を掴み、彼女たちから引き離す。


「ああ、わかってるよ。そんなに引っ張らないでよ、眞己」


 リンは笑いながら、みんな、また今度ね、と女子たちに愛想を振りまいている。

 みんな、リンの魅力にメロメロである。

 その分、彼――というか彼女だが――を無理やり連れて行く眞己には、非難のこもった視線と罵詈雑言の嵐だ。毎度毎度のことだがつらい役目である。眞己も健康男子だ。女の子に、ウドの大木とかエセ○パン三世体型とかダサ眼鏡とか根暗とかキタ○ウヘアーとか言われると人並みに傷つくのだ。

 微妙にヘコみながら、眞己は横を歩くリンに訴えた。


「……おい、リン。いい加減、自分で追い返せよな、あれくらい」


「ダメだよ。自分で対処したら眞己のためにならないだろう?」


 リンは色素の薄い髪を払いながら、その美貌に鮮やかな笑みを浮かべた。


「なんでお前の周りにいる女たちを散らすのがオレのためになるんだよ」


「ボクが女性に囲まれるのはこの先一生変わることのない、いわゆる不変の事実だからね。一緒にいることになる眞己も女性のあしらい方を覚えないとこの先の学園生活ずっと苦労するよ?」


 おそらく、思いやりで言ってくれているのだろう。

 眞己は諦めのため息をついた。


 あのドアを開けたことが運のツキだったのだ。

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